「Constellation〜星座〜」(第9話 前半)
第9話 「12月・・・Conservatory(温室)」前半
誰かのために 動けるっていうことは
とても 素敵なこと ・・・そうよね
1 朝 矢島探偵社 社員スペース
始業時刻、入口のドアが開いた。
『社長、お早うございます、メリークリスマス』
「お早う、コニー。クリスマスおめでとう。言っておくが、今日はイブだよ」
『わかってます、社長』
矢島は笑いながらパーティションを回る。
「よく、ここまで仕込むね、モチさん」
「コニーは頭がいいですから」
眼鏡を磨きながら、柏崎が言う。矢島は次いで、クリスマスツリーを眺める。
「ぎりぎりになったけれど、今年もきれいに飾りつけをしたね」
緑の葉に、白い雪、赤いリボン。さまざまなオーナメントが付けられている。
「女性陣2人が楽しそうにやってくれましたから」
檜沢が受ける。
「ドールハウスのお稽古から転じて、私、今はフラワーアレンジメントをやってますの。
どっちも、飾ることには違いないでしょう。楽しかったですわ」
「おねーさま、僕も飾りつけのアイディア提供しましたが」
「忘れてないわよっ」
「お隣への樅(もみ)の木の御礼は、今年もブッシュ・ド・ノエルのおすそわけです」
ふんわりと美咲が言う。
「夏は笹、冬は樅の木ね。広い庭のあるお隣さんですね」
篠原が呆れたように言う。
「土地持ちなんだ」
檜沢が答える。幾男は、一眼レフを持って言う。
「お隣の社長さんも含めて、ツリーを囲んで、みんなで写真撮りませんか。今年の
クリスマスの記念に」
特に反対の声は挙がらない。言い出しっぺの法則で、幾男が隣の旅行代理店に
撮影のお誘いに出かけた。矢島が「そうそう」と切り出す。
「ところで、羊飼い諸君。今日も元気だね? この様子だと」
「それはもう、元気ですね」
一同を代表して檜沢が答える。
「何しろ、クリスマスイブで、半ドンですから」
2 contortion
今日は予定の調整をして、全員が社内にいる。お茶会と記念撮影がすみ、矢島が社長室に
引っ込み、メンバーたちで少し早い年末反省会をしている。口火を切ったのは檜沢である。
「ノエルさんの抜けた分を埋められたのがよかったな。いい奴が見つかって」
篠原を見て、にやりと笑う。
「そうですねえ、檜沢リーダー」
「幾男、こういう時くらいは漫画から手を放してくれ」
「はいっ」
猫十字社の「小さなお茶会」を机の上に置く。
「美咲がお菓子を作って来てくれる頻度が、元に戻ってよかったわ」
「由紀乃さん、それ、何ですか」
「俊ちゃん、あなたが来てから、「あなたのせいで」、しばらくの間ペースダウンしてたのよっ」
「それは、失礼しました」
柏崎が眼鏡を磨いている。
「社内的未解決事件を、来年は解決できるといいですね」
6人が互いの顔を見つめ合う。
「気になる3件、全部行き詰まってますね」
檜沢が苦笑する。
「日比谷公園はあのまま、ダイヤとルビーのコンビネーションの元の持ち主はわからず。
あの、第2の依頼者の祖父に会えれば、オレが何とかしますがね、チャンスがない。そして」
篠原と美咲を見て、
「例の容疑者は、椎名部長の好意で・・・あの人も疑問を持っていたし・・・少し話したけれど、
結局、アトランダムという答えが出てしまった」
「俺には、その偶然は信じ難いです。檜沢さんの力を疑ってるわけではありませんけど」
篠原が檜沢を見ながら言う。
「ありがとう」
由紀乃がカポティーヌの瓶を弄びながら言う。
「リーダーが間違ってないなら、容疑者の思いの方が間違ってるんだわ」
「おねーさま、それは何を意味するんでしょう」
「それはつまり、うちの社長と同様の力の持ち主がいる、ということになりますかね、幾男君」
眼鏡を掛け直し、心配そうに目をしばたきながら柏崎が言う。
「仮にいるとしたら、それが何者で何の目的があるのかが問題ですね」
篠原が首を傾げる。
