「Constellation〜星座〜」(第10話 後半)
第10話 「1月・・・Conflagration (大火災)」 後半
8 数日後 終業時刻間際 矢島探偵社
出かける支度をした檜沢が、美咲に声をかける。
「いいか?」
「はい、出られます」
柏崎が口をはさむ。
「夜は冷えるから、美咲ちゃん、服装に気をつけて」
「はいっ」
笑って美咲が応える。
「モチさーん、それじゃあ美咲おねーさんが子供みたいじゃないですかぁ」
杉山志保子の 「ばくシリーズ」を読みながら幾男が言う。
「何歳でも、気をつけるべきことはありますよ」
自身もマフラーを巻いて、柏崎が言葉を返す。由紀乃がロッカーから出てきて、美咲に
声をかける。
「ごめんね、私のかわりにさせちゃって」
「いいってば、由紀乃。私だって、経理・事務専門じゃないんだから」
「うん。それじゃ、よろしくね。お先に失礼します」
得意の「アフター5はお忙しいのよっ」もなく、いそいそと出ていく。篠原が首を傾げる。
「どうしたんだろう」
幾男が漫画を閉じて答える。
「義兄と外食するそうです」
9 倉庫街
コートの下にパーティー風の格好をした檜沢と美咲が歩いていく。
「貸し倉庫でダンスパーティーって、なんとなくレトロですね」
「借り手がバンドをやってる関係だ」
「ここ2、3日、モチさんたちが側調して、普通にダンパをしているだけらしいとか」
「ああ。賃貸契約の更新が近いから、念のために様子を見るだけの仕事なんだが。
大家としては、やることはやっておきたいのさ」
目指す倉庫の出入り口が見えてくる。檜沢はさりげなく肘を上げる。美咲が腕を絡ま
せる。
「それじゃ」
「行きましょうか、檜沢さん」
10 ダンスパーティー
入口の招待状チェックと服装チェックを受け、ドリンクチケットを受け取り、中へ入る。
コートは臨時に設置されたクロークに預ける。ステージではすでに演奏が始まって
いた。軽い感じで、楽しそうにバンドが演奏している。客たちは思い思いに踊るなり
飲むなりしている。演奏者を照らすライトは明るい色調、客席のダンススペースの
明かりも一人一人を存分に照らしている。
「このごろ流行りの「クラブ」とは違う雰囲気ですね」
「そうだな」
曲調がアップテンポからスローバラードに移る。踊っていた面々が休むために席に
戻る。ダンスフロアが空く。
「こういう時に踊ると、目立つぞ」
にやにやと檜沢が言う。にこ、と美咲が受ける。
「行きます?」
「そうだな」
すい、とダンススペースに出た檜沢が振り返り、美咲に手を差し伸べる。半分踊る
足取りで美咲が彼の元に行く。社交ダンスのホールドの形に組む。
「檜沢さん、探偵が目立っていいんですか?」
「こういう時は、目立つ方がかえって目立たないんだ」
曲に合わせて踊り始める。檜沢が巧みにリードする。スポットライトが2人を追いかけた。
11 篠原のアパート
檜沢と美咲が倉庫でのパーティーに参加してから約2時間後。篠原が自室で電話と
向かい合っている。置き時計と電話の間を視線が行き来する。電話は沈黙している。
首を振った篠原は携帯電話を持って部屋を出ていった。
12 同時刻 路上
パーティー会場を出た檜沢と美咲が、人気のない倉庫街を歩いている。まだステップを
踏んでいるような歩調の美咲が言う。
「結局、ちゃんとした普通のダンパでしたね」
「ああ。未成年の飲酒・喫煙を禁じているという点では、却って珍しい部類だったが。
それはそれで、問題はない」
「ウエイターがお客を叱るんですものね」
高校生の煙草を取り上げ、アルコールの注文に目を三角にしたスタッフを思い出して
美咲が言う。
「うちの社長といい勝負かもしれない、あそこの借り主」
噴き出した美咲が檜沢に言葉を返そうとする。と、その時、角を走って回ってきた数人の
男たちが彼女にぶつかった。転倒する美咲。ボストンバッグを2、3個ずつ抱えた彼らは
