「Constellation〜星座〜」(第11話 前半)
第11話 「2月・・・Conclide(・・・に結末をつける)」前半
羊がいるから 羊飼いもいるわけで
おかげさまで こちらも一人前に
ありがとね
だから私は 羊を数える
一匹 二匹
1 矢島探偵社
立春を数日過ぎた、ある朝。矢島がパーティションを回って言った。
「お早う、羊飼い諸君。今日も元気かね?」
「元気ですよ。新しい羊が来ても大丈夫です」
檜沢が飲んでいたコーヒーを置いて答える。机の上には資料と一緒に紳士服のカタログが
乗っている。
「はい、元気です。暦の上では春なんですよね」
眼鏡を拭きながらにこにこと柏崎が言う。
「元気でーす」
萩尾望都の「11人いる !」を読むのを止めて、幾男が手を挙げる。
「元気です」
篠原と美咲がほぼ同時に答える。
「仲がいいようで、何よりだね」
矢島の瞳に柔和な光が浮かぶ。
「式の準備は忙しいのかな? 無理はしないように。早退でも有給でもとりなさい」
「簡素にしますから」と答える2人。矢島はうなづいてから檜沢に向き直る。
「それで、由紀乃は直行で出ているわけだね」
「そうです」
2 convoy
同時刻。下り新幹線が大阪駅ホームに入っていった。グリーン車両から灰色のコートを
着た紳士と由紀乃が降りる。コンコースを歩いていると、数人の男たちが2人を取り囲んだ。
それぞれが片手をコートのポケットに入れている。2人に一番近い者が言う。
「秘書嬢と一緒に来てもらいましょうか、ミスター」
「私一人で構わないだろう」
由紀乃を庇って、紳士が応える。
「あなたが抵抗しないと約束するなら、それでも構いませんがね」
男たちが一歩踏み出す。由紀乃が頭(かぶり)を振る。
「2人共、お忙しいのよっ」
「ぎゃっ」という複数の悲鳴と共に男たちのコートが裂け、拳銃が床に落ちる。男たちが
薙ぎ倒されたようにひっくり返る。由紀乃は紳士を引っ張って走り出した。
「すごいね、君。忍者の里で修行したの?」
「いたずら好きの弟と張り合って育ったからですわっ」
「ホント?」
「嘘っ。生まれつきです」
駆け足の音でデュエットを奏でながら、由紀乃と彼女が護衛する紳士はタクシー乗り場へ
向かった。
3 矢島探偵社
ドアベルが鳴り、コニーがいつもの役目を果たす。
『矢島探偵社へようこそ。お話をお聞かせください。あなたのお役に立てるかもしれ
ません』
「やあ、コニー。別嬪さん」
「椎名さんだ」
檜沢がすっと立ち上がり、そのままパーティションを回る。
「お久しぶりです。先日はお世話になりました」
「いや、こちらこそ。社長はいるかい? リーダー君」
「いますよ」
そう言っているうちに社長室のドアが開き、矢島も顔を出した。
4 応接室にて
社長自らが入れたコーヒーを椎名はのんびり啜る。大筋の話しは済んだところである。
「密輸グループが、ひとつ壊滅したね。おめでとう」
矢島が椎名に言う。
「部署は違っても、めでたいことに違いはない。ありがとう」
おかわりを頼みながら檜沢に向かって言う。
「けれど、君と美咲君の件を闇に葬ったのが、どうにもすっきりしないよ。いいのかい?
