「Constellation〜星座〜」(第4話 前半)
第4話 「7月・・・Constellation (星座)」前半
信じる、信じない、信じる、信じない、信じる、信じない・・・
チェックしているということは、まよっているということ?
少しは、信じたくなってきたの?
1 矢島探偵社 午後
社員メンバー 一同が揃ってお茶を飲んでいる。
「夏休みの希望日は、早めにオレまで出してくれ」
コーヒーを飲みながら檜沢がいう。口々に「了解」という他の面々。
「俊ちゃん、お隣の旅行代理店だったら、いろいろ親切にアドバイスしてくれるわよ。遠出を
するなら、ご贔屓にね」
由紀乃がいう。
「はい」
「一人旅、彼女と2人旅、グループ旅行、新婚旅行、フルムーン、何でもござれですよっ、
篠さん」
加藤知子の「異国館ダンディ」を読みながら幾男もいう。
「だけど、俺は、それほど旅行しませんから」
「あら、そうなの」
「じゃあ、休みの時はどーするんですか?」
「ドライブ」
「あら」
由紀乃の目が輝く。
「いい趣味よね。で、一人で?」
篠原は椅子ごと後じさりしながら、
「ええ、まあね」
由紀乃が椅子ごと前に出る。
「車種は?」
「とりあえずノーコメントということで」
「別に取って食いはしないわよ」
ドアベルが鳴る。
『いらっしゃいませ、旅行代理店の社長さん』
「こんにちは、コニー」
サラサラという音がパーティション越しにする。美咲が向こう側に回る。
「いらっしゃいませ。あら、それは?」
旅行代理店の社長は身の丈より高い笹を抱えていた。
「七夕も近いからさ。うちの庭のだけどね。探偵の皆さんで、どうぞ、飾りつけして
やってよ」
「去年もいただきましたね。ありがとうございます」
檜沢も御礼と挨拶に出て、彼がパーティションのこちら側に運んできた。
「こっちスペースに置くぞ。飾りつけは、各自好きな様にやってくれ」
美咲と由紀乃が、「下のコンビニで折り紙を買って」などと相談する。
柏崎が、
「願い事を書いていいんでしょうね」
と言った。
「それはお約束です、モチさん」
うなづく檜沢。
「でも、願い事を見られたくない時ってあるわよね」
と由紀乃。
「それで去年は、アナグラムだ、暗号だ、絵文字だ、どこやら語で書くだで、わけの
わからない短冊が下がってたんだ」
檜沢が苦笑する。
「そこでですね、今年は、願い事はこのペンで書きましょー」
幾男が、数本のペンを引き出しから取り出した。緑色のボディカラーの至って普通の
ものに見える万年筆である。
「幾男君、それがどうしたんです」
柏崎が正面から覗いて言う。
「書いてから数日後に見える様になるインクです」
「何よ、それー」
篠原の頭越しに由紀乃の声が飛ぶ。
「えーと、だから、『書いたら後で見えなくなるインク』の逆バージョンです」
「どういう役に立つんだ?」
コーヒーを飲み干した檜沢が尋ねる。
「ダイイングメッセージを書く時に役立ちます。犯人に発見されて、消される心配が
ありません。で、現場百回の刑事が見つけてくれる」
「縁起でもないわよっ、幾男ちゃん」
「あとは、七夕が終わって、川に流すころ見えてくるので、お星さまにしか願い事が
見えないという利点があります」
「お前、そのためだけに、この一年それの開発をしていたなんて言うなよ」
「ほかのこともしてますよぉ、檜沢リーダー」
首を傾げた篠原に由紀乃が言う。
「幾男は、わけのわからない探偵グッズを時々作って、遊んでるの。残念ながら、
あまり実用に向かないのよね」
檜沢がペンの試し書きをしながら言う。
「忘れないうちに言っておく。明日、明後日、オレと由紀乃は出張だ。その間、リーダー
役はモチさんになるからな、篠原、幾男、美咲」
「はい」
言われた3人がユニゾンで応えた。
2 翌日 午前10時 ナンジャタウン券売窓口前
