「Constellation〜星座〜」(第12話 後半)

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第12話 「3月・・・Congratulation (祝賀)」 後半

15 花嫁失踪
応接室で、客はうなだれて矢島の前に座っていた。社長自らが入れたコーヒーもそのままに
なっている。
「3日前から行方不明なんです」
「式は明日の朝からですね」
矢島が確認する。
「そうしますと、見つけて居場所を報告するだけでは不充分ですね。時間までに式場に連れて
行かないとならない。支度の時間もあるから、限界は午前8時頃・・・ですね?」
「そうです」
「警察には該当者の事故、入院等の知らせはない。そうですね」
「はい」
「ちなみに、ここのことは知人から聞いていらした」
「はい」
椎名経由ではない。一連の話の中で聞きそびれたので、誰から教わったのか改めて尋ねる。
依頼者が口に出した名前は、10月の誕生日パーティーの孫娘のものだった。
「彼女でしたか。いかがお過ごしなんでしょうか」
「あの豪邸を出て、一人暮らしを始めましたよ。親の援助はありますが、丸抱えではない
そうで。学生ですが、初めてアルバイトを見つけたとか」
「そうですか」
柏崎の、彼女とのキッチンでの会話報告を思い出して矢島はうなづく。
「話をあなたの方に戻しますが、こうなったことにお心当たりはございませんか。私どもは
婚約者の方を見つけて、説得して連れてくる必要がある。きついことを申し上げますが、
お式自体がどうなるかは別にして、腕づくでお連れすることはできませんので」
「何も、思い当たるものがないんです」
明日の花婿候補は絶叫した。
「結婚したい、だけどそれ以上に消えた理由を知りたい。彼女を幸せにしたい、一緒に
幸せになりたい、それが僕らの願いだったはずなのに」


16 打ち合わせ
依頼者を送り出したあと、矢島は帰らずにいたメンバー 一同に事情を説明する。
「居場所を探すのは問題ない。ただ、そのあと、どういうことになるか読めないので、
できる限り、皆、残って欲しい」
誰からも異論は出ない。矢島は美咲に言う。
「連続になるが、ほかに頼るすべはない。やってくれるな?」
「はい」
こくりとうなづく美咲。
「部屋、お借りします」
美咲は落ちついた足取りで社長室に入っていった。


17 迷い鳥
美咲は、行方知れずの女性の写真を手に、ホテルのロビーの片隅に姿を現した。
誰も、彼女が降って湧いたことには気づいていない。
「どこかしら・・・日本なのは確かね」
客も従業員も皆日本人、建物も日本の物と見て取れる。一階の窓の外は駐車場に
なっている。美咲は何気ない足取りでロビーを歩く。「ホテル大箱根」のプレートを
見つける。
「箱根・・・ね」
篠原と来たことはあるが、宿泊はしたことがない。美咲にとっては、箱根の宿は白紙の
場所である。なおも一階フロアを歩き回る。場合が場合なので、極力目指す相手の近くに
跳んでいる。まず、この建物の中にいるはずだ。客室に籠もっているとも思えない。いるの
ならこの階と当たりをつける。玄関を入ってすぐの喫茶店をさりげなく見る。それらしい人物
は見当たらない。お土産コーナーに入る。レジ脇のポストカードに目が行く。これからがシー
ズンのチューリップが、一足早くカードの中で咲いている。店の中程、スカーフ、ワイシャツ等
の衣料品コーナーに、「彼女」を見つけた。淡いピンクの薄手のショールを手に取っている。
レジで精算して、通路に出たところで名前を呼びかける。
「どなた? お会いしたことって、ありましたっけ?」
美咲と同じくらいの年齢の女性は、タグをはずしただけのショールを握りしめる。美咲は、
彼女の婚約者の名前を出す。
「頼まれて、あなたを探しに来たんです」
「手掛かりなんて、残さなかったのに」
驚いていう花嫁候補。自分の立場を一瞬忘れた顔になる。
「探偵ですから」
にこ、と言う美咲。その言葉で、彼女は状況を思い出したらしい。ぽろりと一粒、涙がこぼれ
落ちる。美咲は、優しく言った。
「私も来月結婚するの。少し、お話しません?」


