「Constellation〜星座〜」(第11話 後半)
第11話 「2月・・・Conclide(・・・に結末をつける)」 後半
11 翌日 矢島探偵社
午前10時台を半分以上回った頃。コニーを籠から出して腕に乗せ、矢島がパーティションを
回った。
「さて、羊飼い諸君。元気かね?」
「元気です。クロスカントリーでもしましょうか」
新しいネクタイを締めた檜沢が答える。知恵の輪のように絡んだ2本のホルンが全面に
並んだ柄である。
「元気です」
軽い布さばきで眼鏡を磨いていた柏崎が答える。
「元気ですよ。昨日の甘い物で、まだお腹がふくれてますけど」
幾男が機嫌よさそうに答える。
「元気ですわ」
檜沢のネクタイを不思議そうに見ながら由紀乃が言う。
「元気です。車の調子もいいですよ」
セーター姿の篠原が言う。
「元気です。また、近いうちにお菓子を作りますね」
美咲がふんわりと笑って言う。
「それで、準備は万端かな?」
矢島が檜沢に尋ねる。
「打ち合わせも済んでいます」
檜沢が落ちついて言い、コニーが宣言する。
『では、出発』
12 隣町 軽食店アレキサンドライト前
篠原はアレキサンドライトの客用駐車場にプジョー106ラリーを止めた。
「さて、と」
車を降りて店の外観を見る。
「これで何回目だったっけ。ここへ来るのは」
13 VIP待遇?
篠原が店の中に入ると、匠と透子がこちらを振り向いた。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
二重唱で2人が言う。篠原はさりげなく店内を見回す。客は誰もいない。申し訳なさ
そうに匠が言う。
「あ・・・マスターは今、出かけていますけど」
「今日は仕事じゃありませんから、いいですよ」
適当に空いている席に座る。
「ご注文は?」
典型的ギャルソンスタイルに銀縁の眼鏡をした匠が尋ねる。営業用だけとは言い切れ
ない自然な笑顔である。さっぱりした髪形にまっすぐの背中。高からず低からずの身長に
ほどよくバランスのとれた体型。文科系の学生か真面目な会計士見習い風の雰囲気を
している。
「人は見かけだけで判断しちゃいけないんだねえ」
しみじみと篠原は呟く。
「は?」
「いや、ひとりごとです」
早めの昼食ということで、コーヒーと今日のおすすめ・ハンバーグ定食、そしてアップル
パイを注文する。篠原の視界の隅で、透子がこっそり準備中の札を下げにいくのが
見える。気づかない振りをする篠原。貸し切り状態でゆっくり食事をする。匠と透子が
無言で視線を交わしているのも無視する。
「ねえ、篠原さん」
カウンターに入っていた匠が彼に声をかける。
「興信所だか探偵社だかに知らないうちに調べられるのって、どうにも落ちつかないもの
ですね。篠原さんは調べる側だから、感じないかもしれませんけど」
「どういうこと?」
匠は肩をすくめる。
「それが、僕たちにもよくわからなくて」
透子がフォローする。
「年が明けてから、アレキサンドライトや私のことや、うちの常連さんのことを調べている人
たちがいたらしいんです」
「へーえ」
ひやりとしながら答える。透子は腕を組みそうになり、慌ててそれをやめて言う。
「情報通の常連のおじいさまがいて、その方が教えてくださったんです」
「別に僕が就職活動したわけでもないし、店を売る気もないし、心当たりはないんですよね。
どうして、調べられたんだか」
「「らしい」っていうのも、あやふやですね、匠さん」
「それだけ優秀な探偵だったのかもしれません」
「ああ、それは、そうかも」
機械的にハンバーグを詰め込む。皿が空になる。勿体ない気がした。
「知りたいことがあるなら、正面切って聞いてくれればいいんです。こっちには、やましいことは
ないんだから」
「まあ、普通の感覚から言えば、そうでしょうね」
