1 アレキサンドライト店内
クリスマスツリーの飾られている店内。いつもの席にやや体をくずした風に
座っていた黒沢がいった。
「舞子ちゃーん、コーヒーもう一杯、ちょーだい」
「はい」
舞子が4杯目のコーヒーを運ぶ。
「あんがと。このごろ、パイの食べ歩きしてるって?」
「同じチェーン店の店舗めぐりですよ」
「ふうん。で、このGREY EYEと行ってるのね」
黒沢の正面にGREY EYEが座り、いささか居心地悪そうにしている。3杯目の
コーヒーを飲み干してからも腰をすえて待っていた黒沢に手招きされ、店に入
るなり否応なくここに座らせられ、まだオーダーもしていない。
「見たとこ、まだ、ほほえましー関係みたいね」
「おじさまぁ」
「若そーに見えるね、GREY EYE。見えるだけかもね、誰かさんの例もあるし」
「おじさまっ」
「立ってないで、舞子ちゃんも座んなさい。GREY EYEの隣でいーから」
「はい」
舞子とGREY EYEが並んで腰かける。きょろりとした目が二人を等分に見つめる。
「GREY EYE、前から気になってたんだけどさぁ、本名、何てゆーの」
「灰島(はいじま)です」
眉ひとつ動かさずに答えるGREY EYE。
「住民票、今住んでるとこに、ちゃんとある?」
「ありますよ」
「フリーのSEだってね。舞子ちゃん養って、生活していける? アレキサンドライトの
ウエイトレスって、あくまでもパートレベルのお給料だよ」
「できます」
「本気で舞子ちゃんのこと、思ってる?」
「思ってます」
舞子に視線を移す。
「舞子ちゃん、このGREY EYEと・・・自称灰島さんと・・・人生、山あり谷あり、
一緒に歩いてく覚悟、できてんの?」
「できて・・・ます」
「ふうん・・・じゃっ、おいらがあれこれいうこと、ないねっ」
コーヒーをがぶりと飲む黒沢。
「翔さんはこの前オーケー出したってゆーけどさっ、おいらだって、舞子ちゃん
のこと、心配だもん。障壁のおとーさん役、やってみたかったんだよん」
「黒沢さんのところは男の子ばかりですからな」
黒沢の背中でいう金城。
「なんぼなんでも、自分の娘には、コナかけないよねえ、金城さん」
「コナも何も、べたべたのファザコンですからね。かわいそうに、私を越える男性を
見つけるのは大変ですよ」
「反面教師の間違いでしょー」
二人が例によっての会話をしている間に、脱出する舞子とGREY EYE。残された
黒沢がげっぷをする。
「さすがに4杯はきついにゃ」


2 数日後 アンミラ高輪店
JR品川駅を出てすぐ。ウイング高輪2階のアンミラ高輪店に舞子とGREY EYEが
いた。二人揃ってエスプレッソを飲んでいる。
「来たタイミングが悪かったみたいだね、舞子ちゃん」
「場所が場所だからしかたないかも」
ちょうど昼休み時。食事をとるビジネスマンたちで店内は喧騒に満ちている。
「おちついてパイでもっていう雰囲気じゃないね」
「近くのホテルでお茶、しなおそうね、GREY EYE」
早々に退散する二人。


3 同時刻 アンミラ玉川高島屋店
田園都市線二子玉川園駅の近く。玉川高島屋SC本館地下1階のレストラン街。
カレーにコーヒーの要が嘆いている。
「来たタイミングが悪かったのか? ウエイトレスが一人しかいないじゃねえか。
その分、ウエイターが3人。ええい、男はいらんっ」
オーダーをとったのがウエイターだったため、憤りに拍車がかかっている。
「すぐ近くの多摩川で、釣りができるんだよな。棹、持ってくりゃよかったぜいっ」