18 巣立つ前
フロントに話を通し、美咲も彼女の部屋に泊まることにした。一階フロアの喫茶コーナーで
軽くサンドイッチをつまんだあと、2人で部屋に向かう。その途中で、純白のドレスに身を包
んだ花嫁が若い女性にサポートされて階段を昇っていくのにぶつかり、道を譲る。ここの
宴会部屋で披露宴が行われているらしい。泣くような笑うような顔で花嫁を見送った彼女を、
美咲はゆっくりと誘導して行った。部屋に入るとエキストラベッドがセットされていた。手前の
方に並んで座る。窓のカーテンは閉めてある。ベッドサイドのスタンドをつける。ショールを頭
から被り、彼女は、ぽつりと言った。
「幸せすぎて、恐くなってきたの」
「まあ、そうだったの?」
美咲はうなづく。
「今が一番幸せな時・・・。よく言う言葉でしょ。なんだか、ものすごく実感できて、先に進むのが
恐くなったの」
くすん、と言う。
「わかるわ。私も同じよ」
美咲は彼女の背中を撫ぜる。
「きっと、彼も同じ気持ちよ。それとも、男の人はそんなことを考えるヒマはないのかしら」
「少なくても、彼は考えてないと思う」
彼女はため息をつく。
「私一人で考えてるなんて、むなしい。彼って、薄情だわ」
「恐いって話し、彼にしたの?」
「恐くて言えない。言ったら、本当のことになりそうで」
「関係のない私に話して、厄落しになったんじゃない?」
彼女は美咲を見る。
「あなたに恐いのを移しちゃった。ごめんなさい」
「いいえ。私も話したから、お互いさま。ねえ、これで相殺したと思わない?」
彼女はぷっと噴き出した。
「それって、いいかも」
ゆるゆると頭からショールをはずす。
「でも、まだ少し、恐い」
「「一緒に幸せになりたい」で頭が一杯の彼がいるから、大丈夫じゃない? 2人で蒼くなったら、
お話しにならないもの」
「そう・・・ね。彼が薄情者でよかったかも」
彼女はおかしそうに笑った。美咲もくすくす笑う。気を取り直した彼女は、今度は明日の心配を
始めた。
「帰らなきゃ。今から帰ると、何時に戻れるかしら」
「今夜はここに泊まったら? 手続きは済んでるし、明日は大変だもの。花嫁さんの睡眠不足は
よくないわ」
「でも、朝からのお式だから」
「8時に支度に入ればいいんでしょう? 特急で送ってあげます」
探偵の顔になった美咲が言う。
「朝7時からのバイキングで手早く食事をして、チェックアウトしてからで間に合います」
「そんな、まさか」
「彼には、それまで報告は入れないでおきましょう。少しは「心配」させましょうね」
「魔法でも使うの? 探偵さん」
「企業秘密です。式場に向かう花嫁さんの背中には、サービスで翼をつけるんですよ」
美咲は珍しく、ウインクして言った。


19 踊り場にて
半信半疑の彼女が、それでも大浴場に行った後、美咲はお土産コーナーに向かった。
チューリップのポストカードを買うためだった。カードを部屋に置いて、彼女を追って大
浴場に行く途中、再びさっきの花嫁とすれ違った。今度はドレス姿ではなく、花婿らしい
男性と2人、色違いでお揃いのプリント模様のパジャマを来て階段を闊歩している。お色
直しの演出らしい。
「仲間うちの2次会パーティーなのかも。お幸せに」
美咲は心の中で祝福を贈った。


20 翌日 某結婚式場
朝一の花嫁の支度部屋で、担当の髪結いさんが人待ち顔をしていた。
「そろそろ入ってくれないと、間に合わないんだけど」
部屋の中と廊下を行ったり来たりしている。と、角を曲がって件の人物がやって来た。
「お早うございます」
「お嫁さま、時間ぎりぎりですよ」
「ごめんなさい。でも、よく眠って体調はばっちりだから」
「はいはい。とにかく、間に合ってよかった。・・・あら、本当にお肌の調子もよさそうですね。
きっと、お化粧ののりがいいですよ」
2人は部屋の中へ入っていった。美咲がそれを見届けてから、ロビーへ向かう。矢島と
篠原が待っていた。近づいて、2人に頭を下げる。
「ぎりぎりになって、篠原さんを使って、社長にまでご足労願って、すみませんでした」
いいやと首を振る2人。朝からのテレポートも、それに伴う記憶操作も、場合が場合なので
構わないだろうと笑う。
「無事に新婚カップルが誕生すればそれで解決なのだから。ところで、美咲は直前に
なって消えないだろうね?」
矢島の軽口に、美咲は声を上げて笑った。


