1 アンミラ横浜元町店
横浜市中区元町。JR元町駅から徒歩2、3分のアンミラ横浜元町店に要、舞子、
GREY EYEがいた。食事の後、4人がけのテーブルの3人を囲むようにオレンジと
ピンクのウエイトレス、ウエイター一人、店長が立っている。
カードの名前を見つつ、ピンク制服のウエイトレスが口上を述べる。
「今日は****さまのお誕生日です。ささやかではありますがアンナミラーズより心
ばかりのお祝いをさせていただきます。キャンドルと・・・」
火のついた赤いキャンドルが出される。
「アイスクリームです」
丸くくり抜かれたバニラのアイスクリームが2つ、ガラス皿に盛ってある。「たんじょ
うび おめでとう」と書かれたホワイトチョコのプレートが乗っている。
「ありがとうございます」
照れつつ礼をいうGREY EYE。
「それと、歌を歌わせていただきます」
「舞子、俺たちも立って歌うかぁ?」
「そうしよっか」
要と舞子が立ち上がる。店長の合図で総勢6人のアカペラ、ユニゾンになる。

ハッピ バースディ トゥーユー
ハッピ バースディ トゥーユー
ハッピ バースディ ディア **** さーん
ハッピ バースディ トゥーユー

拍手と共にお辞儀、「おめでとうございます」の声。要、舞子はスタッフに「ありがとう
ございます」とさらに一礼。赤くなったGREY EYEが一同にお礼。隣のまったく見ず知
らずのお客からも拍手。照れながら辞すスタッフたち。要と舞子も座り、セレモニーが
無事に終わった。
「GREY EYE、お前、いつから3月生まれになった」
発行されてまだ2か月にもならないGREY EYEの運転免許証を見ながら要がいう。
「こっちの暦に合わせると3月だよ。嘘じゃないよ」
「姓に加えて名前まで適当につけて、免許もとって、よくやるよな」
「あったほうが便利じゃないか。合宿でちゃんととったよ」
「へえへえ。こっちの世界に溶け込んで、がんばって生活してくれい」
「そういうこと」
くすりと笑うGREY EYE。
キャンドルを見ながら舞子がいう。
「誕生日のお祝いね。アンミラって、面白いサービスするのね」
うなづく要。
「誕生日の当日、それが証明できるものを持っていって、オーダーの際にいうと
それなりの演出をしてくれる。キャンドルとアイスクリームと、希望があれば歌を
歌う。おっと、食事のオーダーをしないと駄目だぜいっ」
「歌の方は、恥ずかしがって辞退する人もいるのかもね」
「せっかく、ウエイトレスが歌ってくれるってのに、これを逃す手はないだろうが」
キャメルをくわえて笑う要。
「幸い、該当者もいたことだしよ。5月、7月まで、待つのもつらいからな」
「お蔭さまで大勢に祝っていただきまして」
アイスクリームをひとつ、舞子のパイ皿に乗せつつ、GREY EYEがいう。デザート
のパイもそれぞれの前に運ばれてきている。
「姫香ちゃんの都合がつかなくて残念だったけどね」
「花火で会った女の子だね。クリスマスパーティーの時もだ」
「幼稚園の卒園式準備で、忙しいらしいぜ」
「そういうシーズンよね」
なんとなく、3人の手が止まる。
「アンミラ行脚もそろそろ卒業かよ」
「あと2軒、でいいの?」
「そうだなぁ。横浜ダイヤモンド地下街店ってのがあるが、これはテイクアウト専門店
だからな。つまり、千葉そごうのパイショップと同じだ」
「テイクアウト専門店にしかないパイって、あるんでしょ」
「レモンのパイだと聞いたが。レストラン形式の方には置いてないとさ。ほかにも
あったかもしれねえ」
「おみやげのテイクアウトはそこですればいいね。帰り道だし。横浜駅の中だね」
とGREY EYE。
「中というか、駅に連なるショッピング街だな。行けばなんとかなるだろう。ダイヤ
モンド街の地下1階。エスカレーター降りて右だとか」
「それを除くと、あと横浜に2軒、よね」
「そうだぜいっ。立川に出店の計画があるって噂も聞いたが、まだできてないからな」
「パイメニューは同じだけど、食事の方は、お店によって少し違ってなかった?」
「そんな気もする。3パターンくらいあったようだが。俺ア自信はないぞ」
「僕と舞子ちゃんは、もっぱらパイを頼んでたしね」
アイスクリームを食べながらいうGREY EYE。
「アンミラはあと2軒だけど、絵の方は、あと一枚? 2枚?」
顔を見合わす要と舞子。
「2枚といいたいがな」
「わかってるのは一枚なのよ。あの絵は、私たちだと手が出せないところにあるから、
お願いね、GREY EYE」