夏休み前のウイークデー。入口付近で待っているのは2〜30名ほどである。その中に、
篠原と美咲もいる。
「さすがにウイークデーは少ないね」
「ええ。でもね、夏休み前でも、ナンジャタウンは強いですよ」
「どういうこと?」
「ナンジャタウンって、7月が開設月なんです。それで、何かとアニバーサリー企画があり
まして。しかも、それと連動してこういうものも、送ってくるんですよ」
美咲は「特別ご招待のご案内」と印刷された葉書を見せる。
「グランドフェスタリアンとナンジャマニアへの招待状です」
篠原が葉書を手に取る。
「バースデーウィーク用と、オールナイト・バースデーパーティー用と、新アトラクション用と、
3枚のVIPパスポートとの引き換え券?」
「本人のみ有効ですけどね。とにかく、サービスが細かいんです」
「ふうん。はい、無くさないように返す」
にこにこと篠原から葉書を受け取る。篠原は、そんな美咲を見て、くすりと笑う。
「なるほどね。リピーターが増えるわけだ」
周囲を何気なく見回しながら、
「それで、また、浮いたパスポート代で小麦粉でも買うの?」
「そうしたいですね」
「でも、俺は美咲さんが腕をふるったの、あまり見てないよ。クッキーくらいかな」
「そういえば、そうですね」
おっとりと笑う美咲。
「期待されてるって、思っていいですか?」
「ま、まあね」
「じゃあ、近いうちに作ってきますね」
「よろしく」
照れた顔で篠原がいう。と、真顔になって、
「我等のお姫さまが来たよ」
と言った。
3 スタンプラリー
眼鏡と三つ編みのお姫さまは2階のナンジャコアで「スーパー・ナンジャビザ」を買っている。
軽快な曲が流れ、ナジャヴの声でビザの説明がされている。ビザ販売機の天井部につい
ているステンドグラスを見上げながら、篠原がいう。
「俺も、買った方がいいかな」
「私はグランドフェスタリアンですけどね、付き合いますよ」
「美咲さん、これって経費で落ちる?」
「落とします」
苦笑した篠原は「スーパー・ナンジャビザ」を2冊買う。1冊を美咲に渡す。
「領収書が出ないけど」
「覚えておきますから、大丈夫」
首を傾げて考える篠原。
「仕事の一環でラリーをクリアしても、遊びで来ることがあるかもしれないし。経費に
ならなくてもいいや。美咲さんの分も、驕っておきます」
「あら、ごちそうさま」
お姫さまはナジャヴルームでパスポートホルダーを買っている。
「じゃあ、今度は私が驕りますから」
美咲が篠原の分のホルダーを買う。美咲は、自分のホルダーの認定済ナンジャビザを
新しいスーパー・ナンジャビザに入れ換える。
「月ごとに変わる20個のスタンプは、スーパー・ナンジャビザを買った月に全部見つけて
おくのがコツです。あとの88個は、月をまたいでも移動しませんから」
「なるほど」
「88個の方は、その近くに必ずヒントのシールが貼ってあるんです。黄色い、横長の
四角の地に、黒で猫の足型。それを頼りにするのもいいですよ」
「うん」
「ほかの、スタンプラリーの人の動きを見るのも、いいかも。お互い、知らないうちに
教え合っているみたいな感じになってしまいますね」
「ふんふん」
「出発前に、ビザ販売機脇の階段を降りて、ドレッサールームで写真を撮らないと」
「了解」
いつの間にか消えたお姫さまを追いかけて、2人は階段を降りていった。
4 continue
昼食をはさんで4時間あまり、篠原と美咲は、お姫さまの前になり、後ろになりながら
スタンプを集め続けた。今は一休みして2階のザ・ウォールの椅子に腰かけている。
「20個のスタンプは見つけ切ってない。88個の方も6つの街区それぞれに、まだ残りが
1つか2つずつか」
「虫食いになっちゃいましたね」
お姫さまをさりげなく視野に入れて動くため、探し方にムラが出たようだった。
「だけど、これで認定を受けても、1年後に期限が来たら、またラリーをするわけだろ?
