「Constellation〜星座〜」(第8話 後半)
第4話 「11月・・・Congeal (・・・を凍らせる)」 後半
9 congeal
篠原たちが社員スペースに戻ると、矢島を始めとしたメンバー 一同がテレビを見ていた。
ニュースの時間である。テロップには「雹(ひょう)が明らかにした名士の犯罪」と出ていた。
アナウンサーが興奮を押し殺した口調でニュースを読み上げている。
「**日、季節外れで局地的な雹が東京都内のオフィスを襲ったトピックスがありましたが、
その続報です。今まで発表が伏せられていましたが、社長が110番および119番通報した際、
「殺した相手の復讐だ」などと興奮して話していたため、一時、病院で手当てを受けていま
した。それが、落ちついてからも同じ発言を繰り返すため、それに基づいて社長の別宅を
捜索しました」
篠原が不審顔で、誰にともなく聞く。
「何ですか、これ」
「しっ」という答えが返ってくる。
「供述に従って庭を掘り返したところ、6体の遺体が発見されました。うち3体は、家族からの
捜索依頼が出ていたため、身元が確認されました」
篠原が驚愕の表情を浮かべる。彼が探していた、磯貝、戸田、志賀野の3氏の写真と名前が
画面に出る。檜沢が陰鬱な口調で言う。
「やっぱり、3人共、死んでいたな」
アナウンサーは事件を伝え続ける。
「併せて、この容疑者が経営している会社の脱税が匿名通報により、発覚しています。また、
オフィスが雹に襲われた日、社長の自宅に泥棒が入り、現金、証券、貴金属類等が盗まれる
という事件が起こっています。連続殺人について協力していた使用人も逮捕され、社長共々、
動機、犯行手順など、今後、取り調べによって明らかにされる見通しです」
話題は他のことに移り、矢島の指示で幾男がテレビを消した。
「こういう時に社長、社長と連呼されると、いい気分にはならないね」
さすがに、温厚とは言い難い瞳の色をして矢島が言う。
「6体、遺体が出たと言いましたね。残る3人のうちの1人、まさか赤井氏じゃありませんよね。
マスターの司氏か、息子の要氏、それから、孫の匠君」
篠原がからからの声で言う。アスコットのコーヒーは体内で蒸発したらしい。檜沢が受ける。
「オレも、それは考えた。速攻で幾男に電話で確認させた。赤井家の人間は無事だ。ウエイト
レスも、な」
それを聞いて、ほっとする篠原。
「不幸中の幸いかもしれんな、篠原」
「人が死んで、あまり幸いとはいいたくありませんけど、そうですね」
柏崎はイヤホンでラジオを聞き続けている。
「テレビと基本的に同じ内容ですね」
「そりゃ、そうですよー、モチさん」
「犯人の家で、ペットが飼われていれば、また様子がわかるんですけど」
幾男がお手上げのポーズをしながら、
「モチさん、その付近がテリトリーの猫とか、すずめとか、からすは?」
「それでも、いいんですけどね」
由紀乃が、美咲を見て言う。
「美咲、顔色が悪いわよ」
「え・・・え」
それを聞いて篠原が美咲を見ると、確かに蒼くなっている。
「早退したらどうだ?」
檜沢が声をかける。矢島も特に咎め立てする気配はない。ほかの者たちにも
促されて、美咲は、ロッカーへ荷物を取りに行った。
「篠原、お前、美咲を送っていけ」
檜沢が篠原に言う。目を丸くして檜沢を見返す篠原。矢島が彼に尋ねる。
「何か、急ぎの仕事はあったかな?」
「志賀野氏の件だけです。もう、過去ですが」
「今更、どうしようもないだろう。美咲の方を頼む」
「わかりました」
男子用ロッカーに向かう篠原を、檜沢が追いかける。
「玄関まで送れよ。中に入るまで、見届けろ」
「また、それですか」
意味不明という表情で篠原が尋ねる。
「昼間でもマンションのエレベーターが危険なのはわかってますが、それとは違いますよね?」
檜沢は大真面目に言う。
「ああ。違ってる。そして、これは肝心なことなんだ」
10 美咲の部屋の前
