「Constellation〜星座〜」(第8話 前半)
第8話 「11月・・・Congeal (・・・を凍らせる)」(前半)
Photo Transfer
皮肉なものよね
こんな力を 持っている 私が
こんな仕事に 力を 使ってる
1 contact flying
夜の県道401号を篠原の車が走っている。細かいカーブの続く長尾峠を巧みに通り抜けていく
プジョー106ラリー。
「仕事もこの調子で行けばいいんだけどね」
時折、ルームミラーに目が行く。助手席は空っぽである。
「美咲を乗せてこのスピードで走ったら、恐がるだろうな」
気分転換、ただし、あくまでも自分で制御できる範囲のスピードで、彼は峠を走っていく。
2 翌朝 矢島探偵社 社員スペース
「お早う、羊飼い諸君。今日も元気かね?」
矢島がいつものように言いながらパーティションを回ると、彼を迎えてくれるメンバーは、
2人しかいなかった。
「お早うございます。元気です」
空元気の笑顔で美咲が言う。うなづく矢島。
「元気なんだね、そうだね?」
瞳は柔和な光を湛えて美咲を見る。
「はい」
自分に言い聞かせるように応える美咲。
「あとで鏡を見た方がいいかもしれないね、美咲」
矢島は幾男に向き直る。
「それで、幾男は?」
「もちろん元気ですよ」
メンバーからもらった誕生日祝いの図書券で「MASTER キートン」を全巻揃え、机の上に
積んでいた幾男が応える。
「雑多な知識を詰め込んだ、創造力と応用力のある頭脳。頼むよ、幾男」
「はいっ、社長」
屈託なく笑って応える幾男。うなづいて、矢島は社長室へ入っていった。
「美咲おねーさん、もしナンでしたら、上で泳がれてもいいですよ。僕、今日は出かける
予定ありませんから」
「ううん、まだ領収書の整理があるから。ありがとう、幾男君」
「でも、その気になったら、遠慮なく言ってくださいね」
「とりあえずは、鏡に向かって笑う練習してみるわ」
3 昼時 ツインタワービル東館のレストラン
二手に別れて調査をしていた檜沢と由紀乃が合流して、食事をしている。2人連れの
若い女性が、彼らの脇を通ってレジへ向かう。
「あ、あれ、彼女だ」
からすの濡れ羽色の髪をした娘を見送りながら、檜沢が思わず言う。
「何? リーダー」
「今、通った女性、片方は見合いの素行調査を頼まれたことがある」
「ああ、あの、親御さんが頼んだ奴ね」
顔を顰める由紀乃。
「おい、由紀乃。食事が不味かったかと、ウエイトレスが心配するぞ」
「はいはい。楽しく食べますわ。・・・素敵な髪の女性の方ね。リーダー、彼女、マリッジ
リングをしてましたわよ」
「目敏いな」
「それは、もう」
「ふうん・・・。よかった」
「ですわね」
4 夕刻 矢島探偵社の隣町
篠原が会社の黒いシルビアを運転している。私鉄の線路を越え、駅前商店街を抜け、
公園の前を通り、住宅街を通っていく。左に曲がると、駅から少し離れた商店街にぶつ
かる。一番手前は軽食店である。典型的ギャルソンスタイルで銀縁の眼鏡をかけた
青年が入口前の掃除をしていた。篠原は客用駐車場にシルビアを止める。
「こんにちは。お久しぶりです」
我ながら笑顔が強張っているだろうと思いながら、声をかける。篠原の顔を見ていた
ギャルソンスタイルの青年・・・匠・・・は、「ああ」と思い出したようにうなづいた。
5 三たび 軽食店「アレキサンドライト」
篠原の姿を認めた赤井は、一緒に入ってきた匠に「準備中」の札をかけさせた。
「お仕事の邪魔をしてすみません」
恐縮する篠原に赤井はいやいやと首を振った。
「そちらもお仕事でしょう。構いませんよ。わたしたちにだって休憩は必要ですし」
赤井が誘導して、彼とテーブルに向かい合わせに座る。ギャルソンスタイルの匠と、
メイドスタイルのウエイトレスの透子は、カウンターに入った。
「また、違う方の行方を探していましてね」
透子が運んだコーヒーに手をつけずに、篠原が切り出す。
「それもまた、わたしの知り合いですか」
目を細くして尋ねる赤井。うなづく篠原。手帳を見ながら、
「志賀野 達也(しがの たつや)さん。ゴルフ仲間だった方の息子さん、ですよね」
「そうです。ここ数年、つきあいはありませんでしたが」
篠原は赤井の表情の変化を逃さず見ようと注意する。特に、際立ったものはない。「また