4 数時間後 品川駅前 ホテルパシフィック東京
2階のコーヒーハウスで舞子とGREY EYEがアフタヌーンティーをとっている。
品川プリンスホテルでビリヤード、高輪プリンスホテルの日本庭園散歩の
のち、ここへ回ってきた。
「母さんと、時々「アスコット」でも食べたっけ」
「いい習慣だね」
サンドイッチスタンドが空になったころ、GREY EYEがやんわりと切り出した。
「ところでね、舞子ちゃん、そろそろチェックインする?」
舞子の顔がひきつる。
「予約入れてたホテルって、どこだったっけ?」
「ここなんだけどね、舞子ちゃん」
微苦笑のGREY EYE。
「・・・・・・」
「黙ってると、「いい」ってとってしまうんだけどね」
「い・・・嫌ぁ」
「ドタキャン?」
GREY EYEの灰色がかった瞳が曇る。
「ホテルは・・・嫌」
「え?」という表情になるGREY EYE。


5 同時刻 アンミラ千葉そごう店
JR千葉駅近く。そごうコリドモール4階のアンミラ千葉そごう店に、要がいた。
「つい、意地張って、はしごしちまったぜいっ。どうせなら、一番遠いところを
つぶしてやろうじゃねえの」
シナモンがよくきいたパンプキンパイにカフェインレスコーヒー。さほど広くない
店舗内を3人のウエイトレスが行き来し、要の機嫌もよくなっている。
「店のすぐ外がゴルフ用品コーナーだから、親父のクリスマスプレゼントでも
買って帰るか。それと、本館地下1階食料品売り場にパイショップがあるぜ。
神田精養軒とコロンバンの間だな。制服は同じ !」


6 同夜 GREY EYEのマンション・マシンルーム
GREY EYEがUNIXの前に腰かけ、区役所のコンピュータに侵入している。
無駄な動きもなく流暢にキーボードを叩き、やがて電源を切った。
「終わったよ、舞子ちゃん」
後ろからのぞき込んでいた舞子にいう。
「これで、お役所に行かなくていいの?」
「そう。ずぼらなことを、したわけ」
椅子ごと振り返り、くすりと笑う。
「GREY EYE、いつの間に住民登録なんて、してたの」
「舞子ちゃんと知り合って、すぐかな」
「そうなの?」
「そう。結婚できてからも、まだ、しばらくこっちにいる気だったから。時間を
止めた時点で、僕たちのルールでは婚姻成立だけどね。こちらのルールに
も合わせて、きちんとした形にした方がいいかと思って、先回りしてたんだ」
「よかった。マスコミにも、あれこれいわせないんだから」
「それはまあ、ナーバスにならないで」
「そうね。翔おじさま、非常識すぎるところは、つぶしてくださったし」
「もぐらたたきも一段落ついたみたいだね」
つと、手を伸ばし、マシン本体の角を撫ぜる舞子。
「これで、お嫁さんになっちゃったわけね・・・」
「そうだね」
にっこり笑うGREY EYE。
「それで、時間、止めていい?」
「・・・いいよ」


7 翌日 アレキサンドライト店内
黒沢がガーリックトーストを食べている。
「舞子ちゃーん、コーヒーもう一杯、ちょーだい」
「はい」
舞子が3杯目のコーヒーを運ぶ。
「あんがと。・・・よくよく見れば、舞子ちゃん、イアリングしてるね、めずらしい」
「はい。えへへ」
「赤いけど何? スピネルかにゃ」
「ルビーです」
「ん? イアリング? 似たようなパターンを、前に見た記憶が・・・」
「黒沢さーん、今日は昼めしもここで食って行きませんかぁ。「今日のおすすめ」
は赤飯定食っすよ」
カウンターから要が割り込む。
「大声でいわないでよねっ、要くん」
「なんか、おめでたいことがあったの? 舞子ちゃん」
「えへへへへ」
「もしかして、GREY EYEとーっ」
「夕べから「灰島舞子」になりましたぁ」
「何? 晩にお役所に行ったの?」
「都合もあって」
「ふーん。まっ、婚姻届けは24時間受け付けだもんねっ。おめでとさんっ」
がぶりとコーヒーを飲む。
「お式や披露宴はどーするの」
赤井がコーヒーを飲みながら口をはさむ。
「式は略です。アレキサンドライトのクリスマスパーティーで、披露宴を兼ねます」
「親戚のみなさんとアレキサンドライトの常連さんと、姫子先生と姫香ちゃんを
呼ぶ予定です」
「真子ちゃんとSILVER EYEさんも呼べればいいのにね。連絡、ないの?」
「ないです。だからこそ、披露宴はここでやるんです」
いいながら「オーロラたちの饗宴」に振り返る舞子。