同じことをするんじゃ、つまらないんじゃない?」
「1年ごとにスタンプの位置は変えているみたいですよ。街区代表スタンプを押すための
扉の暗号も変えられていますし」
「余計な心配だったかぁ」
「いえいえ」
スーパー・ナンジャビザとナンジャビザを見比べて、美咲がにこにこしている。
「お値段は200円違うだけなのに、随分中のレイアウトが違いますね。スーパーの方が、
ずっと凝ってる」
「まあ、苦労の度合いが違う分、ビザもサービスしてあるんじゃないのかな」
「でしょうね」
「もののけ番外地でスタンプを探す時は、ペンライトは必需品だね。スーパー・ナンジャ
ビザに同胞してあるのだと、ちょっときつい」
「あれはスタンプ探しのためというより、ビザのスタンプを押す場所を確認するためのもの
みたいに見えますね。2回目以降の挑戦に来る人は、大抵懐中電灯を持参してます」
「こちらは仕事柄、持ち歩いてるから助かったけどね」
「お姫さまがスタンプを押している時に、つい、照らしてあげちゃいましたけど。この程度の
接触は怒られませんよね」
「挑戦者同士の協力ということで、いいんじゃないかな」
話しながら、篠原は美咲の表情に注目する。どうも、さっきから話の流れと関係のない
ところで、ときどき微笑んでいる。何が一体楽しいんだろうか。
「篠原さん、お姫さまが動きましたよ」
今日はすっかり「お姫さま」という愛称が定着している「お客さん」のことをいう。2人が
さりげなく立ち上がると、彼女は出入り口に向かった。
「今日はもう、終わりかしら」
「彼女も、まだスタンプを押し切ってないはずなのに」
「そうですね。次回持ち越しにするのかも」
不自然にならない動きで、お姫さまを追っていく。やはり彼女はスターロードを進んで
いく。急いで、外で待機している柏崎に電話をかける篠原。
「モチさん? 篠原です。予想外の早さなんですが、お姫さ・・・じゃなかった、お客さんが
ナンジャタウンから出ていきそうなんです。ええ、姿を確認してください。俺たちも出た
方がいいですか」
「篠原さん、待って」
美咲がいう。
「再入園希望してる。また、戻るつもりだわ」
右手の甲に、透明なスタンプを押してもらっている。
「モチさんたちは、本屋にいるって。さて、どうしたものか」
お姫さまは出ていこうとしている。
「美咲さん、再入場は何時まで?」
「2時間以内です。ちなみに、入園は閉園の1時間前、午後9時まで」
速攻で柏崎に伝える篠原。
「はい、了解」
電話を切って美咲に向き直る。
「彼女と一緒に出て、また一緒に戻るんじゃ怪しいから、中で時間をつぶしているよう
にって」
「まあ、それが妥当ですよね」
うなづく美咲。
「それじゃ、デートの続きをよろしく。彼女が戻るまで息抜きでもしようか、美咲さん」
「まだ篠原さんのやってない・・・っていうか、お姫さまがやっていない鳥を育てるのでも、
します? それとも、残りのスタンプを集めてしまうとか」
「お姫さまを落ちついて護衛できるように、スタンプを集めきろうか」
「賛成」
ナンジャタウン内に向かって、篠原と美咲はもう一度スターロードを歩いていった。
5 ワールドインポートマート 1階
お客さんを尾けながら、柏崎が携帯電話をかけている。
「そういうわけですので、矢島社長、もしなんでしたら、お客さんのお供に参加をお願い
できませんでしょうか。人手が足りなくなりそうです。社は、鍵かけて。留守番はコニー
だけじゃ、無理ですよね」
6 Constellation
午後4時を回った頃。篠原と美咲は2階のザ・ウォールの椅子に腰かけていた。
「スタンプラリー完了、美咲さん、おつかれさま」
「篠原さんこそ」
虫食い状態でスタンプを拾い損ねていたので、2人はナンジャタウン全体をもう一度回り直す
羽目になってしまった。最後の1個をナンジャリアン(スタッフ)に尋ねようかという誘惑に耐え、
職業柄の意地もあり、とうとう全部を見つけたのだった。猫の七福神やモンスター、神話の神
様など、街区に合わせたスタンプやレストランのロゴなど、色もデザインもバラエティに富んで
いる。
「それにしても、お姫さまが帰って来ない」
「ロッカーに荷物を預けたままですから、戻ってきますよ」
それはそうだと、うなづく篠原。美咲は続ける。
「ワールドインポートマートと専門店街アルパでウインドーショッピングだそうですね。
私たちは待ちぼうけでも、段々、外で遊ぶようになってきて、よかったじゃありませんか」
「そうだね」
また、かすかに笑ってる。お姫さまのことで喜んでるだけじゃない。
「檜沢さんたちは、明日も社に出て来ないんだっけ」