知人の息子が行方不明になった」という、わけのわからない情報を聞かされている老人・・・
と言っては失礼な若さのある人物だが・・・の自然な反応というところである。
(けれども、行方不明でなく、ほぼ確実に死んでいるはずなんだ。美咲が跳べなかったんだから)
そう思いながら、赤井と話し続ける。結局、篠原は赤井から何も聞き出せなかった。匠も透子も、
心配顔で篠原たちの会話を聞いていた。だが、赤井でさえ何も知らないのに、若い2人が手掛かり
になることなど、言えるはずもなかった。
「これは、探偵社の者がいうべき言葉ではないんですが」
冷めたコーヒーを飲み干していう。
「もしも、なにか心当たりがあるなら、赤井さん、お気をつけてください。息子さんにもお伝え
ください」
「ご忠告ありがとうございます」
白を通り越して見事な銀髪になっている頭を下げる赤井。
レジの前を通る。ふと、そこにかかっている油絵に目が行く。15号のキャンパスに夜の高層
ビルが描かれ、その上を数本のオーロラが舞っている。
「篠原さん、絵に関心がおありですか?」
匠が尋ねる。
「いや、それほどでも。うちの会社にもシルクスクリーンがかかってるから、なんとなく思い
出して」
「そうですか」
「お土産にアップルパイかクッキーはいかがですか?」
成果のない篠原を元気づけるためか、透子が明るい口調で言う。
「透子姉さん」
「いいじゃない」
由紀乃と幾男の会話を思い出して、篠原が噴き出す。ただし、匠は幾男よりずっと生真面目
だし、透子は由紀乃のようにすぐ手が出るわけではない。気は強そうだが、由紀乃よりよほど
淑(しと)やかな方に入りそうだ。篠原が笑ったため、慌てて頭を下げる匠と透子。おや、と思い
直す篠原。
「姉弟では、ないんですよね」
「幼なじみです」と、2人が同時に応える。
「仲がいいんだ」
まあ、そうですねと笑う2人。
「何か思い出したら、連絡ください」と言い置いて、篠原は店を後にした。
6 consult
午後6時を回った矢島探偵社 社員スペース。篠原は檜沢を捕まえて行方不明調査3件のことを
話していた。
「2回までは偶然、3回になったらもう偶然とは呼べない、というな」
コーヒーを飲みながら檜沢が言う。
「4人グループのうち、その3人の息子ですから。何か共通の理由があって行方不明になって
るんでしょうね」
これもコーヒーを飲みながら、篠原が受ける。
「多分、死んでるな。3人とも」
コーヒーカップの中に視線を落として、檜沢がさりげなく言う。
「どうして、そう思われます?」
「茶柱が立ってない」
「コーヒーに立つわけがないでしょう」
「それくらい、美咲がエラーするとは思えないっていうことだ」
黙ってうなづく篠原。
「俺がここに来る前は、檜沢さんとモチさんで徹底調査をかけてたんでしたっけ」
「ああ。ただし、自慢じゃないが、見つけたことはない」
壁のシルクスクリーンを見ながら続ける。
「見つけてみせると思いつつ、駄目だった。嬉しいやら、悲しいやらだったな」
「でしょうね」
「調査途中だが、変わるか? オレは、この感情には慣れてるぞ」
「いえ、最後までやりますよ」
「それじゃ、頼んだ」
檜沢はコーヒーをもう一杯入れる。
「探偵としての腕はあるつもりなんだが、調査ジャンルのひとつ、行方不明者調査で
白星を上げたことがないのは、我ながら変な心境だがな」
篠原は、首を傾げた。
「どうした?」
「檜沢さんも、転職組ですか?」
「社会人になってから、ずっとここにいるぞ。なぜそう思う」
「美咲・・・さんの年齢と檜沢さんの年齢を考えて。檜沢さんが入社した時には、もう
彼女がここにいたのかと」
「ははぁ」とうなづく檜沢。
「美咲の方が、矢島探偵社と係わっている期間は長いぞ」
「中卒か高校中退ですか? 彼女」
「短大までは出てる。高校生になるかどうかくらいの時から、バイトの形で出入りして
いたんだ。その頃は Photo Transfer 専門で。追い追い、経理や事務も覚えて、今は
こうだが」
「そうですか」
「だからうちは、行方不明者捜査に関しては、ここ10年黒星が年に1つか2つきりなのさ」
「はぁ」
檜沢はコーヒーを飲み干す。
「行方不明者を普通に見つけたことがあるのは、社長とモチさん、それにノエルさんだな。
美咲の来る前に」
