「Constellation〜星座〜」(第6話 中)
第4話 「9月・・・Condition (条件)」中
17 半月後 矢島探偵社 社員スペース
『社長、お早うございます』
「お早う、コニー」
矢島とコニーが朝の挨拶を交わしている。そして、足音がパーティションを回り、社員たちに
いつもの言葉を投げかける。
「お早う、羊飼い諸君。今日も元気かね?」
「元気です」
新しいネクタイを締めた檜沢が応える。
「コニー共々、元気です。もちろん、家族も」
眼鏡の枠を変えた柏崎が応える。
「元気です。山羊の面倒も見れそうなくらい」
レンタル漫画本屋のバッグを机の脇に置きながら幾男が言う。
「元気ですわ。朝の8時に出勤できるくらいに」
胸を張って由紀乃が言う。
「元気です」
指輪に視線を落としていた美咲が、顔を上げて応える。
「元気ですよ」
白い表紙のバインダーを手にしていた篠原が応える。
矢島は6人の顔を順に見ていった。柔和な視線が、部下のそれぞれに注がれる。
「夏の疲れが出る時期だから、皆、気をつけるように」
それじゃあ、と矢島は社長室に吸い込まれていった。
「さて、今日の各自の予定は?」
檜沢が問う。柏崎は素行調査、幾男は勉強の為図書館へ、由紀乃は報告書作成、美咲は
事務、篠原と檜沢が手空き、と判明する。
「歌舞伎町にでも行くか?」
「今日は遠慮しておきます」
さらりとかわす篠原。
「それなら、オレは一人で行かせてもらう。で、篠原はどうする気だ?」
「午前中だけ、出かけさせてもらいます。携帯の電源は入れておきますから」
「わかった」
18 水晶占い師
「あら、いらっしゃい。お久しぶりね」
篠原がデパート最上階の占いコーナーに行くと、ちょうど水晶占い師が通路を歩いて
いた。
「お忙しいですか?」
「いいえ、休憩時間よ」
テントの形をしたブースに篠原を招き入れる。
「コーヒーの方がお好みだったわね」
ノエルは手早く準備をする。
「おかまいなく、ノエルさん」
「お友達で、前の仕事の後輩ですもの」
篠原が持っていったビスケットも添えて、ミニお茶会になる。
「それで、一体、どうなさったの?」
知性と好奇心と優しさがない交ぜになった視線が、篠原に向けられる。そっけない
口調で篠原が答える。
「いえね、世間話でもできればと思いまして」
「母親くらいのおばさんと?」
くすくす笑うノエル。
「それって、おばさんの笑い方じゃありませんよ」
苦笑して篠原が言う。
「本当のところは、どうなさったの? 私の後任さん」
水晶球を両手で包むようにして持ち、真面目な顔で尋ねる。
「その後任が問題でして」
水晶を見つめて、篠原が答える。
「どういうこと?」
「もうじき、試験採用期間が終わるんです」
思い切ってノエルの目を見て言う。
「身の振り方に、悩んでいるんですよ」
篠原の視線を受けとめたノエルは、母親のように笑う。
「でも、私の助言を求めにいらしたわけでもなさそうね」
「いりませんよ。ただ、息抜きに来たかっただけです」
「ここでよければ、ゆっくりしていらしてね」
コーヒーをもう一杯入れるノエル。アレキサンドライト、アスコットとも違う味わいがあると
思う篠原。
「それで、ノエルさんには、もう先のことがわかっているとか?」
「さあ。占い師は口が固いんですよ」
19 同時刻 矢島探偵社
ドアベルが鳴り、コニーが来訪者に言った。
『矢島探偵社へようこそ。お話をお聞かせください。あなたのお役に立てるかもしれ
ません』
社長室のドアが開く音、矢島の出迎えの声、応接室のドアが閉まる音が、パーティション
越しに聞こえてくる。
「新学期なんていったら、また仕事が増えるかもしれないわね。長い休みの間に、行方
知れずになる人もいるでしょうよ。学生さんとか」
プリントアウトした報告書のチェックをしながら由紀乃が言う。「そうね」と言葉少なに応える
美咲。今のスペースにいるのは女性陣2名のみである。
「また、篠原さんが、つらい調査をすることになるのかしら」
パソコンのディスプレイを見ながら、美咲が言う。報告書を机の上に置き、由紀乃が応える。
「試験採用期間が終わるまでは、それしかないんじゃない? それ以降は不明よ。リーダーと
交代でやるとか、モチさんも入るかもしれないし、わからないわ」
「そんな風になればいいけど」
ディスプレイの一点を見ている美咲。由紀乃は、美咲の様子に気づいて身を乗り出す。
「悪い方に考えるのは、やめようね、美咲」
20 終業時刻
「アフター5はお忙しいのよっ !」
と、由紀乃が勝ち誇ったように出ていった。
「秋になっても、お熱いおねーさまだなぁ」
幾男が緑色のバインダーに何かはさみながら言う。漫画本を机の上に積んで席を
立つ。
「読書の秋って言うんで、僕は、今晩だけは本を読もうと思います」
「今晩だけでも、いい心掛けですね、幾男君」
柏崎が鞄を持ちながら言う。
「で、何を読むんです」
「「死ぬまでに絶対読みたい傑作お薦め漫画紹介本」です」