21 ホワイトデー 矢島探偵社
ちょうど社員スペースに2人きりになった時、檜沢が美咲に小さな包みを渡した。
「ネクタイの返礼だ」
「だって、檜沢さん、あれは」
「早めの結婚祝いを兼ねたつもりだ」
「はい」
檜沢に促され、美咲はその場で包みを解く。
「ロケット?」
美咲のものと寸分変わらないように見える。
「中に薄い仕切りがついている。それの両面にも写真が入れられるから、都合4枚だ。
家と会社と篠原と、あと一枚。人かどこかの景色か、入れればいい」
「はい」
「クリスマスの写真あたりはどうだ? 指図はしないが」
「はい、考えてみますね」
美咲は、にこりと笑った。


22 数日後 ナンジャタウン
休みを取った篠原と美咲が朝から来ている。ザ・ウォールで美咲はぼうっとしていた。
「しばらく来ないうちに、変わったのね」
ジュークボックスのリクエストが無い時、ハミング調の「ナンジャタウンのテーマ」と、フル
オーケストラのそれが交互に流れている。ちなみに、フルオーケストラの時には、フィギュ
アたちの動きはない。ホール一杯に音が響くのは、ハミングもフルオーケストラも同じで
ある。
「不満かい? どっちにしても Constellation は聴けるけど」
「ううん、驚いただけ。ジュークボックスの方が好きだけど、でも、どっちの編曲も好きよ」
「それはよかった」
ほっとした表情の篠原。
「むしろ、俺の方が、がっくり来ていることがある」
一階のショッピングセンターの扉が閉じられていて、下のフロアを人が通れないように
なっている。通り掛かった背広姿の社員に尋ねたところ、様々な事情により、しばらく前
から開けなくなっているという。
「そうね。見下ろすと、下にもナンジャタウンが広がっているようで、素敵だったのに」
「ナジャヴの像とかはそのままだから、無人の街を見下ろすことだけはできるんだが。
でも、バルコニーごっこはできないんだな」
「俊二さんだったら、自由に跳び越えて行けるのに」
「ルール違反は、なるべくしないよ」
ハミング調の Constellation がかかる。美咲は一緒にハミングしている。途中でやめて、
篠原に言う。
「後奏部分が「ハレルヤ」って歌ってるように聴こえて、仕方ないの」
「そうだったかな」
またハミングに戻る美咲。曲が終わりに入る。4つの音がスタッカート気味に繰り返さ
れる。篠原がうなづく。
「ああ、この部分だね」
「でしょ?」
微笑む美咲。
さて、と篠原は手すりから身を離す。
「さっきのアトラクションに、もう一度行くかい?」
「ええ。ナンジャタウンに家を建てましょう」
足が遠のいている間にアトラクションが増えていた。冒険して、「任務」を達成してポイントを
貯めると、ナンジャタウン内の好きなところに家が建てられ、その後も増築して行くことができ
る。
「マカロニ広場の中に家を建てたいわ」
「隣同士に住もうか」
「私も篠原姓で建てるから」
今度はフルオーケストラの Constellation に送られて、篠原と美咲はアトラクションの受け付け
コーナーに向かった。
2人が去った後、大学の友人たちと来ていた眼鏡に三つ編みの「お姫さま」がジュークボックスに
近づいた。コインを投入し、ボタンを押す。ほどなく、結婚行進曲がザ・ウォールに響きわたった。