「赤井さんたちが狙われていて、まだ目的達成されていないから、時間かせぎとか、攪乱の
ためとか」
篠原は自分でいいながら、ぞっとしてくる。
「もしも心当たりがあれば、赤井氏も警戒するだろう。ニュースネタにもなったんだ」
しぶしぶうなづく篠原。
「3つの件を脇に置いて、反省を言いたいんですけど」
美咲が初めて口を開く。
「メンバー 一同、おやめになったノエルさんも含めて、みんな、無事に一年が過ごせて、
素敵だったと思いませんか? いろんなことがあったけど、トータルで」
「それは、そうだな」
檜沢が呟き、聞いたメンバーたちは、なんとなく笑い合った。
3 早めの終業時刻
正午にまだ余裕がある時刻、一同解散になった。柏崎がいそいそと出ていこうとする。
「モチさん、待ってくださーいっ」
幾男が急いでリボンをかけた包みを渡す。
「お誕生日おめでとうございます」
「おお、ありがとうございます。忘れてましたよ」
「メンバー 一同からです」
拍手が柏崎を包む。お辞儀をしてから柏崎は出ていった。
「今年は眼鏡ケースになったな」
コートを着ながら檜沢が言う。
「モチさんの場合は、早仕舞いが一番のプレゼントかもね」
由紀乃が笑って言う。
「今から慌てて奥さんとお子さんへのプレゼントを買いに走るのよね」
言いながら檜沢の腕に自分の腕を絡める。
「リーダー、ラブラブっ。今日はよろしくお願いしますわ」
「こっちこそ」
由紀乃の行動を予測していた檜沢が、されるがままに腕を取られている。力は閉じた後の
模様。やれやれと言いながら、それでも満更でもなさそうな顔をしている。「お先に」と出て
いく2人。
「何がどうなってるんだ?」
解せないという表情で篠原が言う。
「実は、由紀乃さんの亭主は檜沢さんで、夫婦別姓なんていうオチじゃないよな。旧姓は
幾男君と同じで栗山だろ?」
「姉がイベントに誘っても義兄がパスした場合、お鉢が檜沢リーダーに回るんです」
のんびりと座ったままの幾男が答える。
「姉夫婦は、趣味の傾向が合ってない部分が多いんですよ。で、檜沢リーダーとは結構
合ったりするんで、時々、こういうことが起こります」
「それで、いいのかい?」
「義兄と檜沢さんは友人ですし、問題ないです。公認で行ってます」
「ふーん」
「それで、篠さんと美咲おねーさんも、デートですか?」
にこにこ、と幾男が尋ねる。
「まあね」
照れ気味に篠原が答える。美咲が、かすかに赤くなっている。
「いってらっしゃーい」という幾男の声に送られ、2人は出ていった。社員スペースに一人
残った幾男は、「あーあ」と伸びをする。
「こうして見ると、社員スペースって広いんだよね」
ぶるっと体を震わせる。
「なんか、寒いよ。風邪ひいたかな」
4 終業時刻後
幾男がエアコンの温度設定を1度C上げたところに、矢島がやってきた。
「本当にいいのかな、幾男。通常の時刻まで残って」
「いいですよお、社長」
「クリスマスイブなのに?」
「僕、特に予定ありませんから。家も、普通の時間に帰っても親と食事はできますよ」
「すまないね」
「いいえ」
屈託なく笑う幾男。真顔になって、
「だって、こんな日に依頼に来る人なんて、余程切羽詰まってるわけなんですから。もしも
の場合は、社長一人より、半人前でも僕がいた方が、まだいいでしょう?」
「その心掛けで充分一人前だよ」
矢島が電話機に手を伸ばす。
「アスコットに出前を頼もう。クリスマスのスペシャルメニューにしようか」
「はいっ」
言ってから、「あれっ」という顔になる。
「どうした? 幾男」
「なんだか、寒かったのが治まりました」
5 とあるデパート
柏崎が、包装にリボンをかけてもらっている。両手にひとつずつ紙袋を持ち、これで
3個目である。
6 繁華街
腕を組んで檜沢と由紀乃が歩いている。ディスプレイを指して笑う由紀乃。檜沢は、「ああ」
という表情でうなづく。
7 conservatory