2 同夜 とある倉庫
画廊の奥にある倉庫。小刻みにテレポートを繰り返し、GREY EYEがようやく到着
した。
「あまりこっちでは使いたくない力だけどね。この際、しかたないや」
棚のラベルに注目して「SILVER EYE」を探す。ほどなく、梱包された一枚の絵を
見つけた。
「いちおう、絵柄を確認して・・・。見ればわかるって、構図を教えてくれなかったけど。
マスターたち、何を考えているんだか」
首を傾げつつ、開ける。若い女性が室内でカーペットの上に座っている。膝の上に
本を置き、朗読している風。幼女が向かい合わせに座り、それを聞いている。
「舞子ちゃんとお母さんだね。そして・・・」
女性の後ろに回り、幼い男の子が彼女の背中に抱きつき、本をのぞき込んでいる。
「多分、要だね。面影があるし。それにしても、知らない人が見たら兄妹だよ。姉弟
でもいいけど」
包み直してテレポートにうつるGREY EYE。


3 数日後 アレキサンドライト店内
黒沢がガーリックトーストを食べている。
「マスターっ、コーヒーもう一杯、ちょーだい」
「はい」
赤井が2杯目のコーヒーを運ぶ。
「あんがと。要くんも舞子ちゃんも、今日はそろってお休み?」
「そうです」
「なんか、寂しいね」
「真子ちゃんがアルバイトに入る前は、わたし一人の店でしたけどね」
「そっか。おいらは真子ちゃんがいた時からのアレキサンドライトしか知らないんだ」
昔を懐かしむ目をする黒沢。
「引っ越してきて、近所にあるから、なんとなーく入ったけどさっ。真子ちゃんの笑顔
と・・・営業以外の意味でも笑ってたよね・・・コーヒーと、ガーリックトーストに魅かれ
て常連になっちゃってさっ」
「金城さんも、あの年から見えられるようになったんですよね」
赤井も目を細める。
「SILVER EYEさんもだねっ。日本に常住するようになって」
「そうです」
コーヒーを飲み干す黒沢。
「マスター、もう一杯お願い」
「はい」
3杯目を入れる赤井。
「あんがと。ねえ、マスター、たとえつきあいが20年以上あっても、踏み込めない
部分って、あるよねえ」
「そうかもしれませんね。そこをわきまえるのが、長続きのこつかも」
「SILVER EYEさんの絵、とうとう6枚目の盗難が起きたってね」
「ええ」
「真子ちゃんと舞子ちゃんと要くんを描いた「母子像」。子供たちを描いたのって、
あの一枚きりだったね」
「そうでしたね」
「SILVER EYEさんがこの件聞いたら、嘆かない?」
「さあ。会えれば、会いたいですけどね。なんていうかは脇に置いて」
「そうだね。ところでさ、まだこの先も、SILVER EYEさんの絵って、盗まれると
思う?」
「これで終わりか、あと一枚か、どちらかですね」
「ふうん。舞子ちゃんと同意見なのね」
静かにコーヒーを飲む黒沢。


4 同時刻 アンミラ横浜ランドマークプラザ店
ランドマークプラザ1階のアンミラに舞子とGREY EYEがいた。紅茶にマロンクリーム
パイとヨーグルトストロベリーパイを頼んでいる。
「これで僕らの担当分は終わりだね」
「チェリー絡みのパイ、食べてないわ。好みの関係で、後回しにしちゃった」
「全店回ってからでも、また、行きたい時に行きたいお店で食べればいいよ。アイス
クリームのトッピングも頼まなかったし」
「そうね」
横浜観光マップを拡げるGREY EYE。
「それで、と。どこへ行く? 舞子ちゃん。見どころが、とにかく多いよ」
「マリンタワーに昇ったから、ランドマークタワーの展望台はパスね」
「ここまで来たのに、もったいないっていう気もするけど」
「わからないけど、なんとなく、あそこには昇りたくないの」
「そう? 無理にとは、いわないから」
「ごめんね」
「すぐ近くだけど、よこはまコスモワールドの「コスモクロック21」はどう? 一周約15分の
世界一を誇る大観覧車」
「うん、賛成」
手をたたく素振り(そぶり)で喜ぶ舞子。にこりと舞子に微笑みかけるGREY EYE。
「向ケ丘遊園のに乗ったのは、4か月前だったね」
「あの時って、時間を止める前だったっけ、GREY EYE」
心持ち赤くなる舞子。
「そうだね。そういえば、舞子ちゃん、体の調子は大丈夫? どこかおかしくない?」
「別に。どうして?」
「なんとなく。平気なら、いいよ」