美咲に謝るわけでもなく、無言で態勢を整え、ご丁寧に檜沢にもぶつかり直してから走り
去っていった。檜沢は美咲を助け起こす。
「檜沢さん?」
立ち上がった美咲が、不思議そうに檜沢を見る。彼は今し方、夜のストレンジャーたちが
走り去っていった方を見ていた。
「文字通り、まずい奴らとぶつかったな」
13 アパートの駐車場
篠原がプジョー106をスタートさせた。夜の闇の中を白い車体が走っていく。
14 contraband
檜沢が渋い顔で美咲に言う。
「今の奴ら、密輸業者だ。この先の倉庫が取引場所だ」
「ぶつかった時、 「読んだ」 わけですね」
美咲が納得したようにうなづく。
「電話一本、匿名通報だな」
「椎名部長のところでなくて?」
「110番とダブル。椎名さんから手を回してもらうのと、両方だ」
「はい」
この場で携帯電話でかけるのも不用心な気がして、2人は足早に歩いて繁華街に出た。
空いている電話ボックス2台を見つけ、檜沢が警察へ、美咲が椎名に通報した。
「ついでの残業、おつかれさま」
電話ボックスを出て、檜沢が言う。
「私たちが取引現場に張りつかなくてよかったんでしょうか」
迷うように美咲が言う。
「ハードボイルドじゃないんだから、そんな無茶はしない。密輸関係のプロに任せるさ」
「そうですね」
最寄りの駅前で、檜沢と美咲は別れた。美咲は通行人の邪魔にならないところに移動
して、電話をかける。
15 プジョー106ラリーの中
中央高速道路に向かう途中で、篠原の携帯電話が鳴る。ハンズフリーにして出る。待ち
かねていた「彼女」の声が聞こえてくる。
「仕事、終わった? おつかれさま」
ハンドルを操りながら、篠原は美咲の首尾を聞いていた。
16 数日後 朝 矢島探偵社
朝の挨拶が済んで矢島が社長室に引っ込んだ後。柏崎が新聞を読んで唸っている。
「載っていませんね」
「何がですか、モチさん」
ドライブマップを手に、篠原が聞く。
「この間、檜沢君と美咲ちゃんで通報した密輸事件の記事ですよ」
「まだ、完全に片づいてないから、マスコミに流れないんですよ、モチさん」
赤い表紙のバインダーを開いて、檜沢が言う。
「警察が駆けつけて現場を押さえたけれど、肝心のボスと腹心数名は逃げ出したそうで。
今、探している最中だとか。椎名さんからの続報によると、そうです」
「美咲ちゃんに跳んでもらうわけにはいかないのかな」
「該当者の写真がないんです」
苦笑して美咲が応える。
「この場合、私は動けませんから」
「それは残念でしたね、美咲ちゃん。晴れ舞台なのに」
「オレは、あまり事件に係わり過ぎて、向こうさんの怒りを買いたくないですよ。これで
よかったと思います」
「俺もです」
檜沢に続いて篠原が同意する。柏崎は頭を抱えた。
「はしゃいでしまったようで、ごめんなさい」
「モチさんも、はしゃぐことってあるんですねー」
成田 美名子の「エイリアン通り(ストリート)」を読みながら、幾男が言う。
「わたしは、長いことこの仕事をしている割りには、ミーハーでして」
「あーら。ミーハーの方が、いいかもしれませんわよ。バイタリティはあるんじゃありません?」
由紀乃がころころ笑いながら言う。「由紀乃ちゃんまで。もう、勘弁してくださいよ」と柏崎は
悲鳴を挙げる。そんな中で、篠原は席を立った。
「それじゃ、行ってきます」
「頼んだぞ」
檜沢がうなづく。美咲が 「跳んだ」 家出人の詳細調査である。
「日帰りですが、直帰します」
「車は?」
「自前ので」
今日は106ラリーで会社まで来ていた。
「気をつけて」
美咲が言うと、幾男が「ひゅーひゅー」と言ってからかう。由紀乃が「お黙んなさい」と横目で
睨む。心持ち赤くなった美咲を置いて、篠原はパーティションを回る。コニーが『行ってらっ
しゃい、篠原』と送り出した。
17 不審者
