「Constellation〜星座〜」(第9話 後半)
第9話 「12月・・・Conservatory(温室)」 後半
8 夕刻 とあるデパート
由紀乃が檜沢にネクタイを選んでいる。
「リーダー、これ、似合うわよ。ねっ」
「ん。こんなもんか。ありがとう」
由紀乃はさっさとレジへ向かう。クリスマスプレゼント用にリボンをかけてもらう。檜沢の
元に戻ってきて渡そうとする。
「メリークリスマス。リボンはやっぱり、赤ですわね、リーダー」
「交換には、まだ早くないか?」
「じゃあ、席で?」
「その方がいいと思うぞ」
「それじゃ、そろそろ参りましょうか」
9 シンギング・バード・ケージ
箱根ベゴニア園から徒歩3、4分、箱根ガーデンミュージアム内のオルゴールの小さな博物館に
篠原と美咲がいた。ほかの客たちに混じり、係員の説明とともに演奏されるアンティーク・オル
ゴールに耳を傾ける。白い手袋をした係員は大切そうにオルゴールを扱っている。客はいたって
おとなしく誘導にしたがい、4、5機の演奏を聴いて拍手を贈ってから、売店の方に流れていった。
美咲は「スコットランドの釣鐘草」を演奏したレジーナ社のディスク・オルゴールの前にUターンする。
篠原もそれをフォローする。美咲は、アメリカ最大のディスク直径27インチ(68.8センチ)の営業用
ディスク・オルゴールを眺めている。
「気に入ったの?」
篠原の問いに、美咲がうなづく。
「それとね、このディスクのことを考えていたの」
鉄製の円盤にプレスして曲を記録し、ディスクを交換することによって数多くの曲を演奏することが
できる。
「ディスクを見てると、星座盤を思い出すの。北極星を中心にした、夜空の眺めを。それで、
88星座を描いた星座盤のディスクをオルゴールにかけたら、どんな曲が流れるかって想像し
ちゃって」
ディスクは1回転して止まるようになっている。2分15秒ほど、演奏が可能である。
「雪の降る音か、シンチレーション(星のまたたき)が曲になるんじゃない?」
にこりと篠原が受ける。
「そういえば、このごろナンジャタウンに行ってないね」
「お姫さまのお供依頼がないから。それに、ドライブが増えたもの」
ふんわりと美咲が笑う。しばし、ディスク・オルゴールに見とれていると、再びオルゴール演奏の
時間になり、係員が客に集まるよう、呼びかける。先程とは違う係員が、先程と違うオルゴールを
鳴らす。演奏後、今度は篠原たちも売店へ向かう。
「あと1、2回分いたら、全部のオルゴールの演奏を聴けたかな」
「私も、そうだろうとは思ったけど、お土産コーナーが気になったものだから」
アンティーク・オルゴールのクリスマス・キャロル集CDと、絵はがきを数枚手に取る。売店奥の
ショーケースのところに行くと、オルゴールに加えて、からくり人形も置いてあった。青と白のツー
トンカラーの小鳥と、オレンジに赤い色が少々混ざった鳥がバードケージに入れられている。シン
ギング・バード・アンティークという札がついている。美咲が店員をつかまえる。
「あの、すみません、ちょっと伺いたいんですけど・・・」
店員がにこやかに笑って応対する。
「はい、なんでしょう」
「この、シンギング・バード・アンティークですけど、鳥が鳴くんですよね?」
「ええ、さえずって、口を開くし、体も動かしますよ。ご覧になります?」
「ぜひ」
意気込んで言う美咲。店員もこれまた楽しそうにケージをショーケースから出す。篠原も後ろから
覗く。ぜんまいを巻くと小鳥がさえずり、口を開き首や羽を動かした。生きている鳥のようである。
うっとりと美咲が言う。
「オルゴール・・・とは少し違いますよね」
「オルゴールの少し前のものですね。フイゴで動かすんですよ」
「それじゃあ、博物館で演奏していたのと同じ原理で?」
1回目にオルゴール演奏を聴いた時、フランス製のシンギング・バード・ケージの演奏もあった。
「あ、お聴きになりました?」
店員の声が明るく、大きくなる。
「ええ」
「いいですよね」と美咲と店員でハモる。