殺されかかったのに」
檜沢が苦笑して答える。
「あそこからどうやって抜け出したか聞かれると困りますので。それに、探偵は極力目立た
ない方が身のためですから」
「いいのか? 矢島」
椎名が矢島の方を見る。致し方ないという表情で矢島もうなづく。話題を変えるように言う。
「椎名、秋口にあった、雹に襲われた社長の件はどうなってる?」
「そういえば、マスコミにあまり続報が流れていないね。もうじき裁判が始まるよ」
「無差別殺人の線で固まったのかな」
「当人はそう言ってるし、被害者につながりはない」
檜沢が口をはさむ。
「赤井氏は、キーになりませんか」
「恐ろしい偶然の一致とされている。君も、「彼」に触れて話しただろう? リーダー君」
「それはそうですが」
話している椎名も檜沢も不満そうな顔をしている。矢島がひとりごとのように言う。
「私は、私のような特技のある人間は、この世に結構いるのではと思っているけどね」
檜沢が苦笑する。
「あんまり多くいても、恐いですね」
椎名がこれもひとりごとのように言った。
「職業的な勘で言わせてもらうと、被害者の一人が職業的な泥棒だと判明したのが気に
かかる。独り者だったがね」
ふむ、と聞く矢島。檜沢は何か考え込む表情になった。
「おっと、いつまでもここで油を売っているわけにもいかないんだった」
椎名が腰をあげる。矢島と檜沢も立ち上がる。椎名は応接室を出て、コニーをからかう。
「別嬪さん、また来るよ」
『またお越しください』
檜沢が、廊下に出た椎名を追いかけた。
「椎名さん、話を戻して、あの時限爆弾のコードですけど、結局どっちを切るのが正しかった
んですか」
「青だ」
「そう・・・ですか」
檜沢は意外そうな顔をした。
5 数日後・休日 とあるデパート
ネクタイ売り場で由紀乃が唸っている。
「イブ・サンローランにするか、クリスチャン・ディオールにするか。どっちも捨て難いわね」
言いながらネクタイをとっかえひっかえしている。
「ギイ・ラロッシュでもいい。どれでも着こなしてくれるもの。一本にしぼって、あとは4月の
誕生日に回そうかしら」
なおも迷っているところへ、幾男がひょっこりとやって来た。
「まだ選んでるの? おねーさま」
「ええ」
「だんなさん以外の男性に贈るネクタイで、そんな真剣にならないでよー」
「ネクタイ選びは女の楽しみよっ」
「はーいいい。義兄(にー)さんが嘆きそう」
「ノーネクタイ派に文句は言わせないわ」
「それにしても、席に座れたんだけど、おねーさま。義兄さんも待ってますが」
「すぐに行くわ」
「僕にはネクタイ、くれないの?」
「もうちょっと大人っぽくなってからね」
6 数日後 チェーンのペットショップ
幾男が店員に、猫のことであれこれと聞いている。
「ところで、オッド・アイって、この店にはいませんか?」
猫好きそうな店員は申し訳なさそうに答える。
「ここには、いませんねえ」
「うーん。実際に見てみたかったんだけど、残念。やっぱり、珍しいですよね」
「まあ、突然変異ですから」
「瞳の色は、何と何が多いんですか」
「色々ありますよ。青と緑、青と水色、青と赤」
「不思議ですよね」
「ええ、本当に」
店員に礼を言って店を出ていく。鳥のコーナーにいた柏崎も幾男の後を追う。
「注意を引きつけていてくれて、ありがとう、幾男君」
「いーええ。それで、鳥さんたちから、話しは聞けたんですか?」
柏崎は指でマルを作る。
「しっかりとね。いい店員さんですよ。鳥の面倒も、猫の面倒も、その他の動物も、
お客さまへの応対も、アフターケアもオーケー。ここで世話されるペットたちも飼い主も
幸せなようです」
「それはよかったですねー。店内が清潔なのは、僕でもわかります」
「じゃあ、次の店に行きましょう」
「チェーン全店制覇、がんばりましょう。仕事だからだけど」
「私はいろんな鳥さんに会えて楽しいですね」
「動物の臭いが移りそうなんですけどー」
「由紀乃ちゃんの香水でも借りたらどうです? ただし、一日の仕事が終わってからですよ。
ペットの方が嫌がりますから」
「姉に「自分用のを買え」と怒られそうです」
7 conception
矢島探偵社の社員スペースでは、矢島と残る4人が額を寄せ合っている。
「わかっていることをつなげて、どうにか説明をつけるとそうなるかな」
幾男の席に座り、矢島は苦笑する。
「想像力過多かもしれませんが、仕方ないですね」
自身の得意技を使わずにいる檜沢が言う。
「とにかく、怪しい節が多いですわ」
気分を変えてエスティ・ローダーのダズル・ゴールドを纏った由紀乃が言う。うっすらと、甘い
花の香りがしている。「輝き」の意味があるオードトワレである。隣の篠原が鼻をくすぐったそうに
している。
「モチさんと幾男君の意見も同じなんですよね。怪しい節が多いって」
美咲が数葉の写真を見ながら言う。