うなづく篠原。こちらもコーヒーカップを空にして、
「俺は、4人目を探す羽目にはなりたくないんですよね」
「赤井氏の息子さんか?」
「はい」
「これが推理小説だと、赤井氏のグループ4人組が過去に何らかの犯罪を犯して・・・大概
殺人で・・・その縁者が復讐をして回っているってことになるんだがな。本人でなくて、その
子供を狙ってダメージを与えるとか、あるいは、当人がもう亡くなっているから、子供に
あたるとか」
「とてもそうは見えませんね、赤井さんが犯罪者なんて。まして、殺人なんて」
「人間が見た目の通りだったら、警察はいらないぜ」
檜沢は苦笑している。
「一般論プラス、接触テレパシストとしての意見だが」
「はい」
篠原も苦笑して応える。
「話しは赤井氏に戻るが、警告はしたんだな?」
「一応は」
「オレたちができるのは、今のところ、そこまでだな。ボディガードを頼まれたわけでもないし、
真相を探ってくれと言われたわけでもない」
「はい。あくまでも、それぞれの家族からの行方調査依頼ですから」
「これまた、時々推理小説に出てくるセリフで、「頼まれないのに調査をするな、好奇心では
食っていけない」っていうのがあるな」
「ええ」
「だけどな、うちは構成メンバーがメンバーだから、場合によっては、好奇心で動くぞ」
カップを持って席を立つ檜沢。
「赤井 要氏・・・だったか? 息子さんは・・・が行方不明になるのを期待して待つわけじゃない。
好奇心でも、その気になれば動く。それまでは、志賀野氏探しを地道にやってくれないか」
「はい」
「そろそろ帰るか。それとも、一緒に何か食って、ついでに飲むか?」
「今日はおとなしく帰ります」
「じゃあ飲むのは、またそのうちな」
7 約一週間後 矢島探偵社 社員スペース
いつもの一連の挨拶が済んだ後、柏崎は岡山出張土産の菓子折りを出した。
「岡山駅前地下街の、岡山一番街っていうのが、不思議な所でしたね。喫茶店の
ウエイトレスが、なぜかメイドさんスタイルの制服が多いんですよ」
「メイドさんを好きなオーナーが多いんですかねー」
「そんな人、いますかね幾男君」
「いるかもしれないわよ」
由紀乃が包みを解きながら言う。
「朝から、お茶にしちゃいましょうか」
美咲が全員を見渡して言う。
「いいんじゃないか。朝からリラックスするのも」
檜沢が、篠原を見ながら言った。
8 午後 喫茶店アスコット
外回りから帰った篠原と、事務の仕事が一区切りついた美咲が、一緒にアフタヌーンティーを
とっている。
「結局、進展してないよ」
「根をつめないでね、俊二さん」
心配そうに美咲が言う。冬の足音が近づいている時期。それでも、白地のツーピースを
着こなしている。胸元のペンダントは赤い。ロケットは例によって服の下にしているらしい。
「大丈夫。少し無理はするけど、無茶はしない」
言っている篠原の拳(こぶし)に力が入る。
「無事に見つけられればいいけれどね。ごめん、美咲。力を信用してないわけじゃない。駄目
なら、指の一本でも見つけてやりたい」
美咲は、黙って聞いている。
「偶然の事故とは思えないんだ。4人のグループのうちの3人だから。当人同士の交流がなか
ったのは謎だけど。ここをとっかかりにして、何とかしたいんだ」
「ええ」
「依頼者も、今までの2件のことを知っているから、心配しててね。何とか、成果を出したい」
うなづいた美咲が、篠原の手に自分の手を重ねてくる。珍しく、篠原の方が赤くなった。
「ここに居たのか」
檜沢の声が頭の上から降ってくる。美咲は、慌てて手を引っ込めた。
「会社の下のフロアでデートとは、いい度胸だな。勤務時間中だろうが、全く」
腕を組んで、にやにやと笑っている。
「気分転換が、少し長引きました」
照れ笑いする篠原。美咲は赤くなって黙っている。真顔になって、檜沢が言う。
「悪いがな、篠原。志賀野さんの行方調査は中止だ」
「依頼者から、中止の指示が来ましたか?」
合点がいかない顔の篠原。檜沢は言うのがつらそうな表情で、それでも、伝える。
「死体が発見されたんだよ。先の2人と一緒に。今、ニュースでやってるから、見に上がって
来い」
第8話(前半) 終わり
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