5 数時間後 横浜美術館
一枚の絵の前に舞子とGREY EYEが佇(たたず)んでいる。動物園、フラミンゴの
柵の前にあるベンチに、女性が座っている。タイトルは「冬の休日」。
「何のかのといいながら、母さんたち、それなりに思い出は作っていたみたい」
「よかったんじゃない?」
「そうね。20年、待ってるっていっても、アレキサンドライトとイリュージョンでしか
会えないんじゃ、悲しいよね」
「もっと長くなると思っていただろうしね」
「・・・・・・」
「ごめん。無神経で」
首を振る舞子。
「ううん、SILVER EYEさんにしてみれば、たまらなかっただろうから。たとえ、寿命が
長くてもね」
GREY EYEの灰色がかった瞳を見る。
「GREY EYE、前にいってたよね。時間を止めた時点で、婚姻成立だって。母さんたち
のは、例外の婚約?」
「厳密にいって、真子さんの重婚かな。事故としかいいようがない。非常手段だよ」
「母さん、ただでさえ、昼と夜の二重生活だったのにね」
絵を見る舞子。
「まともな状態になって、さっぱりしてるかな」
「そんなこと、いうものじゃないよ」
「うん」
「ここの絵はローテーションを作って、順繰りに飾るんだってね。SILVER EYEさんの
絵が出ている時で、よかったね」
「そうね」
こっそりつぶやく舞子。
「ターゲットリストに上がらなかったけど、横浜美術館から運び出したら、それだけは
SILVER EYEさん、嘆きそう」
やがて美術館を出る二人。噴水を眺めながら、GREY EYEがいう。
「結局、絵を集めるのはこれで終わりなのかな。慰労の意味で、要と一緒に休みが
出たわけでしょ?」
「そう。一応は、終わりね。持ち主がわからないのが一枚だけあって、それが気に
かかるけど。そこにあってもいいって思えるのか、どうなのか、謎なの」
「売買のニュースがあった時に、それを判断するしかないね」
「だけどね、GREY EYE。あれが所在不明って、信じられないことよ」
GREY EYEに振り返る。半分、泣き顔になっている。
「見つからないのは、「シャレード」だもの。母さんがモデルの最初の絵。どうして、
持ち主がわからないの?」


6 同日 晩 アレキサンドライト店内
店の片付けと明日の準備が済み、赤井が一人でカウンターにいる。紅茶を二人分
入れ、レジの「オーロラたちの饗宴」の前に置く。
「一応、絵を集めるのは一段落つきましたよ。そろそろマスコミが嗅ぎつけ始めたよ
うですが、なんとか、セーフですね。これ以上の事件が起こらない限り、動かないでし
ょう。黒沢さんのつっこみは、どうしようもありません。それにしても、SILVER EYEさん、
「シャレード」をどこに隠したんです? まさか、そちらの国に持っていってしまったわけ
じゃありませんよね」


7 同時刻 アンミラ横浜八景島シーパラダイス店
横浜市金沢区八景島。横浜八景島シーパラダイスのレストランプラザ内、A棟2番の
アンミラに要がいた。二人分の食器がさげられたところ。喫煙席でキャメルをくわえ、
バイシクル柄のカードをシャッフルしている。
「水族館もある巨大遊園地ってところかぁ? キャッチフレーズは「恋する遊び島」だ。
ついでにいうと、向ケ丘遊園は「花と緑とアドベンチャー」だったな」
黙々とシャッフルを続ける。
「俺たちなんかは近場だからいいが、遠方から来る客用に、ホテルも完備してるんだ
よな。まあ、ゆっくり遊びたかったら、それは便利だよな」
煙草の火を消す。
「禁煙にしても何にしても、無理は続かないぜ。少なくとも、俺は」
カードの表を上にして、扇形に開いていく。スペードのエースをピックアップする。
「ごめんな、舞子。「シャレード」の件がはっきりしてからって思ってたけどよ、俺の自制は
もう限界だ」
手にした一枚だけ、4つに引き裂き、灰皿に入れる。化粧室の方をうかがい、伝票を持っ
て要は立ち上がった。