値札を見る美咲。3の後にゼロが5つ並んでいる。スイスのリュージュ社の製品である。
「手を出すには、ゼロがひとつ多くて。CDで我慢しておきます」
「オルゴールがお好きですか?」
「ええ。好きです・・・ね」
店員がシンギング・バード・アンティークをしまう。美咲は店員にCDと絵はがきを渡す。篠原は
バード・ケージと美咲を交互に見ている。
「「からくり仕掛けの歌う宝石」っていうところかな」
10 concert
都内の某駅ビル内にあるレストランで、「シャンソンとカンツォーネの夕べ」と題して、ディナー
ショーが開かれている。数人の歌手の合同コンサートで、一人当たり2、3曲を歌う趣向。檜沢と
由紀乃が、テーブルのひとつに腰かけている。
「何もわざわざ、この時期にクリスマスソング以外の曲を聴きにコンサートに来なくてもいいと
思うが」
「街の中じゅう、クリスマスソングで飽和状態ですものね。こういう時こそ、好きな物にお金を
かけたいわ」
「クリスマスソングは、普通、このシーズンにしか演奏されない」
「それでも、いいのっ。何より、リーダーだって、お誘いに乗ってくださったじゃないの」
「そう言われると、反論できない」
「でしょ? うふ」
第1部の食事が終わってから、少しの時間、休憩時間になる。その隙に、広いテーブルの
上でプレゼント交換をする。先程のネクタイと、それと前後して檜沢が買ったブローチが
お互いに贈られる。「メリークリスマス !」と言葉が交わされる。
「杉田にはよろしく言っておいてくれよ」
「了解」
小さいオレンジ色のオパールに、由紀乃は目を細める。
「エンゲージリングを奮発したから、もう宝石は買わないって宣言してる人だし、仕事柄
ネクタイはしないのよね。プレゼント交換のやり甲斐がない人なんだから」
「惚気(のろけ)にしか聞こえないぞ、由紀乃」
「ご名答でございますわ、リーダー」
後半のライブが始まる。トップのシャンソン歌手が登場し、拍手が起こる。檜沢たちも
歌手の方に目を向けた。
11 ロマンスカー車内
行きと同様に、禁煙車両の席に篠原と美咲が並んで座っている。
「運転しないで乗ってると着くっていうのは、楽だな」
雑誌のページをめくりながら篠原が言う。
「こういうのも、たまにはいいでしょう? 俊二さん」
「ところで、夕食はどうする?」
「特にクリスマスメニューでなくていいから、どこか適当なところで、おいしいものを
楽しく、ね」
「そうだね」
12 同時刻 矢島探偵社 社内
矢島が社長室から出てきて、漫画を読みふけっていた幾男に声をかける。
「そろそろ、閉めるよ」
「そうですか、社長」
「幾男にもクリスマスを楽しんでもらわないとね。ご両親に返さないと」
「はーい、姉とセットの方がもっと喜ぶんですけどね、一人で帰ります」
「杉田さんは、今晩どうしているのかね」
「実験の途中で、どうしても離れられないって。計画を立てるのが下手なのか、姉が
コンサートに行きたいのを知ってるから、わざわざそれに合わせたのか、謎です」
「私は後者だと思うけどね」
「だといいんですけど。うん、きっとそうですよね」
ドアベルが鳴る。コニーがはしゃいだように言う。
『ノエルさん、メリークリスマス』
「こんばんは、コニー。メリークリスマス」
矢島と幾男があたふたとパーティションの向こう側に回る。澄んだ、力のある目をした
水晶占い師が立っていた。
「メリークリスマス、社長、幾男君」
「よく来てくれた、ノエル、お久しぶり」
「ノエルさーん、お久しぶりですっ」
ヌガー・ケーキの箱を掲げて、ノエルは笑う。
「多分、一人か2人は念のために詰めていると思って、来てみたの。今年は社長と幾男君
だったの?」
「そうでーす」
「ノエル、仕事の方は?」
「今日はもう、おしまいです。クリスマスイブに駆け込む人は、さほどいなかったの。そちらは?」
「同じく、ヒマだったね。幸いというか。また、明日から忙しくなるかもしれないけれど」
幾男は速攻でお茶を入れている。矢島が心配そうに声をかける。
