「Constellation〜星座〜」(第7話 後半)

---

第4話 「10月・・・Contrail(飛行機雲)」 後半

16 半月後 朝 矢島探偵社 社員スペース
ドアベルが鳴り、いつものようにコニーと矢島の会話が聞こえてくる。
『社長、お早うございます』
「お早う、コニー」
足音がパーティションを回り、矢島はメンバーに言葉をかける。
「お早う、羊飼い諸君。今日も元気かね?」
「元気です」
ニナリッチのネクタイを締めた檜沢が応える。
「元気です。子供の学芸会も近いですし、楽しみです」
顔をとろけさせながら柏崎が言う。
「読書の秋で、元気です」
机の上に道原かつみの「ジョーカー・シリーズ」を置いて幾男が言う。
「元気ですわ。スポーツの秋ですもの」
夏が過ぎても上のプールで泳いでいる由紀乃が言う。
「元気です」
寄木細工のイアリングをしている美咲が応える。
「元気ですよ」
青い表紙のバインダーに、メモを張りつけていた篠原が応える。
矢島はうなづいてから、檜沢に向き直る。
「今晩の準備は?」
「できています」


17 同夜 とある屋敷
家の主(あるじ)が用意してくれた女性陣の部屋で、美咲と由紀乃が互いの服装の
チェックをしている。美咲はいわゆる典型的なメイドスタイル、由紀乃はオレンジ色の
バニーガールの格好をしている。
「由紀乃、かわいい。殿方から山ほど名刺をもらうことになるんじゃない?」
「あはは。胸元にしまいきれないとか?」
由紀乃は機嫌良く応える。
「美咲もかわいいわよお。お館の若旦那様が放っておかないわ」
「万一そう言われてもお断りするわ」
「ふーん」
由紀乃は横目で美咲を見る。
「マリッジリングもどき、しなくなったわね」
かすかに赤くなる美咲。
「今度、つけるなら本物がいいわ」
「早いところ、もらいなさいよね。あ、エンゲージリングが先ね」
耳を少し直しながら由紀乃が続ける。
「で、どうするの? もらうなら、誕生石?」
「そんな、気の早いこと言わないで」
「もたつかないで欲しいわ。見てる側から言えば」
「そう?」
「ええ。でも、今は仕事が先ね。そろそろ時間よ」


18 キャンセル
主の部屋で正装をした矢島が困惑していた。彼と同年代の館の主も、困ったような
顔をしている。
「この時間になってからキャンセルですか? パーティーがもうじき始まるのに?」
「そのとおりです」
「もう、スタッフも準備を終えているのに」
「それでも、です」
「違約金をいただくことになりますよ」
「規程の倍、お支払いします」
「馬鹿にされたような気がしますね」
顔をしかめる矢島。依頼人は矢島に頭を下げる。
「立場上、私も義父(ちち)に逆らえないのです。申し訳ない」
不承不承という顔になる矢島。
「今後の参考に、理由をお聞かせいただけませんか」


19 男性陣の部屋
正装した檜沢、篠原にウエイター姿の柏崎、幾男、メイドスタイルの美咲と耳を外して
上着を羽織った由紀乃が、矢島の話を聞いていた。
「また、タイム・ブランチさんですか」
矢島の話が終わったところで、檜沢が呆れたように言う。
「人の仕事の横取りですって?」
手に持ったうさぎ耳を指で弾きながら由紀乃が言う。
「うちみたいな小さなところの仕事を奪っても、あまり意味はないでしょうに」
テーブルの上に置いたコニーの籠を見ながら柏崎が言う。
「いっそのこと、時枝エージェンシーの邪魔しましょー」
腕を振り上げて幾男が言う。
「すみません」
誰にともなく、篠原が言う。
「よせよ。篠原とは関係のないことだ」
檜沢が手を振って遮る。
「古巣が馬鹿なことやってると思うと、うんざりしますよ」
「うちに寝返ってよかったわね、俊ちゃん」
由紀乃に言われて、篠原は頭を掻いた。
「時枝の嫌がらせはともかく、元・依頼者の不利益になることはできませんよね」
銀盆を胸に抱えた美咲が言う。
「一度は、私たちのところに助けを求めに来た人なんですから」
「はーい、美咲おねーさん。言ってみたかっただけなんですぅ」
両手を挙げて幾男が言う。
「撤収しますか、社長」
腕時計で時刻を確認しながら檜沢が言う。
「パーティーが始まってから出ていくのは、なんとなくみじめな気がしますから、急いで」
「そうだな」
ため息混じりに矢島が言う。と、そこへノックの音がした。


