15 数日後 結婚式前々日 個展の休日

気晴らしに横浜を歩いているSILVER EYE。
「見どころが多いんだ。一人より二人で来た方が楽しそうな街だね」

* * * * *

引っ越し作業をしている真子。
「お天気がよくて、よかった」

* * * * *

クローゼットを空けて考えている赤井。
「クラス会、何を着ていこう。普通にスーツか」


16 結婚式前日 昼近くのアレキサンドライト
客のいないとき、赤井と真子が話している。
「ガーリックトーストをメニューに加えようと思うんだよね」
「いいんじゃありませんか」
「ところで、真子ちゃん。午後はウエイトレスのお休みをあげるけど、個展を観に行
っちゃ駄目ですよ。あんまり行ったら向こうさまに覚えられかねないから。真子ちゃ
んは挙動不審になる危険性もあるし」
しょんぼりする真子。
「どうしてもいけませんか、赤井さん」
「用心に越したことはありません。絵画は初めてなんですから」
「はい」
気を取り直してレジの近くへ移動する。
「無事に持ってきたら、ここに飾りましょうね。いいんですよね、赤井さん」
「いいですよ。マスコミに構図が流れていないんですから、ここにあっても気づく人
はいないでしょう。盗まれたからって、絵の写真がニュース等で写される可能性は
低いと思います。そして、すぐに違う事件が起こって、忘れられていきますよ。まあ、
描いた本人が来れば、ばれますが。まず、そんなことはないでしょうし」
真子の表情が影を帯びる。
「来てくれても、いいですけどね。絵を追いかけて・・・」
「冗談いっちゃいけません。手が後ろに回りますよ」
「はい」
「ここに飾るのは構わないけど、新居は一軒家でしょう。そっちにしないの?」
「日中、過ごす時間はアレキサンドライトの方が長いから、ここにします」
「そんなに気にいってるの、真子ちゃん」
うなづいて、絵がかかる予定の壁の辺りをふき始める真子。赤井はひとりごとで、
「結婚するより絵の方に関心がいってない? 仕事熱心なのはいいけど、これは違
うような感じがする」


17 同時刻 個展会場
入口付近にいるSILVER EYE。
「ここ三、四日来ないね。会期はまだあるけど、いっそのこと、「オーロラたちの饗
宴」にマウストラップをしかけようか。 でも、気乗りがしないな」
中に入り、「オーロラたちの饗宴」の前に行く。
「それに、マウストラップをしかけるとなると、モニタリングの力ははずさないとね。
両方は無理だ。まさか、白うさぎさんと違う人間が来て、新しい人の方がかかって
しまったら嫌だしね。「彼女」を識別できるのはお前だけだし。マウストラップだけだ
と、機能が機械的になってしまう。人格っていったらおかしいけど、お前の個性が消
えてしまうよ。どうするか、一晩考えてみようか」


18 結婚式前日 深夜
午前零時を回り、厳密には結婚式当日になっている。アレキサンドライトの前で落
ち合い、車で個展会場に向かう赤井と真子。二人とも目立たない地味な色合いの
服を着ている。
「日付が変わったね、真子ちゃん」
「そうですね」
「結婚式前日、いや、当日深夜に夜間営業とは、すごいね。お仕事熱心といおうか」
「わがままなんですよ」
「結婚直前で、神経質になってるのかな」
「それとは、違うと思います」
「緑屋さんから、電話とか、来た?」
「こっちから先にかけておきました。お式の準備もお引っ越しも全部オーケーって。
だから、もう、かかってきません」
「そう。真子ちゃんが眠れないながらも布団にくるまってるんじゃなくて、わたしと車に
乗って泥棒さんに行ってるなんて知ったら、驚くだろうね」
くすくす笑う真子。
「お墓の中まで持っていかなくちゃいけない秘密ですね」
「結婚してからもウエイトレスに加えて夜間営業も続けるでしょ。秘密が増えに増えて
いくじゃない」
「しかたありませんね。知ったら、きっと許してくれない人と結婚するんですから」
「気をつけてね」
「はい。そういえば、クラス会はどうでした。憧れだった人に会えました?」
「会えましたよ。もう、ずっと前に結婚していて、しかもおめでたで、大きなお腹で幸せ
そうにしてました。二重におめでとうをいわせてもらいましたよ」
「そうですか」
「幸せそうなのを見られてよかったけど、行かないほうがよかったような気もしましたね」
「行かなかったら行かなかったで、後悔していたんじゃありません?」
夜の街を走っていく車。