「ええ。出社は、多分明後日から」
「リーダーたちもおつかれさまだ」
ハーモニカのソロで、ナンジャタウンのテーマがかすかに流れる。美咲がまた、微笑む。
篠原は、なんだろうなと思う。
「わからない」
「何がです? 篠原さん」
「いや、別に」
美咲が不思議そうに彼を見る。篠原は場がもたなくなり、ついと立ち上がって「思い出の
リクエストボックス」へ向かう。いわゆるジュークボックスである。
「無料サービスじゃあ、ないんだな」
「それはジュークボックスですから。いい音だと思いますけどね」
美咲は、篠原の言葉にくすりと笑う。
「いい音って言えるなら、美咲さんはリクエスト経験者」
「ええ、それもあります」
美咲の顔に笑みが残っている。篠原は近くにあるパネルを読む。
「『ギネスブック 認定証 日本語版 世界記録 ギネスブック記録』?」
「世界一大きなジュークボックスなんです。今のところは」
ナンジャタウンの吹き抜けに作られた、全長20メートル、全高12メートルのジューク
ボックス。
「『ワシや招き猫など、吹き抜けの中のフィギュア達が、貴方のリクエスト曲をコーラス
します ナンジャ政庁』・・・か。ふむ」
財布から100円玉を取り出そうとする篠原。
「篠原さん、ストップ」
美咲が止める。
「何? 経費で落としてくれとは、言わないよ」
「2階より、上で聴いた方がいいです」
ザ・ウォールの階段を昇り、時としてイベントが催されるステージを横切り、3階の
思い出のリクエストボックスのところに出る。
「音がここの方がいいわけ?」
「見た目がいいんです」
「え?」
「とにかく、リクエストをどうぞ」
50曲近いタイトルが並ぶ中、篠原は「80日間世界一周」のボタンを押した。
美咲が3階吹き抜けの正面を指さす。
「中央にナンジャタウンロゴの金のプレートがあって、その下に扉がありますね。その
左右の天使の像を見てください」
弓をつがえた天使。矢尻から矢の先に向けて、赤い光が数回走っていく、これで5秒。
扉が開き、ナジャヴが前に進み出る。彼の声で「リクエスト、ありがとニャン。じゃあ、
行くよ !」というセリフがザ・ウォールの中に響く。ここまででトータル15秒ほど。演奏が
始まる。人々がハミングで歌っているような音で曲が奏でられる。コーラスの声が降り
注いでくる。スピーカーの位置と、吹き抜けの構造のために、そう感じるのかもしれない。
中央のナジャヴの指揮(本人も歌っているように見えるが)に合わせて、フィギュアたちの
目が赤く点滅し、ワシの首が左右に揺れる。エキゾチックな猫の手も動く。演奏が終わり、
ナジャヴが後退して扉が閉まる。ナジャヴの声が「ナンジャラー !」と叫ぶ。天使の矢が
放たれてから、およそ1分半。篠原が我に帰っていう。
「これで100円とは、高いぞ」
隣で美咲が噴き出す。
「時間的には、短いですね。でも、コーラス調でオリジナルで収録してあるし、フィギュア
たちは演技してくれるし、音がよく響くでしょう? 充分、お釣りは来ると思いますよ」
「そう言われれば、そうだけどね」
「私も、最初は篠原さんと同じ感想でしたよ」
渋い顔が、笑い顔に変わる篠原。
「お仲間かぁ」
今度は美咲がコインを入れる。ナジャヴは、今度は「ナンジャタウンへようこそ」と言う。
「マイ・フェア・レディ」の「踊りあかそう」が流れる。手すりにもたれて、吹き抜けを見ながら、
美咲がうっとりと聞いている。篠原は「ふうん」とうなづく。演奏が終わってから、篠原が再び
コインを投入する。「戦場にかける橋」の「クワイ川マーチ」。
「連続稼働。珍しいかな?」
「お休みの日は、結構リクエストがかかってますよ」
遊び疲れてベンチに腰かけていた客たちも、耳を傾けている。また美咲がリクエストする。
「ウエストサイドストーリー」の「トゥナイト」。
「美咲さんも、好きだね」
篠原が三度(みたび)、ナジャヴを呼び出す。坂本 九が歌った「上を向いて歩こう」。
「入ってるのは、概ね懐かしめの曲だね」
「ナンジャタウン自体のコンセプトでしょう」
演奏が終わり、ザ・ウォールは、また静かになった。余韻に浸るように、美咲はまだ手すりに
もたれている。
「美咲さん、美咲さんのナンジャタウンのお目当てって、これじゃないの? 1曲100円は割高
だけど、その顔を見てると、そんな気がする」
「ニアピン賞です」
篠原の方を見て、にこりとする。
「ここでリクエストできる曲も、その一部です。でも、本当のお目当ては、別の曲です。無料
のね」
篠原は首を傾げる。
「3分から5分、ここで待っていられます? 篠原さん」