20 conversion
入ってきたのは、今日のパーティーの主役だった。二十歳の誕生日を迎えた、この屋敷の
一人娘。初々しいドレス姿の彼女は、一同を見回してから深々と頭を下げた。
「祖父の口出しで、失礼なことになってしまって、申し訳ありません」
「いえ、お嬢さん、あなたのせいではありませんから」
瞳の奥の光はあくまでも柔らかく、矢島が言う。娘は頭を上げて、
「それで、今度は私が皆さんを雇いたいのですけど、よろしいでしょうか」
苦笑する矢島。
「あなたのお祖父さまが承知しないでしょう。お父さまも困ってしまいますよ。そして、新しく
雇われた探偵社との協力も難しい。1社に任せた方が、宝石の安全は守られると思います
よ」
「私の願いは、むしろその逆です」
「は?」
一同が2人の会話を見守っている。彼女は、宣誓をするように言った。
「私は、あれを本来の持ち主に返したいんです。その邪魔をするかもしれない探偵社の邪魔を
依頼します」


21 パーティー会場A・中庭
広い庭のあちこちに明かりが灯され、幻想的な雰囲気が醸しだされている。出張パーティー
屋が「ここに勤めて10年」の顔をして立ち働いている。もっぱらメイドスタイルの女性たちとコッ
クたちである。普段から親しくしている客以外には、元々のここの使用人と今日限りの彼らの
区別はつかなそうである。ドレスに着替えた由紀乃と美咲は、サンドイッチをつまんでいる。
「お客に扮する場合も考えて、着替えを持ってきててよかったわね」
ドレスもやっぱりオレンジ色の由紀乃がいう。
「動きやすいのはドレスよりもメイド服の方なんだけど」
いつものロケットを服の内側に、外には真珠のネックレスをした美咲が応える。
「彼女の好意でパーティーにお呼ばれしてるって形にしてるから、無理だわよ」
2人は話しながら、周囲にさりげなく注意を払っている。声を潜めて由紀乃が言う。
「来るかどうかわからない泥棒への協力なんて、どうやってすればいいのよ。どう思う? 美咲」
「見つけても時枝側に知らせない、盗みの作業自体には手を貸さない、逃亡はさりげなく助ける、
くらい?」
「アメリカと違って免許も社会的地位もないけど、こういう依頼の時は、かえってよかったって
思うわよね。これでも、一応正義の側についたことになるのかしら」
「さあ、ね」


22 パーティー会場B・室内
現金のかわりにおもちゃのチップを使い、カジノもどきが開かれている。色とりどりのスーツに
身を包んだバニーガールたちがカクテルを運んでいる。とりあえず、ウイスキーに見えるグラス
入りウーロン茶を飲んでいる檜沢と篠原。
「篠原、お前が泥棒だったら、どうやってここで盗みを働く?」
「パーティー屋にはここの使用人に見せかけ、ここの使用人にはパーティー屋に見せかけて
動き回って、折りを見てなんとかするでしょうね。客に化けるのは、避けた方がよさそうですね。
今日の、この様子では」
「ふむ」
「檜沢さんだったら?」
「同じだ」
「そうですか」
「と、なるとだな」
ブラック・ジャックのテーブルを見ながら檜沢は言う。
「オレたちの服装と居場所は、防犯、共犯、どっちにしてもあまり適してないと思わないか?」
「思いますね」
篠原は肩をすくめる。
「でも、首になった手前、あまり舞台裏の方には行けませんね。あくまでも、お情けでパーティーに
出させてもらってるっていう設定ですから」
「そうなんだよな」
酒をあおるかのようにウーロン茶を飲む檜沢。篠原は、片隅のバースタンドに見覚えのある顔を
見つけた。
「櫟・・・」
篠原の視線に気づいた櫟は、カクテルグラスを親指と中指の2本で上から掴むように持ち上げ、
そのままテーブルの上に置いた。
「何だ、今の合図は」
目敏く檜沢が尋ねる。説明する篠原。「なるほど」と納得する檜沢。
「だが待てよ。ここにその元・同僚がいるってことは、当然仕事中だろう? わざわざお前に合図
する必要はないじゃないか」
「それは、そうですが」
「今夜の仕事でチームに入っていない篠原がいるのを、おかしいとは思わないのか? 大所帯でも、
いや、ならなばこそ、メンバーの確認はしてるだろうが」
「ですね。退職、転職していると、知っているのかも」
「それなら、時枝の合図を使うのは変だろうが」
「まだ、友達だと思ってくれているんじゃないでしょうか。俺にとっても友達ですけど」
「ふむ」
腕を組み、首を振る檜沢。
「ま、いいか」