午後3時近く。箱根湯本駅から徒歩5分のところにある「箱根ベゴニア園」に篠原と美咲がいた。
新宿から全席指定の小田急線ロマンスカーでおよそ1時間半、ほかを回ろうと欲張らなければ、
昼近くから行っても充分に遊べるスポットである。18度C前後に調整された温室の中に、球根
ベゴニア、木立ち性ベゴニア、根茎性ベゴニア等が咲き誇っている。温室内の売店でパッション
フルーツ・ジュースを買い、セルフサービスのカフェテリアで座る場所を探す。球根ベゴニアの鉢が
並ぶ売店の正面を避けて、隣の温室の方へ行く。入口近くの噴水から流れてきた水が落ちる小さ
な滝の前に陣取る。丸い白いテーブルに椅子が4つ。滝の水音でお互いの声が聞こえにくいため、
隣り合った椅子を動かして、肩を寄せ合って座る。色とりどりのフクシア(フクシャ、ポクシア)が鉢植
えにして天井からつり下げられている。萼(がく)の色が鮮やかで、花びらとのツートンカラーが美しく、
8本のおしべと長い1本のめしべが花から突き出している。その姿はバレリーナのようである。プレー
トの文字が大きく書かれていて、座ったままでもノンパイレル、ピンクマシュマロ、カーテンコール、
スウィングタイムといった名前が読み取れる。
「ベゴニア園にあるっていうことは、このフクシアっていうのもベゴニアの一種なわけかな」
「ええと、南アメリカ原産の植物とメキシコ原産の雑草っていう説があるとか。草みたいだけど、これは
木なの。和名がツリウキソウ」
「へーえ」
ハチミツの甘さがきいているパッションフルーツ・ジュースをグラスに半分ほど残したまま、美咲が
席を立つ。目の前のフクシアに軽く触れる。薄いピンクと紫のツートンカラーのノンパイレルである。
「写真、撮ろうか?」
デジタルカメラを持った篠原が聞く。少し迷った末、美咲はうなづく。ノンパイレルと一緒のアングルで
撮ってから、赤と白のスウィングタイム、薄いピンクと赤紫のカーテンコールとも一緒に篠原のカメラに
納まる。
「ピンクマシュマロとあるけれど、俺には白に見える」
「淡いピンクというところでしょう。マシュマロだし」
近くを通った家族連れが、テーブルの上の飲みかけのグラスと荷物を気にしている。席に戻る2人。
座って、再びフクシアの観賞を始める。ついでに、仕事柄の癖でほかの客の観察もする。露天風呂
つき温泉が併設されているため、3世代の家族連れが多い。入口から順路の通りに歩いて階段を降
りると、滝のすぐ脇に出る。池をのぞき込んだ子どもは大抵、「鯉がいる」と歓声を挙げる。大人はハ
ンギングのフクシアに歓声を挙げ、次いでプレートを見て、洒落たネーミングにあれこれ感想を述べ
ている。
「室咲美咲、語呂がいいのか悪いのか、わからない名前」
ストローでグラスの中身をかき混ぜながら、美咲がふっと言う。
「え?」
「初出勤の帰り道、俊二さん、そう言ったでしょう」
「そういえば、言ったね」
思い返して、篠原がうなづく。
「結婚して、そんな語呂になったのか、とも言ったんだ」
「そうそう」
美咲がふんわりと笑う。ひとり言のように続ける。
「「室咲き」って、温室で咲かせるとか、その花のことよ」
「そうだね」
「生まれた時、私、室咲姓じゃなかったの」
「ん?」
美咲はフクシアの方を見ながら言う。
「室咲は母方の姓なの。その絡みで、名前が美咲になったのね、母方の祖母がつけて
くれて」
篠原は黙って聞いている。
「両親は私が3、4歳の頃に別れたの。私は母に引き取られた。ようやく自分のフルネームを
覚えて言えるようになった時よ。母の実家に連れていかれて、父方の名字で名前を言って
いたら、母から、きつい口調で「あなたは室咲美咲よ」と言われて、きょとんとしたわ。それでも、
新しいフルネームを覚えて、一部が違う元の名前は段々に忘れていった」
篠原は美咲の肩を抱く。
「養育費はきちんと支払われていた。自慢めくけど、父は資産家だった。払う物は払ってくれたわ。