『幾男君、何やってるんですか』
パーティションの向こうから、コニーが茶々を入れる。聞いていた篠原がぎょっとして
柏崎に言う。
「モチさん、今の、モチさんの腹話術じゃありませんよね」
「正真正銘、コニーです」
柏崎と幾男はコニーに「よくぞ言いました、コニー」「別にいいじゃん、コニー」と声を
かけながら帰っていった。
「檜沢さん、帰らないんですか」
帰り支度をする気配のない檜沢に、篠原と美咲が異口同音に尋ねる。
「もう少しいる。社長と打ち合わせもあるし」
遠慮しないで先に帰れと2人を促す。篠原と美咲はリーダーの言葉に従った。
2人が帰ってから、覆いのための布を持って、檜沢がコニーの籠に近づく。
「コニー、今日もおつかれさま」
『檜沢、檜沢、おつかれさま』
「だけど、もう少しの間だけ、猫をかぶっててくれないか? 今まででも、充分に頭がいい
のは知られてるんだぞ」
21 駅構内 花屋の前
花屋の前を通りすぎようとした篠原を、美咲がスーツの後ろ身頃(みごろ)をひっぱって
止めた。
「どうしたの?」
「篠原さん、明日、最終面接ですよね」
試験採用期間、最後の日である。
「そうだよ。もう、ずっと馴染んでるような気がする会社なのにね」
「正式採用になるといいですね」
「うん」
そう応えながら、美咲を見る。彼女は、やや上目使いで、心配そうに篠原を見ている。
「とちったのは、例の行方不明調査2件だけなんだよね。あとは、概ねちゃんとやったよ。
まあ、あの2件が駄目だったのは、矢島探偵社で働くには致命傷かもしれないけど」
首を振る美咲。
「檜沢さんのチェックが入ってるでしょう? 問題ありませんよ」
「そう? それなら、ほかに問題はなさそうだけど」
「とても、大きいことがひとつありますよ」
「何?」
「信頼関係」
美咲は、篠原のスーツをつかみ直す。「怒らないで」と顔に書きながら、美咲が続ける。
「ごめんなさい。どこの職場でも同じですけど、特に、うちは、それが必要なんです」
「耳が痛いね」
苦笑して篠原が言う。
「探偵社なんて、人の嫌な面を見ることが多い。人嫌いにもなるかもしれないね。せめて、
同僚とだけは、信じ合っていたいよね」
「それだけじゃ、ないんですけど」
「この間の、偽依頼が時枝エージェンシー絡みだったから、社内で俺のイメージも悪く
なった?」
必死に首を横に振る美咲。
「篠原さん、誤魔化さずに、ちゃんと報告入れたじゃありませんか」
「それはそうだけど」
スーツの前見頃をつかんでいる美咲の手を解(ほど)かせる。逆に篠原が美咲の手を
つかむ。美咲は相変わらずプラチナの指輪をしている。その手を見ないで言う。
「あのさ、美咲さん」
「はい?」
「もしもの話だけど、俺が正式に採用されなくても、その後も、また、会える?」
「それは」
美咲の顔が曇る。
「会えるよね?」
「多分、無理です。篠原さん」
「どうして。失業者は嫌?」
「私が会いたくても、篠原さんの方が、その気がなくなるから」
「そんなこと、ないよ」
美咲が下を向く。通行人の視線が痛いが、気にしていられない。「美咲さん」と声を
かけようとした時に、「もしもし」とすぐ近くで声がした。花屋の店主である。
「店の前ですみません。移動しますから」
「いえいえ、それはいいんです、お客さん」
ワイシャツ、ネクタイの上からエプロンをした店主は笑う。温かみのある笑顔である。
「よく、お買い上げいただいているお客さんに、そんなことは言いません。ただ、今日は
少し風向きが怪しいようなので」
魔法のようにカサブランカを1本差し出す。ラッピングもされている。
「これをお相手の方にお渡しして、今日はもう、おひらきになさった方がよくありませんか」
篠原は思わず噴き出した。
「それはいいアイディアだね。おいくらですか」
「今日はサービスさせていただきます」
店主から篠原へ、篠原から美咲へと白い百合の持ち手が変わり、2人は花屋の前から移動した。
「篠原さん、私、篠原さんには、本採用になって欲しいんですよ」
「ありがとう」
階段の下で別れる。
篠原が階段を登りきると、反対ホームには電車が来ていた。発車を見送ると、美咲はホームに
立っていた。サブランカを胸に抱いて、きごちなく手を振る。
「おやすみなさい」
唇の動きでわかる。篠原も手を振り返して、同じ言葉を返す。篠原のホームに電車が入って
きて、彼はそれに乗った。
22 同時刻 社長室
矢島と檜沢が室内にいる。話しは済んだ風情である。
「それでは、社長、手順はそれでいいですね」
「篠原の出方次第だけどね」
「正式社員になれるといいんですけどね。メンバー 一同の願いです」
「私もだよ」
23 同夜 篠原のアパート
篠原の部屋の電話が鳴っている。取らずに電話機を眺めている篠原。
第6話(中) 終わり
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