駅構内の花屋で白とピンクのカーネーションの束を買い、美咲の肩を半ば抱くようにしながら、
篠原はマンションの部屋の前まで送ってきた。そうしていないと、今にもどこかに「跳んで」行か
れそうで、恐かった。街中のポスターの写真やイラスト全てを美咲の目に入らないところへやって
しまいたい気持ちになりながら、篠原は「家路」を急いだ。ドアの前まで来て、ようやくほっとして、
カーネーションを美咲に渡す。
「あ、ありがとう」
「大丈夫か? 美咲」
思わず彼女の腕を捕まえながら言う篠原。
「ひとりでいる間に、写真か何かを見て、跳ばないだろうね」
目をしばたいた美咲は、こくりとうなづいた。
「中に入れば、もう大丈夫だから」
篠原は眉を顰める。美咲を玄関に押し込み、自分も中に入る。後ろ手でドアを閉める。
「そう言われたら、却って心配になってきた」
美咲の表情に、かすかに脅えが浮かんでいる。
「しばらく、いるよ。場合によったら、明日の朝まで」
かあっと赤くなって、美咲が叫ぶ。
「嫌あぁ !」
篠原も赤くなる。
「そういうことじゃないって」
美咲を押し退け、言った勢いのように靴を脱ぐ。
「なんだか、本当に恐いんだよ。Photo Transfer を知ってるから」
「あら」
緊張をわずかにほぐし、美咲が言った。
「檜沢さんあたりから、もう、ずっと前に聞いたかと思っていたのに。違っていたの?
俊二さん」
11 錨(いかり)
美咲は篠原をリビングに通す。
「お茶は?」
「さっき、アスコットで飲んだからいい」
うなづいた美咲は、花を活けるためにキッチンへ行く。篠原は上着をソファの脇に置き、
部屋の中を見回した。Circles of Confusion が目に入る。
「抽象画でよかった・・・」
思わず呟く。縦60センチ横50センチあまりの版面一杯に淡い色調の球が重なり、宙に
浮いて群れ集っている。いくつかの球には、白い丸い紋章のようなものが描かれている。
「これを見るのに一番いい場所は、と」
向かい側の壁に背中をつけてシルクスクリーンを見る。普段、自分の背面にあるので、
あまり気にかけていないが、それでも会社にいるような気がしてくる。カーネーションを
活けた花瓶を持って、美咲がリビングに入ってくる。テーブルの上に花瓶を置く。篠原が
手招きすると、美咲は彼の元にやってきた。隣に立つ美咲の肩を篠原が抱く。そのまま
腰を落とし、美咲も一緒に引きずり、床の上に座り込む。シルクスクリーンを見上げる。
「美咲、これが錨だって、前に言っていたね」
「ええ」
「意味が、わかったような気がする」
美咲の肩を抱く手に、力が籠もる。
「美咲が、何か嫌な思いをした時に跳んでしまうのを避けるために、会社内には写真がない
んだ。Photo Transfer の媒体になるものを排除しているんだろ? 君がナーバスになるからって
いうレベルの問題じゃない」
「ええ、そう。かといって何もないと殺風景だから Circles of Confusion なの。抽象画では跳べ
ないから、私の気に入っている絵を飾ってるの。それも、家と会社でお揃いで」
ゆっくりと美咲が応える。
「シルクスクリーンだからできることだね」
「探偵社に来る人は、まず悩みを抱えているわ。人の嫌な面を見ることも多くて。まして、逃げた
人を追いかけるとなると、自分の力が絡むから、何だかそれに係わるのがつらくなってしまって」
「だったら、この仕事自体が向かないことになってしまう」
「でも、私の力を生かせる仕事って、これしかないから」
「まあ、たしかにね」
「社長たちはお仲間だから、あそこにいるとリラックスしていられるし」
「種類は違っても、みんな、何らかの力の持ち主だものね」
「ええ」
美咲は篠原にもたれかかる。
「移動関係のお仲間に会えるって、思ってなかったの」
「俺もだよ」
Circles of Confusion を見上げ、美咲が目を細めて言う。
