1 「アンミラ」行脚計画
「アレキサンドライト」第17話から2か月後。

アレキサンドライトの閉店後、「オーロラたちの饗宴」にはたきをかけながら舞子が
つぶやいた。
「アンミラに、行ってみたいな・・・」
「舞子ちゃん、それって、何」
床掃除をしていたGREY EYEが尋ねる。
「ファミレスだぜいっ。アンナミラーズの略。ウエイトレスの制服がミニスカートでかわ
いいってんで知られてる」
カウンターを磨いていた要が口をはさむ。
「ミニスカートねえ」
「パイレストランっていってるのよね。食事に加えて、パイが20種類くらいあるんだって」
「舞子ちゃん、パイがお目当てなわけ」
「そう。アレキサンドライトのスタンダードメニュー、アップルパイもいいけどね。気にな
るの」
「敵情視察かよっ」
「仕事を離れて、ただ、食べたいだけなのっ」
「へえへえ、わかったぜ、「赤いうさぎさんはパイがお好き」ってね」
「舞子ちゃん、今度の休み、一緒に行く?」
「うん。行こ行こ、GREY EYE。要くんは?」
「一日、フレッドで遊んでるかもしれねえ。今度はパスするかもな」
客席に出てきて、ジッポーでキャメルに火をつける。
「一度に、全種類のパイを食えるわけでなし。確か、アンミラって18、9店舗あったはず
だぜ。いっそ、休みのたびにどれかに行って全店制覇でもするかぁ?」
「要くん、意味ないんじゃない? どこのお店に行ってもメニューは同じでしょ」
「ウエイトレスは別人だぜえ。ミニスカートの鑑賞に」
「何考えてんの」
呆れる舞子。
「あんまり遠くにあったら、行けないんじゃないの」
冷静にいうGREY EYE。
「東京と神奈川に半々、それと千葉に一軒だったはずだぜ。行っていけない距離と
数じゃねえな」
煙草を燻らし、笑っている。
「アンミラだけを目的にするんでなく、店に行ったついでに、その街で遊ぶってのはど
うだ? そんなことでもなきゃ出かけない街って、あるだろうが」
「まあ、確かにね」うなづく舞子。
「で、その近辺の宝石店を見てくる。いつか仕事の役に立つかもしれないってことで、
情報収集になる。するってえと交通費、食費が経費になるぜいっ」
「なりませんよ、要。自費で行ってください」
住居の方からカウンターに入ってきた赤井がいう。
「へーい」
目を細くして赤井がいう。
「片づけ、済んだ? SILVER EYEさんの絵の件で打ち合わせたいんだけどね」


2 数時間後 近くのコーヒー専門店「11」
大きな木製テーブルに椅子が6つきりのコーヒー専門店「11」(イレブン)に要と
GREY EYEがいた。
「悪いな、俺のテリトリーで」
「いや、別にいいよ」
ケニアAAの要に、ハワイコナNO.1のGREY EYE。BGMにハワイアンが流れて
いる。
「GREY EYE、聞きたいんだがな、舞子とはどうなってんだ?」
「ん・・・。嫌いじゃなくて、むしろその逆っていわれてる」
「まずはめでたいな」
「うん・・・」
「時間を止めるって話しは」
「舞子ちゃんの気持ちの整頓待ち」
「もしかして、手も握ってないとか」
「それに近いかな」
「じれったい奴」
キャメルの封をきる要。微苦笑しているGREY EYE。
「しかたないよ。無理強いはできないことだから」
「舞子のやつが初心(うぶ)なのは認めてやろう。尼寺へ行け、尼寺へ、アンミラへ
行け、アンミラへ、だぜいっ。せいぜいデートでもして親密度を増やせ」
「要・・・応援してくれるわけだ」
「むしろ俺自身のためだぜいっ」
苦笑いする要。
「俺のレゾン・デートル(存在理由)に係わるから、とっととくっつけ。そうしたら、俺ア
第二の人生を歩かせてもらう」