23 娘の部屋
時枝エージェンシーの社員が2人、ドアの外で見張りをしている。パーティーの間は
誰であろうと入れられないと言うのを、「私の部屋に私が入ってどこがいけないの」と、
娘が主張し、父親が呼ばれて面通しをし、ようやく娘と柏崎は部屋に入れた。
「本物は、この金庫の中なんです。私が今、つけているのはイミテーション」
見事なダイヤモンドとルビーのコンビネーションのネックレスをした娘が柏崎に言う。
「勿体ないですね。せっかくなんだから、本物をパーティーにすればいいのに」
「用心のためなんですって」
「だったら、本物なんて、いらないじゃありませんか」
「私もそう思います」
真顔で娘は言う。コニーの籠を置く場所を探していた柏崎は、お宝の入っている金庫の
上を指す。
「ここに鳥籠を置いても構いませんか?」
「ええ、どうぞ」
「置いたからって、警報が鳴ったりしませんよね」
「開けたら鳴るんです」
「でしょうね」


24 パーティー会場C・屋上
矢島は、新たな依頼人の祖父と相対していた。世の荒波を才知と度胸でくぐり抜けて来た
観のする老人である。
「君が、零細探偵社の社長か。今日は、済まなかったね。まあ、働かずとも、金は手に入った
から、善しとしておきたまえ。私は孫娘が可愛いのでね。あれの宝物はできる限りのことをして
守ってやりたい」
「大手の方を信用したいのは、人情でしょうね」
「悔しかったら、会社を成長させることだね。これも、いい勉強になったと思うんだな 」
さりげない雑談の口調で矢島は言う。
「法律では、盗まれた物を盗み返してもいい、ということにはなっていないのですよね」
「ほう」
「元の持ち主は、泣き寝入りですかね」
「法律上はともかく、才知と度胸があれば、捕まらないように盗み返すこともできるだろう」
「上手く行くでしょうか」
「プロに頼むという手もあるな」
「その防衛を探偵に頼むと言うのも、おかしな話ですね」
「君は、何の話をしているのかな」
「どこかで読んだ小説の話を」
「そうかね」
おかしそうに笑う老人。
「その話は、私もどこかで読んだ記憶がある。たしか、盗み返すのは失敗だったはずだ。
優秀な探偵のお蔭で、阻止されるのだ」
「そうですか」


25 館の駐車場
マーク2の中で、私服に着替えた幾男が、いなり寿司とキャビアとケーキを食べている。
飲み物は野菜＆フルーツ ミックスジュースである。
「おねーさま、もう少し一貫性のある取り方をして欲しかったです」
そう言いながら、有り難そうにぱくついている。美咲お手製のビスケットも忘れない。
ジャムリング、白黒ビスケット、アーモンドビスケットにラングドシャ、猫の舌と、盛り
沢山、バスケットに入っている。
「ごちそーさまでしたっ」
幸せそのものの顔で合掌して言う。「さーてと」と、木々の蔭にちらちら見える館と庭の
明かりを眺める。
「別に犯行予告があるわけでなし、警察もいないしで、仮に本当に事件が起こるとしたら、
逃走は、やっぱり車でだよね。まさか気球で夜空に消えるなんて、派手なことしないよね」