「ねえ、俊二さん。この絵、まるでうちの会社をモチーフにしているように見えない?」
12 翌朝 矢島探偵社 社員スペース
コニーと挨拶を交わした矢島が、パーティションを回る。社員一同を見て、晴れやかな顔に
なる。
「お早う、羊飼い諸君。今日も元気かね?」
「羊飼いと言うより、狩人のように元気です」
「家族共々、元気です」
「読書の秋真っ盛りで、元気です」
「元気ですわ。アフター5も駆け回ってます」
「愛車の調子もいいし、元気ですね」
「昨晩、揚げシューを作れた程度に元気です」
「よろしい」
矢島はうなづく。
「好奇心、大いに結構。気になる事件は、調査して構わない。領収書を忘れずに」
そう言い残して社長室に消える。久し振りにジャガード織りのネクタイをした檜沢が、メンバー
たちに言う。
「社長のお墨付きが出たな。手の空いている者は、例の件に係わるぞ」
「了解」
他のメンバーたちが返事をする。
「檜沢君、ついでに、夏の日比谷公園と10月のコンビネーションネックレス泥棒も調べられ
ませんかね・・・ダイヤモンドファイヤの。わたし個人としては、あれも気になります」
「それはオレも同感なんですけどね、モチさん」
檜沢は一旦うなづく。
「ですが、取っかかりがなさすぎます。日比谷公園は、写真があれば美咲が跳びますが、どれも
使い物になりません。10月の誕生日のは、そうですね、宝石の正当な持ち主を手繰れれば、なん
とかなりますが・・・」
「リーダー、モチさん、二兎を追う者は一兎をも得ずって言いますわよ」
「おねーさま、一石二鳥という言葉もあります」
檜沢たちが相談している間に、美咲は揚げシューとコーヒー、紅茶を用意する。由紀乃が美咲に
声をかける。
「ねえ美咲、あなたの希望、意見は?」
「みんなの話がまとまれば、それに合わせるわ」
「そういう遠慮は、いい加減なしにしなさいよね。これでうちのエースなんだから、まったく」
美咲はくすりと笑って、Circles of Confusion を見る。
「私の希望は、とにかく再発防止なの」
「難しい注文だわね」
檜沢が篠原に尋ねる。
「お前の希望は?」
「事件の背景の解明ですね。3人を警察より先に探してましたから」
13 分散
朝っぱらからのお茶会の後、檜沢は篠原を伴って出ていった。昨日の件のデータ収集
だという。柏崎と幾男は、ペット探しのアフターケアで頼まれてしまった鳥の巣引きの
アドバイスに出かけた。美咲と由紀乃はデスクワークで残っている。
「昨日の今日だから、あなたは休むんじゃないかと思ってたわ、美咲」
「そうそういつまでも、弱いままでいられないから」
「俊ちゃんのためにも、もう少し強くならなくちゃ、って? いい傾向だわ」
にこにこと正面から美咲を見る。
「なによ、それ」
「いえね、守ってもらうお姫さまは、弱いばかりが能じゃないってこと。ナイトに守られながら、
少しずつ強くなって、いずれは一緒に冒険の旅に出なくっちゃね。そうでないと、面白くないわ」
「はいはい」
「それで、なあに。今朝はあなたのマンションからご一緒に出勤?」
きっぱりと答える美咲。
「違いますっ」
14 contigency
とある喫茶店で、檜沢と篠原は「やあ、コニー、別嬪さん」の椎名と向かい合って座っていた。
改めて檜沢が2人を引き合わせる。
「椎名さん、うちの新入社員の篠原です。半年の試験採用の結果、正式にうちのメンバーに
なりました」
「空港で会ったね。あの時は、ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
「椎名さん、あの報告書のお届けが、こいつの最終試験だったんですよ」
「ふうん。篠原君は、何か特技を発揮させられたのかな」
どこまで知っているのか、椎名が面白そうに言う。
「篠原、こちらは警視庁の椎名部長刑事。時々、うちに人探しの依頼をされる。社長の旧友だ」
「ノエルさんともね」