「家の方は、大丈夫かい」
「飲んだら、帰ります。ノエルさんとお茶のチャンスは、逃したくないですよ」
13 カンツォーネ歌手
「シャンソンとカンツォーネの夕べ」も終わりに近づき、残る歌手は一人になった。
「真打ちさんはカンツォーネ、男性。曲は「ヴォラーレ」と「アルディラ」と来れば、最高
だわね」
プログラムを見ながら由紀乃が言う。「ヴォラーレ」の前奏が流れ、タキシードの男性が
姿を現す。拍手をしながらそれを見ていた檜沢が、はっとなる。
「あの男・・・」
檜沢の声に「何?」と顔を上げた由紀乃は、歌手を見て眉を顰める。
「リーダー、もしかして、あの人」
「お前も、そう思うか」
20代中頃に見える、しかし、どことなく威厳を感じさせる男性。見事なテノールでヴォラーレを
歌い始める。
「ねえ、リーダー。この人、日比谷公園の歌い手よね」
「そうだな。忘れてたまるか、あの顔」
「歌も、素敵だったものね」
今夜はきちんとした日本語とイタリア語で歌っている。一番の歌詞は日本語、2番はイタリア語
である。由紀乃はプログラムを見直す。
「ラストの歌手・・・墨染(すみぞめ)さんね、一体、何者よ。経歴が載ってないわ」
「調べる方法は、いくらでもあるさ」
歌に耳を傾けながら、それでも周囲に気を配る。
「この間の仲間は、いないな」
「歌手の中にはいなかった。裏方は、わからないわよね。写真は? リーダー」
「隠し撮り完了。美咲に、追いかけてもらうか」
「ですね。私たち含めて、会社にクリスマスプレゼントをもらいましたわね」
「やっぱり、息抜きはするものだな」
14 オルゴールの聖夜
篠原のアパート。畳の部屋の座布団に斜め座りをして、箱根で買ったばかりのCDを篠原の
CDラジカセで鳴らし、美咲が聞き惚れている。テイクアウトしたフライドチキン、ウーロン茶
その他を篠原がテーブルの上に並べている。美咲が我に返る。
「何もしないで、ごめんなさい」
「いいよ、お客さんなんだから」
篠原は音だけクラッカーを美咲に手渡す。彼女の手首を見ながら言う。
「クリスマスプレゼント、それでよかったかな? あまり思いつかなくて」
「素敵よ。ありがとう」
小粒の淡水真珠のブレスレットをした左手を挙げ、ふんわりと笑って美咲が言う。
「そう?」ほっとして篠原が言う。
「私の方こそ、それでよかった?」
心配げに美咲が尋ねる。皮製のパスケースである。
「いいよ」
そう言ってから、篠原は続ける。
「それに、ベゴニア園の返事だけで充分だったけど」
美咲がほんのり、赤くなる。篠原が「さあさあ」と促す。
「ちょっとだけ、オルゴール演奏の邪魔をさせてもらう。ささやかだけど、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
音だけクラッカーの音が、部屋の中に響いた。
15 急病人
レストランでのディナーショーが終わり、客たちがバラバラと出ていく。出口付近に並び、歌手
たちが客を送り出している。檜沢と由紀乃は最後に出ようと、ゆっくり構えていた。と、出口が
ざわめき、「医者を」「救急車」という声が聞こえてきた。あわてて人込みをかき分けて、2人は
前に進み出る。ドレスアップした女性が倒れている。客の一人である。檜沢がスタッフに声を
かける。
「医者ではありませんが、応急処置等の心得があります」
スタッフが返事をしようとした時、檜沢の後ろから若い女性が言った。
「私は医者です」
檜沢が振り返ると、亜麻色の髪をした二十歳そこそこに見える娘が立っていた。檜沢の
訝しげな視線を受けて、彼女は笑った。
「若く見えますけど、本当に医者です」
テノールの声が加勢する。
「彼女は本当に、医者ですよ」
客を送り出していた例の歌手・・・墨染・・・が急病人の脇にいつの間にかしゃがみこんでいた。
檜沢と体を入れ換え、亜麻色の髪の娘が急病人の様子を見る。意識を失っている。
「119番、した方がいいですね」
連れの男性が顔色を失っている。墨染が彼に声をかける。