母も、母方の祖父母も、その点は苦労しなかったの。ああ、母も私も一人っ子だったから」
ジュースを飲んで一息つく。
「でも、父が亡くなってから、遺産相続で揉めたのよね。父の実家の方と裁判になって。母たちは
私の身の安全を心配した。それで私には一時期、ボディガードがつくようになってしまったわ。中学
の時ね。いい人がついてくれたけど、状況がうっとうしいし、家の中の雰囲気が悪くて、よく逃げ出し
たわ。Photo Transfer で」
篠原を見て、にこ、と笑う。
「どういう縁なのか、そのボディガードに雇われたのが矢島社長だったの。ノエルさんもいたし、モチ
さんもいたわ。そうこうするうちに、社長たちに、私の力がばれてしまった。ううん、私から言ったの。
あの人たちに、どこか魅かれて。それで、私のことを知って欲しくなって話したのよ」
篠原が目を見開く。
「裁判が終わって、落ちついて、高校に入ってから、私はアルバイトを始めた。矢島探偵社でね。
母たちには内緒で。Photo Transfer と事務を覚えるのと並行していったわ。皮肉ね。家の様子が
嫌で探偵さん・・・ボディガードさん・・・に迷惑をかけた私が、その力で人を探す仕事を始めたんだ
もの」
残り少ないグラスの中をかき混ぜる。
「私が高校を出た頃、母が再婚したの。新しい父は嫌いじゃなかったけど、私はついていくのは
やめたわ。母は若いもの。また、新しい人と2人で人生をやり直して欲しかった。それで、短大を
出るまでは母の実家にいて、卒業後家を出て、今のマンションに移ったの。購入資金は、父の
遺産ね。生活費は自分で本格的に稼ぐようになったし。Circles of Confusion はね、その頃、
社長と相談して2枚一緒に買ったの。お金は、それぞれが1枚分ずつ出して」
ジュースを飲み干す。
「時々、滅入ることもあったけど・・・今もあるけど・・・それでも、矢島探偵社でエースを続けて
いる。持っている力は有効に使うわ。それに、逃げる側も探す側も事情はあるけど、そのまま
放っておいていいとは思えない依頼が大部分だから」
「社長は、仕事は選ぶ人だったね」
「そうね」
「お母さんや、室咲のおじいさんたちとは、没交渉?」
「時候挨拶の絵はがきくらいは出してるの。その程度。ちょっと、離れてる」
美咲はぼうっと、滝の方を見ている。3世代家族がたむろしている。
「写真は嫌い。あれって、幸せだと撮る気になるものよね。室咲の家が嫌いだったわけじゃない。
父が懐かしいわけでもない。でも、生活の記録を画像で残すのは嫌だったわ。必要な時以外、
写真には係わらなかった。それなのに仕事は写真をベースに跳ぶこと。そして、気晴らしも写真
をベースにして跳ぶこと。おかしいわね」
篠原を見て、微笑む。
「だけど、勤め出して、段々と写真を撮るのも嫌いじゃなくなってきたの。いい人たちに会えたって
思うのよ」
うなづく篠原。
「ところで、ご両親の離婚の原因は? 嫌なら言わなくていいけど」
「父の方にあったけど。あとで知って、私の人嫌いの原因のひとつになったわ」
「そう」
「原因の原因は、多少は母にもあったみたいだけど」
「もう、いいから」
「それとね・・・」
するすると、問わず語りに続ける美咲。
「夫婦別姓って、このごろ言うでしょう。アイデンティティがどうのって言うけど、私は気にしない。
だって、もう、1回変わってるから今更どうということはないもの。むしろ、一生室咲姓を背負って
いるのは嫌かも。父方のが懐かしいわけでもないけど」
「ふうん」
篠原はグラスを空にする。美咲にこちらを向かせて、さりげなく言う。
「それじゃ、篠原姓に変える?」
滝の水音に、美咲の返事を聞けたのは篠原だけだった。
第9話(前半) 終わり
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