「よろしくお願いします」
あらためて頭を下げる篠原。目顔で檜沢に尋ねる篠原。檜沢はうなづいて、
「そう。うちの特殊性はご存じだ。具体的な内訳も含めて」
「警察はリアリズムの固まりだからね、教わった犯人等の潜伏先は、匿名通報で知ったという
形で、いつも逮捕に向かっているよ」
悠揚迫らざるという態度の椎名。コーヒーが3つ届き、本題に入る。
「雹が暴いたっていう事件か。今にして思えば、発覚する前からリーダー君からの問い合わせが
あったね。行方不明者の捜索状況はどうかと」
篠原が再び檜沢を見ると、檜沢は「ああ」とうなづいた。
「警察としては、大人が自由意志でいなくなった可能性もあって、ほとんど動けなかったが」
「探偵社も、そう好き勝手には動けませんでしたよ。地道に周辺を当たりましたが」
「それで、リーダー君。容疑者の供述だがね」
ここで声量を心持ち落とす。
「部外秘だが、普段のつきあいも、矢島とのつきあいもあるから洩らすがね。素直にすらすら
話している。雹が降った際、相当パニックに陥ったらしくてね。細大洩らさずすみやかに自供
することが、恐怖から逃れる唯一の道だと確信しているらしい」
「変なことを考えるものですね」
と檜沢。
「お蔭でこちらは助かっているけどね」
と椎名は応える。
「ゲームとしての犯罪だ。人を罠にかけて、殺める。恐ろしいことだよ」
Fear congealed my blood. と呟く椎名。
「それで、被害者の人選は、どういう基準だったんですか」
檜沢が冷静に切り込む。
「アトランダムだそうだ。玄関の植木を褒めた者、道を尋ねた者、訪問セールスでやって来た
者など、きっかけはさまざまだったと述べている」
「嘘でしょう」
思わず篠原は口をはさむ。
「少なくとも、被害者のうち3人の父親には、交流があった。それは、確かですよ。アトランダムに
選んで、そんな偶然が起こるはずはない」
「その点は、警察でも疑っているんだかね」
椎名は渋い顔をする。
「なにしろ、容疑者が大真面目に言っているので、とりあえず聞いている。そのうちポリグラフに
かける予定ではあるが」
「協力していた使用人の供述はどうですか、部長」
「そちらも同様だ。本気でアトランダムだと言い張っている」
椎名は、檜沢を見て苦笑いする。
「折りを見て、容疑者の2人と拘置所でおしくらまんじゅうでもしてくれるかね? 証拠にはならなくても、
私としても気持ちがすっきりするが」
「機会を作っていただければ、ありがたいです」
椎名は伝票を持って立ち上がる。
「それこそ、取り調べ中に抜けてきたから、そろそろ戻るよ。そちらのエースに、よろしく伝えて
おいてくれ。今後も、よろしく。手作りケーキ共々ね」
15 数日後 日展会場
日本画のコーナーを、篠原と美咲が回っている。回遊する魚の群れに混ざるように、部屋を
渡り歩いていく。
「美咲、画集は駄目なのに、実物を見て回っていいのか?」
「気持ちが落ちついている時に見る分には、いいの」
「君の誕生日プレゼント、画集はやめろと檜沢さんに言われたが」
美咲はくすりと笑う。
「あの頃は、俊二さんに対する私の脅えが強かったから。画集なんて渡されたら、疑心暗鬼に
なったついでに、その場で跳んで自爆しかねないって思われていたみたい」
「やれやれ」
肩をすくめる篠原。
「それくらい、危なっかしいって思われていたのよ」
「それが、今じゃ付き合ってるんだもんな。人生何が起こるかわからない」
美咲はとある絵の前で立ち止まる。
「グラバー邸。素敵ね」
「そういえば、これをよくモチーフにしている人がいたっけ」
「この人よ」
「美咲、頼む。今、跳んだりしないでくれ。長崎まで追いかけるのは、大変だよ」
「大丈夫だってば。あなたといる時に跳んだりしないわ」
第8話(後半) 終わり
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