26 ホワイトバード
カジノ脇のバーカウンターで、檜沢と篠原がカクテルのグラスを傾けている。檜沢は
レッドバード、篠原はブルーバードである。それぞれ、ウォッカベースとジンベースに
なっている。
「そういえば、ホワイトバードって呼ばれた飛行機が、昔あったな」
お互いのグラスを見比べて、檜沢が言う。
「へえ。どんな機体なんですか?」
「社長室に「SHOW TIME 100」があるだろう。あれと同じタイプ、F-4J ファントム2だ」
「また、ファントム2ですか」
苦笑する篠原。
「戦闘機でしょ? 俺は詳しくないんですよ」
「嫌なら、話すのをやめるか?」
自然な口調で言う檜沢。
「いえ、後学のために、ぜひ」
今度は檜沢が苦笑する。
「今は組織改変でなくなってるが、以前、アメリカ海軍にVX-4っていう実験飛行隊が
あったんだ。その中の一機が全面ホワイトで、エンブレムや文字がダークガルグレイで
記入されていた。この塗装のせいでホワイトバードと呼ばれていたという」
「はあ」
ぴんと来ない表情の篠原。
「機体のビュローナンバー・・・通し番号・・・158350。それはともかく、垂直尾翼にプレイ
ボーイ誌のうさぎのマーク、Bandy Banny (バンディ バニー) が描き込んであるのがご愛嬌
でね。もちろん、ダークガルグレイで」
「えっ?」
篠原のびっくり顔にウインクする檜沢。
「隊のコールサインが「Vandy (バンディ)」、うさぎだったからさ。本当は、ホワイトバードの
コールサインも 「Vandy 5」でね。ちなみに、真っ白にバニーマークがあっただけでなく、
増槽タンクに赤でちょっとしたマークも描かれていたがね」
「はあ」
「ファントム2と言えば、全面グロスブラックに白で Bandy Banny を描いた「Vandy 1」が
何といっても有名な機体だが・・・このホワイトバードは、「Vandy 1」を白黒反転させた
塗装になっているから、並んで飛んだら、きれいだろうな。考えてみれば同じ隊だから、
マークが一緒なのは当然なんだが」
目を細めて言う檜沢。
「俺は、そっち方面に関心はありませんけど、好きな人から見たらいいものなんでしょうね」
「お前の車みたいなものかもしれんな。プジョー106ラリーと言えば、車好きの中でもある種の
嗜好のある面々には、「おっ」と言われるタイプだろ?」
「そうですね」
と、うなづいてから、
「俺、檜沢さんに持ってる車の話をしたこと、ありましたっけ?」
「ない」
きっぱりと言う檜沢。右手のひらを出して、
「悪いな。いつだったか、握手したときにな」
「あーあ」
頭を抱える篠原。
「お前が、週末に箱根の峠を攻めることを考えていたものだから、しっかり「読んで」しまった」
「そうでしたか」
「事故にだけは気をつけろよな、走り屋」
「はい」
まいったという顔の篠原。檜沢は、遠くを見る表情で、
「鳥っていうのは、空を飛ぶ生き物だからな。逃げられないように気をつけろよ。もっとも、
お前も「跳ぶ」やつだから、追いかけられるだろうが」
「はあ?」
「酒の上の戯れ言だ」
周囲を見回しながら、
「この辺りは、怪しい動きはないな。防衛なら、お客さんの部屋の近くで待機がいいんだが」
「正式に雇われている時枝の者がいるから、近づけませんよね。どう、「あちら」を助ければ
いいのか、困りますし」
「変に時枝陣に目撃されて、「泥棒の片棒を担ぐ探偵社」と吹聴されても困るな」
「ですね」
「かといって、社長は受けてしまったし」
「事情は聞いたので、俺は文句言う気はありませんが」
「みんなそうさ」