19 ホテルのSILVER EYEの部屋
椅子に腰かけたまま眠っているSILVER EYE。「マウストラップは、やっぱりなしだ」と
寝言をいっている。


20 個展会場内
会場内の明かりをつけ、「オーロラたちの饗宴」を観ている。笑顔につらそうな表情
を混ぜ、真子が絵に話しかける。
「こんばんは、「オーロラたちの饗宴」さん」
「真子ちゃん、見とれるのは明日以降にしてくれない? お仕事中ですよ。これから先
は、毎日好きなだけ見ていられるんだから」
赤井が壁からおろし、手早く梱包する。「きつい? ごめんね」となおも話しかける真子。
赤井が両手で抱える。
「では、さっさと逃げ出しましょう」
「はい」
照明を消し、小走りに会場を後にする赤井と真子。


21 SILVER EYEの部屋
「オーロラたちの饗宴」に起こされるSILVER EYE。
「夜中にどうしたんだい。え、何かに包まれた。なんだい、それは。・・・正規でなく、
移動させらているらしい・・・。それって、盗み出されたっていうんだ・・・それで、どん
な人間に連れ出された? 顔を見たかい?」


22 個展会場 外
赤井と真子が車に乗り込む。すぐに発進させる赤井。
「三十六計逃ぐるにしかずっ !」
「赤井さん、追いかけて来るでしょうか」
「警備員が? 見回り時刻まで、まだありますよ」
「いえ、そうじゃなくって」
「何?」
「なんでもありません」


23 SILVER EYEの部屋
簡単に服装をチェックしているSILVER EYE。椅子にかけたまま寝入ったので、寝巻
でなく、普段着である。
「男女二人組で、片方はあの、白うさぎ? なぜだ。泥棒だったのか? 彼女。それで下
見に来ていたなんてことは・・・考えたくない。とにかく、すぐに行くから。いや、会場に
ね」
周囲の空気がゆらりと揺れ、SILVER EYEの姿が室内から消えた。


24 個展会場
SILVER EYEが「オーロラたちの饗宴」が飾られていた部屋に現れ、電気をつける。
妙に間が抜けた壁の空間に目をやる。赤井たちがここで交わした会話を「オーロラ
たちの饗宴」に繰り返させる。
「名前は聞き取れてないのか。「見とれるのは明日以降に」「仕事中」「これから先
は、毎日好きなだけ見ていられる」・・・職業上の泥棒で、それでも、これはプライベ
ートでしていることと解釈していいかな。なんだか、ほっとした。車だね? 意識をつな
いで移動するのを追いかけるのは、苦しいんだ。早く、アジトに着いてくれないかな。
止まっているのを探す方がいいのに」
巡回の警備員がやってきた。SILVER EYEの姿を見て、驚く。
「誰だっ」
苦笑して両手を挙げるSILVER EYE。
「この個展の絵の作者だよ。困ったね。一番肝心な絵が盗まれた」
「何っ」
「オーロラたちの饗宴」がかかっていた場所が空いているのに目を剥く警備員。
「君たちがもっとちゃんとしてくれていたら、彼女に会えたのにね。残念」
SILVER EYEの目が銀色に光る。
「警察に「なぜここにいた」と聞かれて、胸騒ぎがして見に来たといっても説得力は
ないだろうね。ホテルで寝ていたことにさせてもらう。僕に会ったことは忘れてくれ」
うめき声をあげ、頭を抱える警備員。これからの段取りを考えるSILVER EYE。
「警備員から警察に連絡がいって、それから個展のエージェントにも連絡がいって、
僕にも連絡が来て。現場検証や、話をしたりで、明け方まで、動けないかな。その
ころまでには、目的地についているね? 白うさぎさん。そうしたら、改めて追跡させ
てもらう。「オーロラたちの饗宴」も、休んでいていいよ。きっと、僕もそれまで追跡
に意識を集中できないから」


25 真子の新居の前
空がうっすら明るくなったころ、赤井の運転する車が真子の家の前に着いた。
「赤井さん、ありがとうございました」
「真子ちゃん、少しでもいいから横になってね。花嫁さんが睡眠不足で青い顔じゃあ、
困るよ」
「必要なら二日くらいの徹夜はできますけど」
「それでも、大事をとりなさいね。朝一だから、寝過ごしにも注意して」
「絵の方、くれぐれもよろしくお願いします」
「了解。アレキサンドライトにセッティングしてから、式場にいきますから。それじゃ、
あとでまた会いましょう」