23 congratulation
4月の吉日。都内の、とある結婚式場。オフホワイトのウェディングドレスを着た美咲が
控室にいる。
「お姉さーん」
「きれーい」
トレーンを持つ役を担っている、柏崎の子供2人が歓声を挙げる。
「美咲さん、そろそろ、行きます?」
介添え役の柏崎の妻が声をかける。
「いえ、もう少しいます」
頬をほんのり染めて美咲が微笑む。
「そうね、鐘が鳴ったら参列者の皆さんが教会に入るから・・・その後ですものね」
柏崎の妻も頬を染めている。
「自分の時を思い出すわ。ドレスが重かったけど、嬉しくて、頑張って着て歩いたわ。美咲さん、
大丈夫?」
「ティーパーティーの時は着替えますから、お式の間くらいは、頑張ります」
式場の敷地内、控室のある本館から少し離れたところに教会が建っている。
「そうね。レースがふんだんに使ってあってボリュームがありそうだけど、気が張ってるで
しょうしね」
「はい」
襟の詰まったデサイン。アクセサリーはつけないように・・・と言われたにも係わらず、結局
ドレスの下に檜沢から贈られたロケットをしている。4枚の写真が静かに納まっている。
「いい顔をしているわ。本当にとても」
柏崎の妻の言葉に、美咲は微笑む。


24 新郎控室
支度の済んだ篠原が壁掛け時計を見ている。5秒ごとくらいに見ているため、進んだ気が
しない。ドアをノックして、檜沢が入ってくる。篠原は思わず言った。
「そうだ。コニーがいないから、かわりに返事をしてくれないんだ」
「何を言ってるんだ。コニーだったら、籠に入ってモチさんに抱かれてる」
「留守番じゃなかったんですよね」
「当たり前だ。うちの一員だぞ」
「ですね」
係員が気をきかせて席を外す。檜沢が笑いながら言い放つ。
「女に転んで転向した奴め。うちのエースをものにするんだから、その分、きりきり働け」
篠原はあまりのことに絶句する。檜沢は平然と続ける。
「もっとも、結婚後も共働きだったな。美咲とお前だと、お前が上手(うわて)のことが多いし。
言うまでもないことか」
ようやく体勢を整えた篠原が答える。
「探偵会社はいくらでもありますけど、美咲は一人ですからね。転職くらい、どうってことあり
ませんよ」
「うちみたいな面子の会社は珍しいだろうがな」
「確かに」
これには、うなづくしかない。
「結婚してからも、オレは奥さんを呼び捨てていいのか?」
「美咲が嫌がらない限りは、どうぞ」
「あとで本人に聞いてみよう」
にこりと右手を差し出す。
「得意技はなしだ。おめでとう。幸せに」
「ありがとうございます。これからもよろしく、リーダー」
2人は力比べではなく、しかし、強く握手をした。


25 教会前
柏崎が籠の中のコニーに話しかけている。
「篠原姓が2人になってしまうね。でも、美咲ちゃんは美咲ちゃんだからね、コニー」
『わかってるわ、モチさん』
幾男はカメラのチェックに余念がない。
「撮影日和で、とても嬉しいです。ね、モチさん、引き出物のケーキ、美咲おねーさん
お手製ですってね。いつものことだけど、でも、いつも以上に期待しちゃいますよね」
ノエルが矢島に、そっと耳打ちする。
「社長、あそこにいる女性・・・」
「ああ・・・」
気づいていた矢島がうなづく。
「美咲のお母さんだ」
「招待状、出していたんですね」
鐘が鳴る。篠原の両親を始め、参列者たちがゆるやかな足取りで教会に入っていく。
椎名、櫟、隣の旅行代理店社長もさりげなくそれに混ざっていった。