午後のお茶の時間。美咲は焼いてきたレモンフェザーケーキを切っている。由紀乃が
皿を出し、幾男が机の上を拭いている。柏崎が紅茶を入れて自分と美咲、由紀乃に配
る。檜沢は自分と幾男のためにコーヒーを入れた。矢島は自室でセルフサービスで入れ
ているらしい。例によって社長室と隣の旅行代理店にも一切れが運ばれる。
「俊ちゃん、気の毒だわね。美咲のお手製を食べ損ねるなんて」
空いた席を見やって、由紀乃が言う。
「僕らが食べてないお菓子を食べてるだろうから、そんなに気にすることはないと思い
まーす」
「「でも・・・」って続けるつもりだったのに、先に言われちゃったわね」
好意的な笑いが部屋の中に満ちる。しばし雑談の後、2杯目を入れに由紀乃が立ち上がる。
窓から外を見て、一瞬止まる。次の瞬間、さりげなく動きを再開してパーティションに向かい
ながら言う。
「リーダー、外に何だか、変な人がいるわ」
「どこだ?」
「道路を挟んだ、うちのビルの向かい。ここを見張っているみたいな雰囲気よ」
檜沢は、吸わない煙草を手に窓辺へ寄る。
「・・・そうだな。怪しげだ」
「でしょ?」
キッチンに行くふりで、そのままコニーの籠の近くで由紀乃が言う。ドアの外を窺う。
「また、時枝エージェンシーですかぁ」
「久しぶりですね」
幾男と柏崎が口を挟みながら、音を立てないように立ち上がる。美咲はパソコンの
電源を入れる。時枝エージェンシーの外観の写真を出そうとする。
「幾男、写真、撮れないか」
「はいっ」
「今更ですが」と言いながら、柏崎は電話機のチェックをしている。
幾男が膝で歩いて窓の下に到達した時、檜沢が残念そうに言った。
「あ・・・移動した。死角に入ったな」
「う〜。出番、なしですか」
幾男もがっかり声を出す。
「今日は尻尾を捕まえ損ねたかしら」
由紀乃は本来の目的のためにキッチンに行く。檜沢は火の付いていない煙草を
持って、席に戻る。
「こっちも、尻尾を捕まえられないように気をつけるか。社の出入りに注意だな」
「お隣の旅行会社に緊急避難も忘れずに。電話は異常なしです」
「フィットネス会員の振りもありですよねー」
美咲は無言でパソコンの電源を落とした。
18 誘拐
午後5時。いつものように颯爽と由紀乃が帰る。幾男も漫画をしまって席を立つ。柏崎は
コニーの籠を軽く掃除してから帰っていった。領収書整理をしていた美咲と日誌をつけて
いた檜沢が少々出遅れる。が、それも済み、それぞれが帰り支度をする。社長室の矢島に
挨拶して、コニーに送られて2人揃って社を後にする。
「檜沢さん。お茶の時間のあれ、また、時枝でしょうか」
「わからないな。依頼の振りじゃないから、別口かもしれない」
エレベーターで降りる。貸し切りである。1階についてフロアに出る。建物の外に出ようとする。
と、入口付近にいた数人の男たちがすーっと2人に近寄ってきた。
「・・・え?」
ほとんど何も言う間がなかった。美咲はスタンガンで、檜沢は相手の一人にボディーブローを
くらい、倒れた。男たちは手慣れた様子で2人を抱えて運び、外に停めてあった車に乗せ、走り
去っていった。犯行時間、1分足らず。目撃者もなく、矢島探偵社の社員2人は誘拐された。
19 クライシス
目覚まし時計の音で、檜沢と美咲は気がついた。
体を起こそうとしたが、思うように動けない。手足を縄で縛られている。首を回して周囲を見る。
空っぽの倉庫の中、明かりが煌々と点いた中に2人並んで転がされていた。2、3メートル離れた
ところに小振りの木箱が置いてある。
「檜沢さん、ここって、もしかしたら」
「ああ。密輸組織の、告発を逃れた倉庫だ。もっとも、あと数日でここにも手が伸びる筈だが」
ボディーブローをくらった瞬間、檜沢はとっさに十八番を出していた。
「オレたちに、意趣返しだ。話の表舞台に出ないように気をつけたのにな。警察内部にスパイが
いるらしい。椎名さんから回りに回ってバレたな。まあ、そういう話しは後だ」