26 都内の結婚式場 新婦準備室
支度の終わった真子と盛装した翔がいる。真子はオフホワイトで肌の露出が少ない、
教会式の形に沿ったウェディングドレスを着ている。花嫁の係は場をはずしている。
「いよいよだな。おめでとう、といっていいんだな」
「ありがとう。みんな、相手が緑屋さんだからって、気にしすぎてるのよ」
「気にかけない方がどうかと思うがな」
「でも、自然にそうなったから」
うなづく翔。上着のポケットから一組のカードをとり出す。
「おしゃべりマジックに、トリックは同じで演出の違うカードマジックがあるが、ここで
ひとつ、やるか? 「結婚します」別名「刑事と泥棒」」
「どっちの演出も、なんとなく、遠慮するわ」
「それなら、骨組みだけ披露するか」
真子がうなづく。
翔が黒のキングと赤のクイーンを山の別々のところに入れてシャッフルする。カード
を表にして順に開いていくと、キングとクイーンが並んで出てきた。
「ばらばらのはずが、一緒になってるのね。結婚した男女と泥棒をつかまえた刑事」
「そういうことだ」
カードをしまう翔。
「新婦の側は二親、共に出席せず、か」
「死んだ人は出られないわ。母も、一時退院は無理だったの」
「まあ、出席されても、回りが気が気じゃないな。うちの両親が代理か」
「お忙しいところ、おじさま、おばさま、出てくださるんですもの。嬉しいし、ありがたい
わ」
真子をじっと見る翔。
「俺が双子だったら、お前の苦労も大分減っていたか?」
「それはないと思うわ。翔君、あなたが二人いても、きっと、二人とも珠子を好きになっ
てる」
「そうだな」
「それに、私から見ても翔君は幼なじみでしかないもの」
「すまない、あまり助けになれなくて」
「珠子を守ってくれればいいから」
「ところで、真子、少し顔色が悪いぞ」
「睡眠不足よ」
「眠れなかったか」
「夕べ、というか、日付が今日になってから仕事してたの。アレキサンドライトの夜間
営業」
「こんな時にするなよ」
「お客は私だから」
「何を盗んだ」
「SILVER EYEさんの初めての部分彩色、「オーロラたちの饗宴」」
「ああ、あのモノクロの画家。お前、ファンだったな」
「ええ」
真子の顔に赤みが射す。
「個展が話題になっているのは知ってるが。新婚旅行から帰っても、まだ会期中じゃ
なかったか?」
「そうなんだけど、結婚前にどうしても欲しかったの」
「どうして、また」
「元から好きだったけど、あの絵はショックだったの。全身全霊かけて、何か叫んでる
ようで。どうしても、たまらなく欲しくて。結婚前になんとかしないと、一生、後悔しそうだ
ったから」
「ふうん」
腕を組む翔。
「ダイヤモンドファイヤか。恋に落ちたな」
「え?」
「ダイヤモンドは宝石の中で最大の光の屈折率を持つ。この屈折率は光の波長によっ
て違うから、白い光が入ると色彩的に分散してファイヤ、火と呼ばれる七色の虹のきら
めきを見せる。真子、その絵の叫びが、お前の心の中で虹のきらめきを見せたのか?」
複雑な表情を浮かべる真子。
「否定できないわ」
「婚約指輪はアメジストだったな。持っていると酒に酔わないといわれる宝石。制御、
何かを抑える働きをする石より、ダイヤモンドファイヤの方が働きかけは強いな」
「夢よ。あの人は画家だもの。私は一ファン。顔さえ、知らないのに」
「確かに。でも、お前が盗むところまで暴走するのは珍しいな」
「代替えになるコピーが全くなかったの。本物を手に入れるしかなかった。結婚する
のに、馬鹿みたい。会えるとは思えない人なのに」
「公平に見て、可能性は相当低いな。顔写真も公表してなかった。とにかく、表に出た
がらない作者だったか」
「そうなの。だから、絵だけはもらうの。本人に会えないかわりにね」
「なんだか・・・この結婚式、潰したくなってきたな」
真剣な表情をする翔。
「潰しても、どうにもならないわ。現実は現実よ。私は緑屋さんと結婚するわ」
「まあ、相手あってのものだからな。幸せに、な」
「ありがとう、翔君。この話、誰にもしないでね。珠子にも」
「わかった。仕事の件は仮にばれても、その先はノーコメントだな。単に、絵が気に入
ったということにしよう」
「だから・・・夢よ」
参列客が席につくよう、合図の鐘が鳴る。部屋を出ていく翔。やがて、係に誘導され、
真子も移動を始めた。


27 同時刻 アレキサンドライトの前
「オーロラたちの饗宴」の誘導で、SILVER EYEが店の前に着いた。緋色のブレザーに
ロイヤルレジメンタルのネクタイをしている。
「この中か。本日休業とあるけど、入らせてもらう」
鍵がかかっているのをものとせず、店内に跳ぶSILVER EYE。レジ付近の「オーロラたち
の饗宴」に気づく。
「いい場所に飾ってもらっているね。やっぱり、気に入ってもらえたらしい。実際に会って
みないとわからないはずのことだけれど、やっぱり、愛せそうだよ。これだけ顕著に反応
した人だなんてね。少し、待とうか」