26 ゲスト
拍手の中、篠原と美咲は腕を組んで一緒に入場した。式は滞りなく進んだ。
「では、みなさんで賛美歌を歌いましょう」
慣れた様子の牧師の言葉に参列者が従い、皆立ち上がる。テープで曲が流れだし、
美しい旋律がたどたどしい合唱で歌われる。と、伸びやかなテノールが他の声を圧倒
して聞こえ出す。誰が歌っているのかと、何人もが首をめぐらす。そもそも、そんなに
参列者は多くない。後ろを振り返った檜沢は、声の主を見て唸った。
「墨染・・・」
一番後ろの出入り口付近で、墨染が歌っている。暗譜しているらしく、楽譜は持っていない。
檜沢の隣で由紀乃も気づくが、動くに動けない。墨染を見ながら歌も歌い、檜沢の顔を窺って
いる。柏崎、幾男も気づいたが、同様にしている。やがて歌が終わる。牧師の「おかけください」
の声を無視して、墨染はさりげなく出ていく。檜沢は残りの者に制止をかけて、そっと一人で
追って行った。
「墨染・・・さん !」
教会を出ると、墨染は少し前を歩いていた。檜沢は後ろから声をかける。彼は満開の桜の
木の下で立ち止まって振り返る。品のいい雰囲気にどことなく威厳が漂っている。檜沢は、
墨染の黒い瞳を見つめて呟いた。
「そういえば面と向かったのは初めてだ」
「私に、何か用事が?」
落ちついた様子で、墨染は檜沢に尋ねる。特に威圧するわけでもないのに、その視線に
檜沢はたじろいだ。
「いや、何も。うちの社員たちの結婚式に参列してくれて、ありがとう」
「なに、通りかかったものですからね」
涼しい顔でしらばっくれる。あまりにも堂々と言うので、檜沢はつっこみを入れられなかった。
必死になって会話の接ぎ穂を探す。
「そうだ、透子さん・・・」
墨染の眉が、かすかに動く。
「透子が、何か?」
「仕事を休んでいると聞きましたが、元気ですか」
「峠は越えたから。ありがとう」
墨染は心底、という顔で笑った。
「そちらの人たちも、どうか健やかに。さよなら」
そう言ってからも墨染は檜沢から視線をはずさない。そのままで、彼の周囲がゆらりと揺れ、
墨染の姿がかき消すようになくなった。舞い降りる桜の花びらも何枚か巻き込んで消えたよう
だった。
「やられたっ」
檜沢が叫んだ時は、もう遅かった。
「わかってても、止められるものじゃなし。話しができただけ、いいか」
肩をすくめ、檜沢は教会内に戻った。


27 configuration
挙式の後は軽いティーパーティーである。新郎新婦の着替えの間、参列者たちの大部分は
お茶会の部屋で待っていた。檜沢は、先程の桜の木の下にいた。人目を憚るように早足で、
一人の女性が彼の前を通りすぎる。美咲の母親である。檜沢は気づかない振りで、黙って
彼女を見送った。
「リーダー、こんなところにいたの?」
キャスケード型のブーケを手にした由紀乃が、後ろから声をかける。
「どうして、ブーケトスでお前がキャッチしたわけだ?」
「運がよかったんですわ」
「自作のブーケを持って帰るのか?」
「中々の作品だから、記念にお持ち帰りしてもいいわね」
「既婚者が花嫁のブーケをもらって、どうするんだか」
「基本的に、親戚と職場と家のご近所以外には、独身と思わせておきますもの。いいの」
「杉田が泣くぞ」
「探偵社社員たるもの、プライベートな情報の流出には気をつけませんと。今だって、どこに
同業者や未来の調査対象者の目があるかわかりませんもの」
「ああ、わかったよ」
由紀乃はいたずらっぽく笑う。
「端から見たら、私たち、お似合いカップルに見えると思いません?」
「かもしれんな」