「今、私が跳んでもヒントにはなりませんね」
一同の視線が檜沢に向かう。檜沢が苦笑する。
「事件になってないのに、オレが出ていったらエレガントじゃないと思うんですよね」
「まあ、確かに」
矢島もうなづく。
「こうなったら、一種の推理ゲームのつもりで、当人たちにぶつけてみようか」
続けて篠原に言う。
「今まで、彼らと堂々と会ったことがあるのは篠原だけだ。ここは、代表で行ってくれるかな?」
「はい。余裕があったらアップルパイのテイクアウトでもしますか?」
8 数日後 バレンタインデー
お茶の時間の矢島探偵社。由紀乃と美咲、合作のリッチチョコレートケーキが各自の机の
上に乗っている。
「毎年のことながら、ごちそうさまです」
にこにこと柏崎が言う。
「一カ月後を楽しみにしていますわ、モチさん」
ウインクして由紀乃が言う。
「紅茶を入れるのに腕に縒りを掛けるのは年中行事ですが」
にこにこ顔のまま、柏崎が応酬する。
「それなら、一年中がバレンタインデーにならないとっ」
「ケーキ ケーキ ケーキ」をブックエンドに立てた幾男が楽しそうに言う。
「それじゃあ、幾男ちゃん、年中お菓子屋さんにお遣いに行く?」
「おねーさま、なんか、話がずれてます」
美咲が笑う。
「領収書、もらってきてくださいね。でも、全部経費になるかしら」
「今だって、年中お茶会やってるだろう」
呆れたように檜沢が言う。
「コーヒーと紅茶の消費量も半端じゃないようですね」
篠原がにやにやしながら言う。
「お前のコーヒー消費量も相当なものだろうが」
「否定しません」
由紀乃と美咲が声を揃える。
「さあさあ、お茶が冷めないうちにどうぞ」
9 新宿 エアライフル射撃場
午後5時を少し回った頃。檜沢が全弾を打ち切ってブースを出た。店の外に出て、解説用の
写真の並ぶ通路を歩き、エレベーターホールに着く。と、そこに美咲が立っていた。
「どうした? 美咲」
「今日は直帰だと伺ってましたから、跳びました」
クリスマスの集合写真を見せて笑う。檜沢は檜沢で苦笑する。
「久しぶりに香水の香りをさせて、これからデートじゃないのか? 篠原はどうした」
美咲は少し赤くなる。ロジーヌ社のローズ・デテ・ド・ロジーヌをしている。さわやかなバラの
香り。初夏向けの香水との説もあるが、気にせず、着こなしている。
「幾男君と会社で、明日の機材の確認をしています。その間に、ちょっと来たんですけど」
「ふうん、それで?」
後ろ手に持っていた臙脂(えんじ)の紙袋を前に回す。フェラガモの袋である。
「ジャガード織りのは、クリーニングに出してもきれいにならなくて。それで、柄は違うんです
けど」
「ありがとう」
檜沢は紙袋を受け取る。
「じゃあ、あれは、よかったらクッションの材料にでもしてくれ」
「はい」
美咲は、こくりとうなづいた。
10 約1時間後 池袋 サンシャイン60展望台「スカイデッキ」
寒風に晒されるのをものとせず、幾組かのカップルが地上240メートルの高みからの景色を
見ている。日の光に照らされた建物より、照明によって浮かび上がっている物の方が多くなっ
ている。
篠原と美咲は、ひとしきり景色を堪能した後、設置されているテーブルに腰を落ちつけた。
「ここで食べるのは寒いから、家に帰ってから召し上がってね」
美咲がプロフィトゥロルの入った包みを差し出す。小さく焼いたシューにチョコレートソースを
かけたもの。
「2種類作ってたんだ、ありがとう」
「どういたしまして」
にこにこと美咲は答える。
「ちなみに、由紀乃はシフォンケーキをご主人と幾男君と両家のお父さんのために焼いて
いたの。社長の誕生日がすぐだから、日持ちのするケーキも焼いたし」
「2人共、大変だったね」
「お祭りのつもりで楽しんでいるから、気にしないでね」
「うん」
御礼は、やっぱり車で遠出することか、と思う。
「春になったら、また、車で箱根に行ってみる?」
冬は路面凍結していて、走れない。安全に走れる時期になったら、またワインディングロードを
走ってみようかと考える。
「そうしたら、箱根細工のお店でコースターの製作体験をしましょうか。この間は時間がなくて
できなかったから」
微笑んで美咲が言う。そのころは夫婦になってるわけか、と篠原は思う。
「俊二さん?」
彼女は白っぽいコートを着ている。目の前に座っているのは、クリオネなのか、それともホワイト
バードこと「Vandy 5」なのかと迷う。
「どっちにしても、跳ばれても追いかけられるってわかったから、いいか」
「え? 何?」
「いや、なんでもない」
身を乗りだし、淡水真珠のイアリングをした美咲の耳に軽く触れて、篠原は言った。
第11話(前半) 終わり
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