3 数日後 アンミラ仙川店
軽食店「アレキサンドライト」の休業日。
京王線仙川駅から徒歩約5分、国道20号沿い。昼休みが終わった時間帯。
アンナミラーズ仙川店に舞子とGREY EYEがいた。
「確かに、かわいいっ。話題になるのもわかるわぁ」
舞子がウエイトレスを見てきゃいきゃい、いっている。
GREY EYEがうなづく。
「派手な色だけど、派手すぎないんだね。うまくまとめたっていうか」
オレンジとピンク、それぞれの色の制服を着たウエイトレスが店内を行き来して
いる。どちらもビビッドカラー。スカート、エプロン、髪を結ぶリボンの色を揃える。
ショートヘアの場合はヘアバンドの色を合わせる。ブラウスは白。ローヒールの
白い靴。ぺったんこといっていい。エプロンにチロリアンテープのアクセントが横
一本に入る。白地に黄色の小花模様。
「スタイルに自信がないと、ここでバイトできないだろうなぁ。スカート、ひざ上20セ
ンチくらいかな。エプロンのリボンをきっちり結んで、きつそう。体の線がでるわぁ」
「後ろから見ると、髪のリボンとエプロンの結び目が縦に2つ並ぶわけだね。どっち
も大きめで。髪は・・後ろでひとつに結んでるね。結ぶ高さは人によるね」
「エプロンが、ちょっと胸を強調するデザインかな。前から見ても後ろから見ても
かわいい」
「舞子ちゃんのアレキサンドライトでのウエイトレス姿もかわいいよ」
「えへっ。ありがとう」
紅茶のポットとパイをウエイトレスが運んでくる。丸い赤い名札にひらがなで白く
名前が書いてある。ウエイトレスが置いていった伝票を見る舞子。
「サインもひらがなの名前なんだわ。徹してる」
「雰囲気作りもあるんだろうね」
明るい、店内の装飾を見るGREY EYE。
「何調っていうのかな。素朴な・・アメリカ風?」
「ごめん、よくわからない。「大草原の小さな家」みたいって表現した友だちはいた
けど」
「料理は、南ドイツからアメリカへ来たペンシルバニアダッチ料理ってなってるね」
ピーカンパイに手をつける舞子。
「ふうん。こういうのなんだ。こってりしてる」
ご満悦の表情。
「ここで食べられるって、思ってなかった」
「ピーカンパイ、好きなの?」
「っていうか、食べてみたかったの。前に読んだ小説の小道具に出てきたんだ。
ミステリの短編だったけど、ロシア人男性がとてもおいしそうに食べててね。う
ん、これなら、おかわりするのもわかる」
「もうひとつ、頼むの」
「またの機会でいい。太っちゃうってば」
そういいつつ笑っている舞子。
GREY EYEはチーズケーキを食べている。
「舞子ちゃん、半年くらいかけて、全店回ってみる? 日程がきついかな」
「要くんがひとりで半分くらい担当するっていってたけどね」
2階の窓から外を見る二人。


4 同時刻 アンミラ下北沢店
井の頭線・小田急線下北沢駅。西口を出てすぐの下北沢店に要がいた。
「料金にはウエイトレス鑑賞代が含まれているっていう冗談があるんだよな」
コーヒーを飲みつつ、アップルパイにフォークを入れる。
「うちとは違うが、これはこれでうまい」
喫煙席で、ゆっくりキャメルをふかす。
「演劇の街、下北沢か。小劇場がいくつもあったっけ」
オレンジとピンクの制服のウエイトレスが何か楽しそうに話している。
「金のロケット風ペンダントも制服かね。気のせいかウエイトレスも劇団員に
見えるぜ。昼間はウエイトレスで夜は劇の稽古をしてるとかよ。気のせいだ、
気のせい」


5 仙川商店街
アンナミラーズを出た舞子とGREY EYEが、階下の花屋で花束を買い、商店
街を歩いている。
「半分仕事になったね」
「でも、司おじさん曰く、お茶代は自分で、ですって」
「それはそうだよね」
駅近くの短大に演劇科があり、校舎内に小劇場もある。今日は試演会。
「ままあることだけど、お芝居に使う宝石が、本物なのよ」


6 同時刻 アンミラ青葉台店
東急田園都市線青葉台駅近く、パルテ青葉台2階に赤井がいた。スーツを
着込みアタッシェケースをソファに置き、ビジネスマンが少し遅い昼食をと
りにきた雰囲気。サンドイッチにコーヒー。
「まあ、要たちが面白がっているから、私も一度は来てもいいかな」
赤いロングスカートのウエイトレスにおかわり自由のコーヒーをついでもらう。
オレンジとピンクのミニスカートの制服はアルバイト、赤いロングスカートの
ウエイトレスはパートである。
「自分のブレンドが好きだけどね、よそ様のだって、いただきますよ」


7 同日夕方 アレキサンドライト店内
赤井が帰ると、要、舞子、GREY EYEは先に戻ってきていた。三重唱が赤井を
むかえる。
「親父、おかえりい」
「司おじさん、おかえりなさい」
「おかえりなさい、マスター」
アタッシェケースを大切にテーブルの上に置く。
「やあやあ、遅くなったよ」
「それで、司おじさん、絵の方は?」
気が急いている舞子。
「それより先に、本来の夜間営業の方は?」
「行ってきました」
心持ち、背筋を伸ばす舞子。
「マスター、ちゃんとやりましたよ」とGREY EYE。
「お客さんにゃ、いうべきことはいって、お宝と一緒にお帰りいただいたぜ
いっ」
「それなら、よろしい」
赤井はアタッシェケースを開けた。一枚の絵を取り出して3人へ見せる。
目を閉じて、何かに耳を傾けている様子の女性。正面に対してやや斜め
向きに上半身が描かれ、背景は万華鏡の模様が拡がる。
「「カレイドスコープ」ですよ。舞子ちゃんが2歳くらいの時の作品かな」
「私、見たことない・・・」
「でしょうね」
絵をじっと見る舞子。
「母さん・・・」
「やっぱり、舞子ちゃんに似てるね」
「真子おばさんと思って見るから、俺にはそうとしか見えねえ」
「で、見とれるのは後にして、移動させましょうか」
「カレイドスコープ」を持ち直す赤井。
「司おじさんの意地悪っ」
「舞子ちゃん、明日から、いや、今日から設置場所にちゃんと置くから、
そんな顔しないで」


8 2階の201号室
家具がひとつもない3DKの空き部屋。リビングの壁に赤井は絵をかけた。
「私設美術館の始まりだね」


第1話終わり


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