8 翌朝 アレキサンドライト店内
黒沢がガーリックトーストを食べている。
「舞子ちゃーん、コーヒーもう一杯、ちょーだい」
「はい」
舞子が3杯目のコーヒーを運ぶ。
「あんがと。舞子ちゃん、お休み楽しかった?」
「はい、とっても」
にっこりと答える舞子。
「要くんは今日もお休み?」
「ええ」
笑顔をほんの少し固くして舞子が答える。黒沢は気づかない。
「要くん、いつも、がんばってるもんね。たまにゃ二日続いて休んだっていいよ」
「そうですよね」
「口は悪いけどね。マスターの子供にしちゃ、不思議とあんなになっちゃって、さっ」
苦笑する舞子。
「要くんにいわせると、第三次反抗期なんですって」
「さて、締め切りが近いんだよん」といいながら黒沢は出ていった。
カウンターで黙々とコーヒーを入れている赤井。
「司おじさぁん」
舞子が呼びかける。
「何? 舞子ちゃん」
「あの、裏口の方、掃除に行きたいんですけど」
「ああ、いいよ」
舞子はそそくさと裏口へ抜けた。


9 裏口
舞子が掃除をしながら、裏口につながる道をうかがっている。
と、要が道を入ってきた。いつもと変わらない表情。
「よお、今ごろ裏口の掃除かよ」
「掃除かよじゃないってば、要くん」
要に近寄っていく舞子。
「無断外泊でしょ、どうしたの」
「俺だって、そういうことはあるぜ」
「初めてじゃない。夜間営業のことがあるから、いつも連絡はとれる状態に
してるのに」
「何もなかったから、よかったじゃねえか」
「よくないーっ。心配したんだからね」
「そうか。悪かったな」
「そういわれると、肩透かしくったみたい」
「ひねた返事の方がいいか」
「素直な方がいい」
「だろうな」
要は舞子の脇に回り、手を伸ばして、彼女の髪をひっぱった。後ろでひとつに
結び、リボンをして、自然にさげている。
「何よお」
「なんでもねえよ。親父は? 中か?」
「うん、コーヒー入れてる。黒沢のおじさまはお帰りになったところ」
「タイミングは、いいかもしれない」
すうっと入っていく要。舞子もあわてて後を追った。


10 子育て決算
赤井がコーヒーを3杯分入れたところに、要と、続いて舞子がカウンターに入って
いった。目を細くしている赤井。
「ただいま、親父」
「お帰り、要」
「親父、話がある」
「わたしもあるよ。適当なところに座ってくれるかな」
「ああ」
「舞子ちゃんは・・・」
「追い出さないでね。口は出さないつもりだけど、いさせてね」
「いいでしょう。舞子ちゃんは娘みたいなものだから」
向かい合って座る赤井と要。コーヒーを出した舞子は、カウンターの二人の顔が
見える位置に立っていた。
「親父、話って何だ」
「要が先にいいだしたから、要からいいなさい」
「そうかあ」
赤井をまっすぐに見る要。
「俺、結婚するよ」
「夕べ、一緒だったお嬢さんとかな」
「そうだよ」
「誰かな。わたしの知っている人かい」
「相手によって返事が変わるのか」
「見損なっちゃいけない」
「ごめん」
舞子の顔をチラと見てから、いう。
「姫香だよ、親父」
赤井の目が普通の大きさに開く。舞子も口を押さえて、目を丸くしている。
「姫子さんの、子供か」
「そう。幼なじみは幼なじみでも、あっちに転んじまったぜ」
照れ笑いを浮かべている。
「舞子ちゃんとは仲がいいと思ってたけど、要ともだったとはね。そういうことも、
あるか」
苦笑する赤井。真顔になる要。
「昼の営業と夜間営業は、支障なく続けるぜいっ。姫香には、話した。認めてくれた。
それと、姫香自身はノータッチってことで話がまとまったからな。あいつも、今の仕事
は続けるとさ。幼稚園を継ぐのは姫香だけど、まだ先のことだから考えなくていい。
夜間営業の件は、姫子先生には内緒だぜ」
「万事、抜かりなく取り決めたか」
「こちとら、一生の問題だからな」
「おめでとう、これ以上の言葉はないね」
「ありがとう、親父」
体に入れていた力を抜く。
「ふう。いって、ほっとした」
赤井も微笑んでいる。
「聞けてよかったよ」
「ところで、親父の話は?」
「要の話で、だいたい済んでしまったよ」
「なんだそりゃ」
「相手のお嬢さんの家に、親子で挨拶しに行こうと思ってたからね。あ、先に要が
単独で行って、お嬢さんをくださいっていわないと」
「おいおい、親父い」
「女の子のことで遊ぶのは許さないと育てましたからね」
「わかってらあ」
ふっと笑う要。
「俺ア・・・俺は赤井 司の息子だからな」


第6話(前半)終わり


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