由紀乃はブーケを持ったまま、正面から檜沢に抱きつく。
「リーダー、ラブラブっ !」
「由紀乃ーっ ! また、お前はっ !」
受けとめた檜沢は桜の木に2人分の体重を預ける。檜沢は苦虫を噛みつぶした顔になる。
「いい加減に、抱きつき癖はやめてくれ」
「頼りがいがあるんですもの、リーダー」
「そんなことを言うと、読むぞ」
「どうぞ」
真剣な口調に変わった由紀乃が、檜沢の顔を見ながら言う。
「そういう会話の仕方をした方が、都合がいいこともありますの」
檜沢の胸に顔をうずめる。檜沢は困惑しながら、カップルの振りで由紀乃の髪に触れる。
「由紀乃、お前、何を言いたい」
由紀乃の明確な意識が、言葉の形になって檜沢に伝わってくる。
(リーダー、お気の毒だったわね。俊ちゃんに、美咲を取られちゃって)
「その話か」
(そうですわよ)
「いつから気づいてた」
(さあ。少なくても、俊ちゃんがうちに来る前から、リーダーの気持ちは)
「そうか」
(アプローチ、何もしないんですもの。美咲だって、きっと、満更でもなかったでしょうに。
うまく行かないものですわね。ぐずぐずしてるうちに、こんなことになっちゃって。何年、
同僚やってたんですか)
「時間があればいいってものでもないだろう。人間不信、人間嫌い同士で、つきあい出せるか」
(テレパス系の特殊能力者には、ありがちな心の傷ですわね。美咲の原因は違うけど)
「美咲は、そのことは克服したらしいがな。オレは、まだまだ。仕方なかった」
(ふーん。まあ、余所から敵の形で来た俊ちゃんは、美咲には大爆弾でしたけど。いい方に
転びましたわね)
「そうだな」
(リーダーだって、結構、人間好きに変わってきてるんじゃないですか? 普段のカムフラージュが
すごいから、見ていてよくわからないけど)
「さあな」
(何のかのと言って、リーダーが自分で思ってる程の人間嫌いだったら、みんな、慕わないと
思いますけどね)
「放っといてくれ」
(心にもない突っぱね方しちゃって。怒られても引きませんわよ、リーダー。大好きですもの)
由紀乃は檜沢から体を離す。檜沢を見て、口に出して言う。
「でも、好きは好きでも、そういう意味の好きじゃないんですものね。素敵な人なのに、自分でも
惜しいことをしたと思いますわ、リーダー」
「お前みたいなじゃじゃ馬を乗りこなせるか。杉田に任せるさ」
「それじゃ、今度は、上手くいきそうなお馬さんでも、鳥でも見つけてくださいね」
檜沢のスーツについた花びらをそっと取る。
「踏み込んだことを言って、本当にごめんなさい。でも、元気だしてね、リーダー」
「いつだって、仕事がきちっとできる並みに元気さ」
それじゃ、先に行きますわね・・・と由紀乃はきびすを返し、建物の中に入っていった。見送った
檜沢は、ひとりごちる。
「突撃隊員に突撃された、か」
檜沢も桜の下を離れ、建物に向かう。入口近くにノエルが立って、待っていた。
「みなさん、お待ちかねよ。リーダーなしでパーティーなんて、始められないって」
「すみませんでした」
「邦之君」
探偵の口調でもなく、占い師の口調でもなく、ノエルは言う。檜沢は、はっとなる。
「あなたが一生、一人でいるようには、私には見えないわ」
「そうですか?」
寂しそうに笑って檜沢が聞き返す。
「ええ。そうですよ」
母親のような顔になって、ノエルは微笑んだ。檜沢の顔から寂しげな表情が、ゆっくり溶けて
なくなる。かすかに照れたように檜沢が言う。
「それじゃ、信じます」
ノエルが檜沢を誘導する。2人は、お茶会の部屋のドアを開けた。