27 キッチン
戦場状態のキッチンの片隅に場所をあてがってもらい、柏崎がのんびり腰かけていた。かた
わらに今日の主役が座っている。
「お嬢さんがこんなところにいて、いいんですか」
「もう、お披露目は終わったから、いいんです。みなさん、私の誕生日にかこつけて
集まっているだけですもの」
やや寂しげに言う主役。
「盛大でなくてもいいから、お友達とパーティーしたかったのに。こういう家に生まれたから、
仕方ないですけど」
うんうんとうなづく柏崎。
「そのうち、もっと大人になって独立してから、希望通りのパーティーをしてはいかがですか?」
「このレールから軌道修正かけるの、大変ですよぉ」
あきらめ半分、ふざけ半分に言う娘。
「親の愛情もわかっているつもり。飛び出すんじゃなくて、折り合いをつけたいんです」
「私も、子供がいますけどね。彼らの主張と親である私と妻の思いを、擦り合わせていくのは
大変ですよ」
「失礼ですけど、普通のご家庭でも?」
「どこの家だってそうですよ」
優しく言う柏崎。娘は「そうですよね」と、ほっとしたようにうなづく。
「パーティー会場で遠目にしただけですが、あなたのお父さんは、なかなか道理をわきまえて
いる方とお見受けしますよ。今日の、私たちの首の件はともかく」
「あれは祖父が絡んでますから」
くすりと笑う娘。
「祖父には、頭が上がらないんですよ」
「そういう立場の人もいますね」
柏崎が苦笑する。柏崎の持ってきていたお菓子・・・美咲手作りの・・・をつまむ娘。彼女が
おいしいと感想を言おうとした矢先、柏崎が、はっとなる。
「・・・来た!」
娘も緊張する。
「あの、もしかして?」
「ええ」
「どうしましょう」
おろおろする娘。柏崎は彼女を落ちつかせる。
「あなたは、ここで何も知らない振りでいてください」
ゆっくり、キッチンを出る柏崎。無線でこっそり、メンバーに連絡を入れる。
「普通の事件だったら、こんなにのんびり、交信するわけはないんですよね」


28 廊下
櫟がルーレットのところにいて動かないのを確認しつつ、部屋の外に出る檜沢と篠原。
すみやかに娘の部屋に向かう。檜沢の背中に篠原が言う。
「コニーが部屋の中で見張りをしていて、賊が来たら、籠の中のボタンを押すことになって
たんですよね。で、モチさんのポケットの機械に連絡が行く」
「そう、それが本来の流れ。ただし、泥の字のフォロー役になってしまったから、賊が来て
すぐでなく、仕事が済んでから連絡になったがな。鉢合わせして、「はい、どうぞ」と通すのは、
こちらも、さすがにナンだからな」
「そういう間際の変更も、コニーに通じるんですよね」
「あいつは頭がいいんだ。それに、モチさんがいる」
「つくづく、ユニークな会社ですね」
「その一員が言うなよな」


29 庭
美咲は通りかかったコックを捕まえて、デザートのレシピを聞き出している。由紀乃は、
テーブルセッティングされている花のアレンジメントを頭に入れている。
「捕り物になったら、場合によっては、こっちで陽動ね。それまでは普通にしてましょ。
手際よく仕事してよね、泥の字さん」


30 娘の部屋
檜沢と篠原が娘の部屋の前に着くと、時枝の社員が2人、倒れていた。当て身をくらった
らしい。
「よく寝てるな。知ってる顔か?」
「片方は」
「じゃあ、起こさないでおくか」
他社の探偵2人をそのままに、娘の部屋に入る。金庫は開けられていた。
「どうして警報が鳴らなかったんだ? 第一、どうやって開けた」
「さあ。上手いもんですね」
中を確認すると、ダイヤモンドとルビーのコンビネーションのネックレスはなかった。
「ここまでは成功か」
「時枝陣は、まだ気づいてませんし」
「オレたちも、部屋を出るか」
「ですね」


31 駐車場
幾男が、薄闇の中で駐車場内を見張っている。屋敷の側から、早足でやってくる人影を
発見した。無線で檜沢に連絡を入れる。
「2人です。体型と動きから言って若そうな。多分、僕と、そう変わりません。男女ペア」
「そのままにしておけよ」
「不審な動きはしてませんので、警備員も、何も言ってませんね。お客が帰ると思ってる
らしい」
「服は、早変わりでもしたかな」
「車が動きだします。遠くで顔の確認はできませんが・・・暗視カメラで見ます?」
「フォローする相手の顔を知ってたら、後々面倒かもしれん。いらない」
「了解」
「車種だけは一応、聞いておくか」
「トヨタのＭＲ２、AW11型です。色は、はっきりしないけど濃い色ですね。白とかでなくて」
「うちの機密事項にして、他には洩らさないように」
「了解。あ、車が出ていきます・・・門を出ました・・・あーあーあ、放っといて、いいん
ですよね」
「放っておくのが、今日の仕事だ。幾男、これから俺たちが行くまで、そこで寝ていた
ことにしろ」
「はい」