8 同日午後 「11」店内
アレキサンドライトの暇な時間帯に抜けてきた要と、仕事の休息に来たGREY
EYEが落ち合っている。ケニアAAを飲みつつ、なごんでいる要。
「ホテルを嫌がってGREY EYEの部屋ね。舞子らしいといえば、らしいぜ」
マウイ ハナを頼んだGREY EYEが微笑んでいる。昨日までと、特に変わった
様子はない。
「GREY EYEのところだと、この間、避難で寝泊まりもしたっけ。馴染みのある
場所の方がよかったんだろうな」
「舞子ちゃんの家はパスされたよ」
「自分のテリトリーに侵入されるのは嫌だったんだろうなぁ」
ジッポーでキャメルに火をつける。ひやひやと笑っている。
「わざわざハッキングして、結婚した形にデータ改竄(かいざん)たぁ、マニアック
だぜ、GREY EYE」
「出向くのが照れるから、かな」
「親父にでも出して来てもらえばよかっただろうが」
「でも、この手で手続きしたいっていう気もあったんだよ」
「それで折衷案があれかよぉ」
腹を抱える要。
「で、これからはどっちに住むんだ」
「しばらくは、僕のマンションの方だよ。おいおい、舞子ちゃんの家の方に移るけど
ね」
「パソコンの移動に用心しないとな。手伝うぜ」
「頼むよ」
うなづくGREY EYE。
「まあ、とにかく、事故も怪我もなく、死にもしないで、時間を止められてよかったな」
「ありがとう。今までの応援も含めてね」
「なーに、俺のためでもあるっていっただろうが。これで、晴れて第二の人生を歩か
せてもらうぜいっ」


9 数日後 クリスマスパーティー当日
日中。要が、とある美術館に来ている。
「ふっふっふ。一度、藍おばさん式にやってみたかったんだぜいっ」
爆発音と共に会場内に白煙が立ち込める。要はお目当ての絵を抱えて、出口に
向かって走り出した。


10 数時間後 夕方 アレキサンドライト近くの路上
要をむかえるために、舞子とGREY EYEが駅へ向かう道をゆっくり歩いている。
ルビーのイアリングをしている舞子。世間一般に合わせ、二人して揃いのマリッジ
リングもつけている。
「一人でやりたいって、要くん、無茶いうんだから」
「携帯電話の電源は入れっぱなしだったからね。何かあれば、僕が美術館に跳べた
から」
「頼り過ぎるのは困るけど・・・。GREY EYE、どれくらいの距離、跳べるの」
「結構跳べるよ。ここから横浜くらいまでならいいかな。一回行ったところでないと、
行けないけどね。下見には僕も付き合ったし。あと、10メートルくらいなら、壁越しで
行ったことがないところでも平気だよ」
「私は、跳べるようにならないよね」
クスリと笑うGREY EYE。
「寿命が伸びて、免疫力が強まるくらいだね。種族の特殊能力は身につかないよ」
「うん」
「子供への遺伝は、するけどね」
やがて要と出会う二人。
「要くん、姫香ちゃんと先生、もう、手伝いに来てくれてるよっ」
「すまねえ」
近くの公園で包みを拡げる。濃紺のワンピースを着た真子が、夜の街灯の下に
立っている。髪と服の上に軽く雪が乗っており、光を反射している。
「タイトルが・・・「ホワイト・クリスマス」だぜ」
「これ、アレキサンドライト前の風景よね」
「雪か。いいタイミングで降ったみたいだね」
「今日は降りそうもねえな」
空を仰ぐ要。
「ま、かわりにクリスマスとお前らを祝うための紙ふぶきが舞うぜ」


第3話終わり


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