「仕事柄、張り込みなんて日常茶飯事じゃないか」
「そういえば、そうでした」
腕時計を見ながら、しばし待つ。やがて、予告なく、「トゥ」とも「ルゥ」とも聞こえるハミングが
流れ始め、ザ・ウォールを満たした。ナジャヴの指揮なしで、鳥やモンスターが目を赤く光ら
せ、ナンジャタウンのテーマを歌っている。
「これです」
目を細めて、美咲が篠原にそっという。
「これが、好きなんです」
45秒から50秒ほどでコーラスは終わり、ザ・ウォールはまた静寂に包まれた。篠原は美咲の
顔を見ている。美咲は、問わず語りで話し始めた。
「ジュークボックスのリクエストがない時、3分から5分の間隔で・・・8分くらい空くこともあります
けど・・・ナンジャタウンのテーマが演奏されるんです。そういう仕様になってるんですよ」
「この間の護衛と、今日の仕事中、気にかけなかったなぁ」
「遊びの中のBGMですものね。目立ちすぎても困るでしょう」
「それでまあ、美咲さんがこれのご贔屓だっていうことは? 遊ぶ合間に音楽鑑賞とか」
篠原も、美咲に合わせて手すりにもたれる。
「文庫本を持ち込んで、ザ・ウォールのベンチで読んでるんです。本を読むのと、コンステレー
ションが聞けるのと両方で、楽しいんですよ」
「コンステレーションって?」
「私が、勝手にタイトルをつけたんです。ナンジャタウンの従業員の方・・・最初はアルバイトの
人に聞いて、その人がわからなくてジュークボックス担当の社員の人に取り次いでくれて・・・に
聞いても、タイトルは特になくて、「ナンジャタウンのテーマ」のはずだっていうことなので」
「コンステレーションね」
「Constellation、「星座」です」
「いいタイトルだね」
「ありがとうございます」
例によってふんわりと微笑む。
「この曲を聴いていると、天から星の光が降り注いで来るような気がするから」
「だけど、それならシンチレーション(scintillation 星のまたたき)の方が合ってるんじゃない?」
「ええ、それでも、少しひねって Constellation。ちょっと贅沢な日光浴かも」
「え?」
「星って、恒星じゃないですか。離れているから、かすかな光にしか見えないけれど。それが、
数を集めて、遠くに置いてその光を浴びて。太陽だけの光を浴びるより、贅沢でしょう」
「なるほど」
「テーマを聞ける場所は、私の知っている範囲で3箇所なんです。入口周辺とそれに連なるスター
ロードがフルオーケストラ、3階の吹き抜けでは時々ハーモニカが聞こえて、最後がこのジューク
ボックスです。ここが一番好き。CDは出てないんですよ。ちなみに、作曲者もわからないと言われ
ました」
「こっそり録音して、家で聞くとか」
「ここの音響には敵わないと思うんですよね」
「それで、ビザを取ってここに通ってるの? 美咲さん」
「ええ。ほかでは聴けませんから」
ようやく謎を解明した、と篠原は思う。
「ナンジャタウンが予測していないリピーターね。たしかに、考えてないと思う」
「ザ・ウォールの照明は、本を読める明るさですもの。場所を選べば」
「そういう問題じゃないんじゃないの? 美咲さん」
笑いを含んだ声で篠原がいう。
「好きだから、いいんです」
にこりと美咲が応える。再び「Constellation」が流れる。篠原も静かに耳を傾ける。
「静かに、ゆっくりしたい時って、結構ここに来るんですよ」
「テーマパークで静かにゆっくり?」
「ウイークデーの午前中は空いているでしょう。それに、休日でもね、時間の流れ方は外と
違うでしょう。ザ・ウォールは休憩スペースも兼ねてますし」
それは、いえるかも・・・とうなづく篠原。
「リクエストボックスに「ハッピーバースデー」もあるんですよ。この間も、ここでしっかり聴き
ました」
「俺が贈った花束抱えて、ナンジャタウンに来たの?」
ぎょっとして篠原が尋ねる。美咲は、にこりと笑ってロケットをいじっている。
「どうでしょうね。ちゃんとお花は大切に扱いましたよ」
美咲が会社の最寄り駅から乗った電車は、池袋とは逆方向だったのでは。いや、家から
また出かけた? 入場時間まで間に合うか? 篠原は首を傾げる。
「あ・・・誰かがリクエストを」
美咲が目を細める。2階の客らしい。「ラブミーテンダー」が流れ始める。終わったところで、
待ち構えていたように篠原の携帯電話が鳴る。
「モチさんから連絡。お姫さまが、戻ってくるって」
「はい」
気持ちを切り替えて、篠原と美咲は仕事に戻った。
第4話(前半) 終わり
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