どこまで本気で言ってるんだろうと、篠原は考える。幾男より年下なのに、匠は相当な切れ者
かもしれないという気がする。
(幾男だって、天才のはずなのに)
ひまな時は漫画を読みふけっている姿を思い浮かべる。遊軍と店の片腕の違いかもしれない
と思う。
「コーヒーのおかわり、いかがですか? サービスしますけど」
だて眼鏡をした匠が、にっこりと言う。初めて来た時から、「だて」には気づいていたんだけどね、
と篠原は思う。
「いや、まだいい。それに、今日はちゃんとした客だから」
「そうですか?」
残念そうに匠が言う。店内の通路では、きれいな立ち姿で透子が篠原を見ていた。
14 confrontation
食後のパイを食べながら篠原は慎重に切り出した。
「去年の行方不明事件、雹が暴いた連続殺人ですけど、裁判が始まりましたね」
「そうですね。つらいから、傍聴には行ってません」
自然な口調で匠が応える。
「証言はしないんだ、アレキサンドライトの人たち」
「僕や父たちは事件と関りがありませんから」
だて眼鏡越しの匠の目が、かすかにきつくなる。
「グループ4人のうち3人が犠牲者なのにね」
責める風もなく、ごく普通の口調で篠原は言う。
「あとで警察は来ましたけど、僕等が話せることは何もありませんでしたから」
「ああ。だけど、本当にそうかな」
黙る匠。淡々と続ける篠原。
「被告は、あくまでも犠牲者をアトランダムに選んだと供述しているそうだね。村井さん
たち3人のことは偶然とは思いにくいけど、本人がそういってるし、捜査でも恐ろしい
偶然ということに落ちついたらしい」
「あれ? 篠原さんは、そうは思っていないんですか」
あくまでも好青年の雰囲気で匠がいう。
「2人まではともかく、3人重なったら偶然とは思えないよ」
緊張を紛らわそうと、篠原は口調をくだけたものに変えていく。匠は考えるように言う。
「祖父たちは同じゴルフ練習場で知り合いましたら、出会いのきっかけはそこですよね。
必然の発生場所としては」
「2代目たちは交流がなかったんでしょ? みんな、ゴルフもしない。おかしいよ」
コップに水を足す透子。
「それだと、どうなるんですか?」
「マスターたちの出会いのきっかけは本当にゴルフ練習場なのかなと、俺としては疑って
しまう・・・オフだから俺でいくね・・・。ねえ、匠さん。本当はほかのところで知り合ったんじゃ
ないのかな」
「どこで?」
何も知らないという顔で、にこやかに尋ねる匠。
「匠さんはマスターの孫だよね」
篠原は話の方向を変えた。
「そうです」
鳩が豆鉄砲をくらった表情で答える匠。
「家業を継いでいるわけだ。お父さんは?」
「父もやっていましたけど、僕が入ったのと入れ代わりでやめました」
「ここは世襲なんだ」
「今のところは、そうです」
「篠原さん、話の行く先が見えませんけど」
透子がつっこむ。
「これから方向を指します」
にこりとする篠原。
「村井さんたち3人、同業者の2代目たちだったんじゃないかな、と思うんだな」
「祖父たちは職業はバラバラでしたよ。ご存じでしょ、篠原さん」
「副業という線もあるよ」
ここで篠原は2杯目のコーヒーを頼んだ。のどが乾く。
「副業なんて、考えすぎですよ」
匠は眼鏡の蔓(つる)をいじり始めた。篠原は、それを見て手応えを感じた。力を込め
つつ、言う。
「捜査の過程で、犠牲者6人のうちの一人は、職業的泥棒だったのが判明してるね。
独り者だった人。村井さんたちじゃない人だ。そこから、想像をたくましくして、もしか
して、もしかしたら、なんてことを俺は考えてしまってね」
匠は挑戦するような表情で言った。
「つまり、被害者は全員泥棒で、盗みに入って死んだ、と。そう解釈するんですか」
15 conclude
ストレートな反応に篠原は苦笑した。やっぱり、匠は、まだまだ若いんだ。
「匠さん、察しがよくて嬉しい」
匠を援護するように、透子が口をはさんだ。