28 結婚式場内の教会
翔が珠子と並んで座り、式の進行を見届けている。
「なあ、真子。なにか叫んでいるっていうが、男が命懸けで叫ぶといったら、「愛してる」
しかないだろう? そいつの叫びは、お前には聞きとれるんだよ。結婚直前で、無意識に
心の耳をふさいでないか? タイトルはオーロラでも、お前にとってはダイヤモンドファイヤ
だな。なにを思って描いたんだ、作者め。出会う前の誰かにプロポーズ? 波長の合う誰
かに呼びかけ? でも、どうやって会うっていうんだ。それに、真子が結婚してしまってから
じゃ、まずいな」
式を進めていく牧師。「この婚姻に異議のあるものは、いませんか」と参列者に問う。
「異議はあるが、俺は花嫁強奪をできる立場じゃないんだ」


29 午後 アレキサンドライトの前
赤井が、結婚式受け付け、式後の簡単なお茶会パーティー出席、翔の両親・柴崎夫妻が
婚姻届提出をする際の車の運転手を勤め挙げ、アレキサンドライトに戻ってきた。7階建
マンションのオーナー。1階は自分の店舗・軽食店アレキサンドライトと住居部分になって
いる。
「あーっ。お疲れさまの半日でした。深夜から動いているんだから。ここはひとつ、コー
ヒーでも飲まないとね」
裏から入り、カウンターに回る。客席から人が立ち上がるのに気づき、ぎょっとする。
「誰です?」
「それを聞きたいのは、こっちなんだけど」
静かで上品な、それでいて強さのある声が返事をした。


30 アクシデント
緋色のブレザーにロイヤルレジメンタルのネクタイをしたSILVER EYEと、モーニングに
白いネクタイでいかにも結婚式帰りの赤井が向き合っている。
「初めまして、こんにちは。ここのマスター?」
「そうですけどね、どなたですか」
レジ付近の「オーロラたちの饗宴」を指していう。
「この絵の作者ですよ、絵画泥棒さん」
「そんな・・・まさか」
呆然と立ちすくむ赤井。
「どういう意味のまさかなのか知りませんけど、本当ですよ」
「ここに来るなんて、まさか。それもこんな短時間でつきとめるなんて」
くすりと笑うSILVER EYE。
「この絵にも、僕自身にも、少し、変わった力があるものですからね。それで、彼女は
どこです?」
「彼女って?」
「一緒に盗んだ相棒がいたでしょう」
「彼女は・・・いません。どうして、真子ちゃんのことまで・・・」
汗をかいている赤井。
「いないって。別に、かばうことありませんよ。危害を加えるつもりはないから」
「今、日本に、いません。もう、飛行機が出ている頃です」
「旅行にでもいったんですか」
「新婚旅行に。今日の午前中、結婚式を挙げたんですよ」
「なんだって?」
今度はSILVER EYEが顔色を変える。
「そんな、馬鹿な。どうして、結婚なんてするんだ。盗むなんていう、極端な反応まで
しているのに」
「どうしてっていわれたって。お式の日は前から決まっていたんだし」
わけがわからないながら返答する赤井。
「なぜ、あと一日早く盗まなかった」
SILVER EYEの目が銀色に光る。室内の空気が緊張を帯びる。思わず後退る赤井。
背中が食器棚にぶつかる。
「あと一日あったら、結婚なんてさせなかったのに」
室内の空気がしなる。SILVER EYEの感情が爆発しかかっている。
「すみませんっ、わたしが悪いんですっ。クラス会で、一日遅らせましたっ」
我知らず叫んでいる赤井。
「クラス会?」
「すみません、ごめんなさいっ。わたしのせいですっ」
震えながらいう赤井。それを見たSILVER EYEはかえって冷静になっていく。
「・・・そうだね。僕も初日と三日目に逃しているしね。マウストラップをしかけなかった
のは、間違いだとは思わないけど。これは、事故だと思うことにするよ」
「はあ?」
「一回できた家庭、カップルを壊すのはルール違反。けれど、抜け道が一つだけ、あっ
たね。あきらめたくない。他の人も探したくない気分だ。新婚早々には、いえないね。
まずは顔をつないで、あとは折を見て、かな」
「あの・・・」
どう対処すればいいのか、わからない赤井。
気を取り直し、品よく微笑むSILVER EYE。
「マスター、紅茶ください。ここは軽食店でしょう。休業日に申し訳ないけど、お願いします。
彼女を待たせていただきます。50年でも60年でも」


第20話(後半) 終わり
第4部 終わり

アレキサンドライト 終わり
あるいは THE BEGINNING 第1話から始める

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