言いながら、関節を順にはずしていく。繩抜けである。美咲も同様にする。ほどなく、2人は
縛(いましめ)を解いた。携帯電話を探すが、取り上げられていて、ない。
「美咲、ロケットはしているか?」
手首をさすりながら、檜沢が尋ねる。
「はい。いつも通り」
出入り口が厳重に封鎖されているのを確認した美咲が答える。
「それじゃ、お前、ここから跳んで逃げろ。帰ってこなくていいぞ」
淡々と言う。
「え、でも」
「時限爆弾がセットしてあるんだ」
脇に置かれた木箱へ近づく。タイマーを確認する。
「あと15分」
「そんな」
「だから、意趣返しだ。この倉庫を捨てるのと同時に、通報者も葬る気だ」
「解体すれば・・・」
「もちろん、する」
「手伝います」
「一人で充分だ。気が散るから、さっさと行ってくれ」
「でも・・・」
「行けと言ってるだろう」
きつい口調で言う。
「はい」
未練いっぱいの顔をして美咲が返事をする。檜沢はネクタイをはずして美咲に手渡す。
お気に入りのジャガード織りである。
「檜沢さん?」
「解体にしくじったら、オレも粉々になるからな。先に、形見分けだ」
「そんなっ」
「時間がないから、もう行けっ」
「・・・はい」
会社か、家のどちらへか、今度こそ美咲は跳んだ。
「これで、悔いはないかな」
虚になった空間を見て、檜沢が呟く。時限爆弾に向かい合う。
「全く、遊んでくれるよな。わざわざ目覚まし時計で起こしてくれるわ、懐の七つ道具は
取り上げずに残して置いてくれるわで、ご親切に。この気配り、後悔させてやるからな」
20 美咲のマンション
玄関に、美咲の姿が現れた。顔は緊張で強張っている。
「どうしよう。あと15分。ううん、あのあと話したから、もっと少ない」
靴を脱いで部屋の中に入る。ネクタイを握りしめたまま、機械的に足を進める。
「警察に通報しても、間に合わない。椎名さんでも、同じ。会社には、誰もいない」
リビングに来る。Circles of Confusion が目に入る。
「赤い色を失いたくないわ」
サイドボードの上を見る。木製のフォトスタンドの中で、矢島探偵社の面々と隣の旅行
代理店の社長が笑っている。去年のクリスマス記念である。美咲はフォトスタンドを手に
取り、食い入るように見つめた。
21 倉庫の中
檜沢が順繰りに配線を切っている。
22 東名高速
篠原がプジョー106ラリーで走っている。御殿場山間部を東京に向かっているところ。
「美咲の力がなかったら、一体、行方不明者の捜索に、何日かかるんだか」
時枝エージェンシーで同様の調査をした時のことを思い返して苦笑する。
「不思議な力だね、全く。俺も人のことは言えないけど」
御殿場を過ぎてからほぼずっと下り坂のハイスピードコーナーが連続している。篠原はアクセル
全開で飛ばしていた。チラ、とルームミラーで右側の空っぽの助手席を見やる。今度の休みは、
どこに行こうか。もちろん、車で、2人で。すっかり暗くなった道を駆けながら、そんなことを一瞬
考える。視線をルームミラーからはずして、再び周囲に注意を向ける。
「え?」
前触れなく、室内の温度が上がる。それと逆に、寒くもないのに鳥肌が立つ。一瞬、耳鳴りが
する。飛んできた鳥が枝に掴まるような、「ばさっ」という音を聞いて、篠原は思わず首を回して
隣の席を見た。
「美咲っ」
助手席に体をねじ込む様にして、美咲が座っていた。目を閉じて、息を吐く。
「俊二さん、やっぱり運転中だった。こういう荒技、初めて。非常事態だもの」
額に汗を浮かべている。
「美咲っ。どうなってるんだ」
篠原は無意識に106ラリーのスピードを落としていた。美咲の手に見慣れた檜沢のネクタイを
認めて、視線が釘付けになる。
「俊二さん、運転、運転」
美咲の言葉に、慌てて前方を見る篠原。さらにスピードを落とす。前のめりになった美咲は