エピローグ 〜conversation〜

4月の終わり頃。一組のカップルが、都内のある軽食店に入っていった。
「いらっしゃいませ」
客のいない店内にいた、典型的ギャルソンスタイルに銀縁の眼鏡の青年が言う。
言ってから「おや?」という顔になる。
「篠原さん、お久しぶりです」
「やあ、匠さん。元気そうだね」
「ええ、お蔭様で」
匠は、篠原の左手と連れの女性の左手にさりげなく目を走らせる。
「ご結婚されたんですか?」
「うん」
面はゆそうに笑って、篠原は肯定する。
「おめでとうございます。そちらが奥様ですよね」
「はい」
レジ近くの油絵を見ていた美咲が匠の方を向き、にこ、と笑って答える。
「それじゃ、今日はサービスさせていただきますよ」
2人は適当な席につく。匠が水とメニューを持っていく。
「コーヒーと紅茶とアップルパイ2つ。以上で」
「紅茶は、うちはアールグレイだけですけど、よろしいですか」
匠は美咲を見て尋ねる。「ええ」と答える美咲。匠はカウンターに戻る。
「ところで、匠さん。今日は一人なの?」
赤井と透子の姿が見えないのに気づき、篠原が尋ねる。
「ええと、もう一人いますが、今日はまだ来てません」
「透子さん?」
「いえ、そうじゃなくて」
事後報告になって申し訳ありませんと前置きして、匠は言う。
「透子姉さん、先月結婚して、やめたんですよ」
「それは、おめでとう」
「直接に花の御礼が言えなくて、気にしてました」
「そんなことはいいのに。で、相手の人って?」
「うちのお客だった方で、歌手の方ですよ」
「ふーん」
まず間違いなく、墨染だろうと思う。
「で、今はどこに住んでるの」
「イギリスに移住しました」
「なんとまあ」
「相手の方が、そちらが仕事の本拠地なものでして」
「病み上がりなのに」
「季候風土は、あっちの方が体にいいそうです。透子姉さんにとっては」
「へーえ」
そんなもんかね、と思う。
「で、マスターは、今日は休み?」
「あはは・・・」と笑って匠は答える。
「祖父もここをやめまして」
「お年だから? まだまだお元気そうだったけど」
「いや、それが。あの年で結婚しまして」
「何?」
「あはは・・・」とさらに笑って匠は言う。
「お嫁さんの故郷の方に一緒に行っちゃいまして、あっちでまた、開業の予定です」
「お嫁さんって、どこかのお婆ちゃんとか」
「それが、一見、僕とそう変わらなく見える女性(ひと)なんですよね」
「うわあ」
「そういうわけで、2人ともいません」
匠はコーヒー、紅茶、アップルパイを出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
コーヒーの味は赤井が入れていたものと変わらない。それを言うと、匠は喜んだ。
紅茶は美咲が褒めた。これでまた、匠の顔がほころんだ。そして、アップルパイ。
一口食べて、篠原は思わず言った。
「透子さんのと、同じ味だね。これはすごいや、匠さん」
「それは、新しいウエイトレスが焼いたんですよ」
篠原は目を丸くして、匠を見る。
「透子姉さんの「はとこ」にあたる子で、高校一年。朝、パイを持ってきて、学校に行って、
授業が終わってから店に入るんですけどね。今日はまだ、来てません」
「へーえ」
「このアップルパイ、元々、彼女たちの家の味なんですよ」
「人材の豊富な店だね。マスターと透子さんの2人が抜けても、しっかり後釜がいるなんて」
「ええ」
「匠さんも、言われてみれば、マスターっぽい雰囲気になってるよ」
「そうですか?」
眼鏡の蔓に手が伸びる。かすかに蔓を撫ぜてから言う。
「営業はやめませんから。続けますよ」
目に力が籠もっている。副業の話をされたように感じる。匠は視線を外し、さりげなく
カウンターを磨き始めた。篠原は、美咲がずっと黙っているのに気づく。彼女はレジ
近くの15号ほどの油絵を見ていた。
「気に入ったの?」
はっとなって、美咲が篠原に視線を向ける。
「ええ。なんだか、魅かれるの」
「俺には普通の抽象画に見えるけどな」
モノクロベースの絵。夜の高層ビルの上を、彩色された数本のオーロラが舞っている。
「なんだか、全身全霊かけて、何か叫んでいるみたい」
「そう?」
「呼ばれて、絵の中へ入っていってしまいそう」
声を潜めて篠原は尋ねる。
「抽象画なのに? モチーフになった場所でなく、中へ?」
「ええ。それと、もしかしたら、絵の作者のところに跳べるかも」
「聞いてて、なんだかおだやかな気分じゃないなぁ」
篠原は、カウンターの匠に絵と作者のことを尋ねる。
「40年ともう少し前の作品です。抽象画でデビューされましたけど、その後、人物画も描く
ようになりましたね。モデルの女性と結婚しましたよ。今でも、幸せに暮らしているそう
です」
妙に事情通の雰囲気で匠は答える。篠原は、聞いてなんとなく安心した。
新しい客が入ってきて、匠は水とメニューを持っていく。篠原は、美咲に囁いた。
「頼むから、あの絵を元に跳ばないでくれ。抽象画経由で跳ばれて、チェイスする自信は
ないよ」
美咲の襟元に、淡水真珠のブローチが留められている。いつものロケットが胸の辺りで
揺れている。くすりと笑って、美咲は応える。
「跳びませんってば、大丈夫だから」
新しい客の注文を聞いた匠が、カウンターに戻っていく。美咲はアップルパイをゆっくりと
味わっている。
「こういう味が家に伝わっていくって、いいわね」
「俺たちはシュークリームのバリエーションでも伝える?」
「それって、いいかも」
美咲はくすりと笑う。
「ねえ、さっきの話を蒸し返すけど、本当に心配しないでね。私は Circles of Confusion の
方が好きだから」


第12話(後半)終わり
「Constellation〜星座〜」 終わり


ご愛読ありがとうございました。


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