「あなたは、動揺しないほうがいい。こういう時、親しい者の心配は、相手に伝わって、却って
よくない影響を与えるから。難しいかもしれないけれど、「大丈夫だ」と思ってやってください」
「そうですか?」
プログラムを無意識に握りしめたまま、男性は問い返す。静かにうなづく墨染。亜麻色の髪の
彼女が墨染に言う。
「ここは、私がやりますから、あなたは早く彼女のところに行ってあげてください。向こうも仕事が
終わる頃でしょう?」
「だが」
「いいですから」
檜沢と由紀乃は、ほかの客やスタッフに混ざって、そんな光景を見守っている。表情が固い檜沢の
様子を見て、由紀乃がこっそり尋ねる。
「どうしたの?」
「今、彼女と入れ代わった時、体が触れたんだがな」
言いよどんで、檜沢が苦虫を噛み潰している。
「人間じゃないぞ、この娘」
16 篠原のアパート
オルゴールの音がいつの間にか止まっている。美咲が畳の上に横になり、自分の指を噛んでいる。
ブレスレットは外している。息と一緒にかすかに声が漏れる。篠原が気づいて噛むのをやめさせ、
キスして口をふさぐ。
17 return to consciousness
救急車が来る前に、倒れていた女性は意識を回復した。だが、念のためにということで、病院へ
運ばれていった。ほっとした客一同は、今度こそ解散した。スタッフは急いで片付けを再開する。
お土産の胡桃(くるみ)のケーキをバッグに入れながら、由紀乃が言う。
「クリスマス・・・クルミ割り人形・・・胡桃のケーキ・・・結局、多少はクリスマスが絡むのね」
「そうだな」
駅ビル内の通路を歩いていく。レストランから出ていった客があちこちの分岐点で別れ、ようやく
2人になってから、由紀乃が問う。
「それで、さっきの人間じゃないって言うお話は? リーダー」
「そのまま、彼女が人間じゃないってことさ」
「宇宙人とか?」
「そういう意味でなくて、元から地球で生きてるけど、いわゆる人とは違う種族だ。それを自覚した
上で、わかる範囲、できる範囲でさっきの人間を診ようとしていた。彼女は、彼女の側の世界で
「医者」なんだ」
「親しそうに見えた、私たちの墨染さんは?」
「お仲間らしいな」
「事実は小説より奇なりだわね」
「それと、あの急病人だが」
「はい? リーダー」
「オレたちにはわからなかったが、何か、彼女が応急手当をしたらしい。彼女の「ここは、私が
やりますから」は、そのことだ。墨染氏もできるが、ここは彼女がやるの意味だったんだ」
「だから、お仲間?」
「ああ」
「とっても楽しいクリスマスイブですわね、リーダー」
「由紀乃、熱中するのはいいが、今日はもう帰れよ。今晩できることは、ないぞ」
「ええ、リーダー。実験が終わったはずのダーリンにメリークリスマスを言いに帰りますわ」
18 暖かな部屋
篠原が明後日(あさって)の方を見ている間に、美咲は乱れていた服を直した。手櫛で髪を直し、
ブレスレットをして、篠原の背中にゆっくり抱きつく。
「ん? もういいの?」
「ええ」
美咲は、そのままの姿勢で言う。
「ごめんなさい」
「いや、こっちこそ、ごめん」
前に回った美咲の手を握りながら篠原が言う。
「買い物した時、シャンパンはいらないって、言ってたものね」
「それはそうだけど」
美咲は口ごもっている。
「なるべく早く、結婚しようか」
体の向きを変えて美咲の顔を見ながら、篠原が言う。頬を撫ぜながら、
「いつまで我慢できるか、怪しいものなんだから」
赤くなって美咲がうなづく。篠原は「さて」と掛け声をかけて立ち上がる。
「今からイリュージョンに跳ばない? ここにいると、また手を伸ばしそうだよ」
「イリュージョンの写真、持ってないけど」
「構わないよ。俺は、美咲くらいは連れて跳べるから」
言いながら2人分のコートを手に取る篠原。
「それじゃ」
美咲が立ち上がると、篠原は彼女の手を取った。
第9話(後半) 終わり
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