「でも、同じ家に続けて6人も泥棒が入るって、おかしくありません? それこそ偶然すぎて
信じられないわ」
透子はまだ冷静だ。わずかに匠より年上だからか、生まれ育ちから身についた度胸だろうか。
篠原は、この会話がなんとなく楽しくなってきた。
「そこでさらに空想の翼を羽ばたかせる」
2杯目のコーヒーに手をつける篠原。
「自分でターゲットを決める泥棒に加えて、依頼を受けて仕事をするタイプの者もいるよ。
6人全員がそれだったら、誰かに依頼させればいいんだ、この家に入れと」
何も言わない匠と透子。時間が止まったような静寂が店内に満ちる。
「異論はないの?」
篠原の言葉に、匠がゆっくりと応える。
「想像が多いけど、筋は通ってますね。でも、肝心の被告は、そうはいってません」
「そうだね」
「別に、殺した相手の名誉のために、アトランダムに選んだといい張る必要もないでしょ?」
「それが不思議なところだね」
動機はそういうことだったのか、と篠原は納得した。カウンターにいたはずの匠と、通路に
いたはずの透子は、いつの間にか篠原のテーブルのすぐ近くまで寄ってきていた。2人共、
うちのメンバーのお仲間なんだろうか。透子はそれらしいが、匠は? そういう人間の存在を
認めるタイプの人間なのか? そう考えると、自然と顔がほころぶ。篠原は矢島を思い浮か
べながら言った。
「誰かが催眠術でもかけて、その辺の記憶を入れ換えたんじゃないかな。世の中には
いろんな能力のある人がいるから」
「篠原さん、探偵やめて、作家になりましょう」
匠が噴き出しながら言う。
「事実は小説より奇なりだっていうことを知っているから、やめておくよ。俺の想像力は
貧困すぎる」
Photo Transfer なんて、考えもしなかった。
「そうですかあ」
まだ笑っている匠。それ以上、能力うんぬんを話題にする気はないらしい。墓穴を掘る
のを防ぐためか。
「誰が、何のために記憶を入れ換えるんですか?」
透子が尋ねる。真剣な表情だ。そういえば、彼女は例の墨染氏の恋人だった。
「さっき匠さんがいったように、故人の名誉のため、あるいは、残された遺族のため。
やった人間は生き残った同業者。それも、犠牲者たちの知り合いのね」
「そんな人、いるかしら」
ウエイトレスにあるまじきポーズ、客の前で腕を組んでいる。が、すぐに解く。見事な
自制。
「候補者はいるな」
「誰でしょう」
「今、俺の目の前に2人。留守にしている人が1人。もしかして、他にもお仲間がいる
のかな」
赤井氏に、墨染氏に、名前のわからないままの亜麻色の髪の「医者」。まだいるか?
篠原は匠と透子の表情を観察する。テレポート能力は関係なし、ただの探偵として
畳みかける。
「親の代としてだったけど、俺が失踪調査で回った限り、村井さんたち3人全員を知って
いたのはここのマスターだけなんだ。俺が調査に来て、逆に知人の失踪を知っていた
わけだしね。あとの人たちとのつながりはどうだか知らないけど」
「もしもそうだったら?」
眼鏡をはずして、匠が言う。覚悟を決めたような、捨て身になったような表情。おや、と
篠原は思う。匠は透子を背中にかばうように立ち位置を変えている。
「別に。真実を知りたいなって思っただけ」
気負いなく答える篠原。
「警察にいう気はないから。信じるわけないよ、そんな話。警察はリアリズムの塊だから」
椎名氏という人間は特例だろう。
「賢明ですね、今の世の中では」
匠が、肩の力を抜いて言う。
「そういえば、オフでいらしてるんですね、篠原さん」
思い出したように透子が言う。
「そういうことだね、透子さん」
透子は不思議そうに篠原を見ている。君は、金庫破りの超能力者? そして、恋人は
人間でないわけ? 聞いてみたいが、性急すぎると自重する。
「ごちそうさま」
これだけ話せばいいか、と篠原は席を立つ。