32 庭
由紀乃は、持参したアルミホイルにこっそりとテーブルの上の物を包んでいる。
「主催者の見栄で、食べきれないとわかってる分量を並べるのって、何とかならない
かしらね、勿体ない」
「難しい問題ね」
ウエイトレスに断って、ブーケを1つもらっている美咲。
「無事にお帰りだそうよ、例の呼ばれてない人たち。別に伝書鳩に運ばせたわけでも
ないみたい」
「静かね、ほっとしたわ」


33 屋上
パーティーの主役の祖父が、近づいてくる矢島の姿を見て、皮肉たっぷりに言った。
「まだいたのかね。大手探偵社のやり方を見学していたのかな」
「はい」
礼儀正しく応える矢島。
「夜も更けて来ましたので、そろそろおいとまします」
「また、ここで会えるように、精進するんだな」
「ありがとうございます」
老人に背を向けた矢島は、無線で檜沢に指示を出す。
「それでは、コニーを連れ戻すのがきっかけになって、事件発覚ということに。
私たちはただの客だから、すぐに帰れるよ」


34 翌日 朝 矢島探偵社 社員スペース
矢島がコニーの籠を抱えてパーティションを回る。
「お早う、羊飼い諸君。今日も元気かね?」
口々に「元気です」と応えるメンバーたち。「それじゃ、コニーの話をよく聞いておいて
くれ」と、柏崎に彼女を託す。矢島は社長室に消えた。
「コニー。昨日はおつかれさま」
柏崎がコニーを籠の外に出しながら言う。由紀乃がゆで卵をひとかけらコニーにやる。
幾男は、ひょいと立ち上がった。
「素行調査、行ってきまーす」
「ねえ、幾男ちゃん、行き先はどこ?」
新宿を通ると聞いた由紀乃は、「お土産買ってきてね」と言う。
「おねーさま」
幾男が冷や汗をぬぐう真似をする。
「時枝エージェンシーに一矢報いたお祝いよ。ちょっと変かもしれないけど」
美咲は笑って、
「領収書もらってきてください」
と言った。


35 consolidate
昼近くの社長室。矢島と檜沢が話している。柏崎がコニーから聞いたことを、檜沢が
矢島に報告し終えたところ。
「なかなかに、興味深い泥棒だね」
矢島がにこにことしている。
「ですが、若い男女のペアというだけでは探しようがありません」
「ウエイターとウエイトレスの格好。パーティースタッフになりすましたのは、基本的な
やり方だね」
「部屋に入ってすぐ、コニーの籠にシーツを被せてしまったそうです。コニーは顔を
覚えていません」
「鳥の視線を気にしたのか? デリケートな」
「犯行後、出ていく時には、元に戻してますが」
「ご丁寧にもね」
一息つく2人。そして、続ける。
「男が、相手を「姉さん」と呼んだそうだね」
「名前の後に「姉さん」とつけて、続けてです。名前の方は聞き取れなくて」
「弟の名前は、姉は呼んでないのか」
「そうらしいです」
「そして、金庫を開けた手段だが・・・」
異口同音に、
「ダイヤモンドファイヤ」
ため息をついて肩の力を抜く。机の上の「SHOW TIME 100」を見る。
「声のあと、特に作業をした様子もないのに金庫の鍵が開いたんだね。警報も
鳴らずに」
「ええ」
檜沢は腕を組んでいる。
「その時、コニーは由紀乃のかまいたちを思い出したそうです。由紀乃は、「あれ」を
やる時、声は出しませんけどね。場の雰囲気というか、空気が似ていたそうです」
「つまり、その種の人間がその種のことをしていたから、似ていると感じたんだろうな」
「でしょうね。幾男に、暗くてもピンボケでも写真を撮らせておけばよかった。オレのミス
です」
「いや。私たちは、かかわり合いになるのを避けながら仕事をしていたのだから。その
判断は間違っていない」
「また、会えますかね。お仲間らしい2人ですが」
「職業的にやっているのなら、どこかで会うかもしれない。敵味方では会いたくない
けれどね」
「仕事の方向が180度違ってますが、スカウトしますか? 社長」
「いや」
柔和だった矢島の瞳の表情が、かすかに厳しくなる。
「私が欲しい部下は6名だ。やっと揃って、歩調も合ってきたところなのに、浮気はでき
ないよ。ただ、気になる存在のマークはしておきたい」
「そうですね」
考え込む檜沢。
「オレたちの第2のお客さんは、ネックレスの本来の持ち主を知らないんで、そこからは
手繰れないんですよ」
「地道に仕事をしよう。いつか、実になるかもしれない。メンバーのまとめを頼むよ、
リーダー」