体勢を整え、なんとかシートベルトを締める。誘拐された時に擦りむいたのか、足についた
血を無意識にネクタイで拭きながら言う。
「説明している時間がないの。俊二さん、力を貸して。檜沢さんが危ないの」
23 conflagration
コードをあと2本残したところで、檜沢の手は止まっていた。
「オレは接触テレパシストであって、サイコメトラーではない」
ナイフを手に、ため息をつく。
「コードに触れても、どっちを切ればいいかなんて、わからないんだよな。オレをここに連れ込んだ
奴と爆弾の製作者は違うし」
赤いコードと青いコード。どちらかを切れば解体完了、どちらかを切ればその瞬間、爆発する。
「あと3分。どうしたものかな」
伸びをして、軽く首を回す。
「ぎりぎりまで、切らずに待つか」
しゃがんで、2本のコードを見つめる。なんとなく、笑う。
「どうして、赤と青なんだろうな」
と、倉庫内に不釣り合いな車のエンジンの音が響く。驚いて音のした方を見た檜沢は、目を
見張った。何もなかった空間に、白い左ハンドルの車が出現している。1メートルほど走って、
停まる。
「檜沢さん、乗ってください」
篠原が運転席で怒鳴る。
「最後のコードを切ってないんだよ」
状況をつかめないまま、檜沢が怒鳴り返す。
「そんな、五分五分の賭けは終わらせて下さい」
美咲も助手席から言う。
「爆発は避けられなくても、檜沢さんが助かれば御の字です」
我に返った檜沢が苦笑する。
「そうだな」
急いで檜沢が乗り込む。
「それじゃ、行きます」
倉庫内をまっすぐに走リ始める。壁にぶつかると思った次の瞬間、車は異空間に入る。
滑空している感覚。土砂降りの雨の中のように、車外が見えなくなくなる。と、1、2秒後、
車は倉庫街のはずれの空き地に出た。数メートル走って、車は止まる。数10メートル離
れたところに倉庫が連なって見えた。
「なんだか、あまり跳べませんでしたけど」
篠原がハンドルに突っ伏して言う。
「いや。充分だ。あの中から出られたんだ」
後部座席で檜沢が言う。
「生きて外に出たか」
と、まだ実感がない様子で続ける。
「そうですよ、檜沢さん」
美咲が助手席から振り返る。
「どういう過程で、こういうことになったんだ?」
「私が家に跳んで、クリスマスの集合写真から俊・・・篠原さんの車の中に跳んで、そこから
檜沢さんのところに跳び直して、それを車ごと、篠原さんにチェイスしてもらいました」
「咄嗟のコンビネーションだったんですよ。こんなことできるなんて、考えたこともなかった。
同じ能力者の後を追うなんてね」
体を起こした篠原が後を続ける。
「少しでもずれたら、美咲が大怪我したかもしれない。焦ったの、なんの」
「でもね、跳ぶ時って、その辺のことは無意識に調整してるでしょ? 自分や回りを傷つけ
ないように、危ない空間には出ないものだわ」
にこりと美咲が言う。篠原と檜沢は、それを見て、肩の力を抜いた。ようやく笑って檜沢が
言う。
「ありがとう、2人とも」
いいえ、どういたしまして--。篠原たちの言葉の語尾は、爆発音にかき消された。時間違わず、
爆発が起こったのだった。倉庫の屋根を突き抜けて、火炎が上がる。3人は車外に出た。
「110番と119番通報だな」
自分が包まれていたかもしれない炎を見上げながら、檜沢が言う。
「今度こそ、オレたちのことが敵さんに漏れないように、気をつけような。社長や椎名さんと
相談して、犯人たちの記憶操作をさせてもらうかもしれん。場合によっては、誘拐事件も消す」
神妙にうなづく篠原と美咲。いつもの調子を取り戻して、檜沢が言う。
「それにしても美咲、会社と家の写真もいいがな。婚約者の写真くらい、肌身離さず持って
いたらどうだ?」
第10話(後半) 終わり
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