「事件発覚の元になった雹の件とか、脱税リークとか、被告の家に入った泥棒とか・・・
殺人があった方でなくて、金庫の宝石類がやられた家ね・・・興味を引くネタが多くてね、
この事件。失礼があったら、ごめんなさい」
「いいえ。面白いお話でした」
軽食店スタッフの顔を辛くも守りつつ、匠が応える。あくまでも冷静に透子がレジを打つ。
テイクアウトのクッキーとキスチョコを篠原に渡す。
「一日遅れですけど、バレンタインデーサービスです」
「ありがとう。これからもオフで来ていいかな」
「はい、どうぞ」
にっこりと透子が答える。
「歓迎ですよ」
篠原の真意をまだ図りかねた表情で、それでも眼鏡をはずしたままの匠が言った。
16 舞台裏
匠と透子は篠原を送るために玄関まで出てきた。車を見て、匠が声を挙げる。
「白いプジョー106ラリーじゃないですか。どうしてっ !」
さっきまでの緊張が、驚きで飛んだという顔をしている。
「どこがどうしてなの?」
きょとんと篠原が尋ねる。
「これまでの黒いシルビアS13や白いマーク2と趣味の方向が違いすぎます」
匠は車に興味がある方だったのか、と思う。
「あれは業務用、これは私用」
「なるほど」
「仕事中は、車も目立たず、記憶に残らず、オーソドックスに、ってね。社の方針」
「ごもっともです」
シートに座った篠原は、匠と透子をまじまじと見て言った。
「無事でよかったね、アレキサンドライトのスタッフ。俺は、これ以上同じグループの
失踪調査なんてごめんだったよ。話を聞いた相手が、次々いなくなるなんて」
俺は、アレキサンドライトの背景の追究より何より、これが一番言いたかったんだなと、
口にしてから気づく。
「ありがとうございましたっ」
匠と透子は同時に最敬礼した。
「おじいさんにも、よろしく言っておいてね」
篠原は車をスタートさせた。角を曲がろうとした時、体を上げた2人が手を振っていた。
駅へ行く途中の公園前で、篠原は車を止めた。幾男が何やら機材を抱えて、後部座席に
乗り込む。
「篠さん、おつかれさまでした」
「幾男も、おつかれさま。聞こえたかい?」
「ばっちりでしたよ」
篠原が身につけていった盗聴器で、匠たちとの会話は筒抜けになっていた。
「録音もできたし、解析はまーかせてください」
声のトーンの変化で、2人の心理状態をつかんで、どこまでこちらの推測が当たっていたか
推し量る算段である。
「映像もあったら、言うことなかったんですけどねー。でも、贅沢は言いません」
「直接話して、いろいろと感じることもあったから、擦り合わせような、幾男」
「はい、もちろんです」
後方から走ってきたユーノス・ロードスターが、106ラリーにつけて止まった。墨染のマンション
前に止まっていて、もしも篠原が危害を加えられたら助けに行く予定だった檜沢と由紀乃である。
「無事に出てこれたな」
「アップルパイのかわりに、何をもらったわけよ、俊ちゃん」
こちらにも会話は聞こえていた。
「クッキーとキスチョコですよ」
くすりと笑って篠原は答える。
「本来の首尾も上々だったようだな。大分、切り込んだじゃないか」
「ブレイン・ストーミングのお蔭ですよ」
ところで、と続ける篠原。
「これからも、普通にアレキサンドライトに通っていいですか。コーヒーは旨いし、彼らと友達に
なりたいんですけど」
「全く構わない。今日ので全容がわかったわけでもないし、向こうも紳士的なようだし、仕事で
敵にならない限り、仲良くしてくれ。それで、焦らなくていいから、新しくわかったことが出てきた
ら、教えてくれ。お前の判断で、多少情報キープしててもいいぞ」
「はい」
「さて。会社に連絡入れて、帰るぞ。モチさんも美咲も首を長くして待ってるだろう。社長もな」
第11話(後半) 終わり
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