36 社員スペース
お茶の時間。幾男が買ってきた新宿高島屋タイムズスクエア、パティスリー・ラ・マーリ・ド・
チャヤのスワンシューを、6人が食べている、3種類のクリームにコアントローも入ったコクの
ある味である。メンバーの中で篠原の機嫌が取り分けいい。
「俊ちゃん、シュークリーム好きですもんね」
篠原が苦笑する。
「ええ。しかも、コアントローが入ってるから」
由紀乃が首を傾げる。檜沢がフォーローする。
「ブルーバードのレシピにも入ってる。こいつの好きな酒なわけだ」
「ふうん」
社長室から出てきた矢島が、パーティションを回る。
「檜沢、そろそろ」
「はい」
言われた檜沢が、美咲に合図をする。
「はい、檜沢さん」
彼女は机の下を探り、オレンジ色の花束を抱えて立ち上がった。由紀乃に近づいて
言う。
「誕生日おめでとう」
由紀乃は口をぽかんと開ける。
「あ・・・私?」
「忘れてたのか?」
檜沢が呆れたように言う。
「確かに、忘れてたわ」
「おねーさま、それはもう、年のことを考えたくないという無意識の成せる技だったとか?」
「なんですって」
「暴力反対っ !」
由紀乃は幾男を殴るふりをやめて、美咲から花束を受け取る。オレンジ色のバラである。
花束を抱えて、にこりとする。
「年をとるのは嫌いじゃないわよ。いい時の過ごし方をしてきたならね」
「この会社で重ねる年月は、いいものかな、由紀乃」
矢島が由紀乃に尋ねる。
「ええ、素敵ですわ、社長」
媚でなく、自然に微笑んで言う由紀乃。
「みなさん、お忘れでしょうか。僕も10月生まれですけど」
幾男がおずおずと言う。
「覚えてますよ、幾男君」
眼鏡を拭き拭き、柏崎が言う。
「でもね、同じ月に生まれたからって、一緒にお祝いされたら、楽しくないでしょ?」
「幾男のはまた、改めてやってやる」
檜沢がヒヤヒヤと笑っている。
「檜沢リーダーぁぁ」
「由紀乃の真似して、抱きつくなっ !」
柏崎がにこにこと言う。
「きれいなバラですけど、これ、何ていうんでしょうね」
美咲が答える。
「オレンジバニーです」


37 confide
お茶と由紀乃の誕生祝いが済んでから、一人、来客があった。その人物が帰り、
美咲が社長室に呼ばれ、しばらくして檜沢も呼ばれ、そして篠原までもが呼ばれた。
「なんでしょう」
矢島、檜沢、美咲の3人が篠原を迎え入れる。篠原は、美咲の表情がどことなく固い
ことに気づいた。
「ひとつ、仕事を担当して欲しいのだけれど、手は空いているかな? 篠原」
矢島が尋ねる。
「報告書を仕上げれば、それで手は空きます」
「聞いてから、嫌なら断ってもいいからな。オレがやる」
腕を組んで檜沢が言う。
「そんな、選り好みはしませんよ」
美咲の不安げな顔をちらと見ながら応える。
「行方不明者探しだ」
矢島は篠原の目を見据えながら言う。
「美咲が、追うことができなかった。3回連続で、やってくれるかな」
篠原は、美咲の表情と檜沢の言葉に合点が行った。
「やりますよ。させてください」
檜沢は腕組みを解き、美咲は、笑うような泣くような表情に変わっている。矢島は静かに
続ける。
「ある意味の理想では、元気な姿を発見してくれ。そして、ある意味の理想では、指一本でも
いいから、見つけてくれ」


第7話(後半) 終わり

[第8話(前半)へいく] [「Constellation〜星座〜」の目次へいく] [一番最初に戻る]