話の流れの関係で、本来の時系列内で書けず、はじき出された断片のいくつか。


1 SILVER EYEの家・居間 (第14話 21のあと)

SILVER EYEと真子が話している。
「ええ。もう、休んでください。寝室を明け渡しますから」
「SILVER EYEさんは?」
「このソファで寝ます。これ以上手を出して真子さんを混乱させないように」
「ほかにも部屋はあるでしょうに」
「なるべく近くで眠りたいんですよ」

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SILVER EYEが毛布を持ち込みソファにセットしている。
「こんなものかな。風邪をひく季節でもないし」
ふと気がつくと真子が部屋の入口付近にいて、SILVER EYEを見ている。
「どうしたんですか。何か、足りない物でも?」
「ええ。大きな物がひとつ、足りなくて」
「何です」
視線をはずしていう真子。
「あのベッド、一人で使うと、少し広すぎるみたいなんですけど」


2 西川幼稚園・応接室 (第10話 6と7の間)

アレキサンドライト店内。
SILVER EYEの「お使い」のことで真子が赤井にいっている。
「それにしても、赤井さん、あのタイミングでなくても・・・SILVER EYEさんが来て、
姫子が目を丸くしてましたよ」
「いいんです、あれで」

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応接室で園長の姫子とSILVER EYEが向かい合って座っている。コーヒーが出ている。
SILVER EYEを冷静に見ている姫子。
「真子のことを教えてほしいといわれても、何をどうお話すればよろしいのかしら。そも
そも、失礼ですけど、あなたはどういう方?」
苦笑しているSILVER EYE。
「画家です。これだけだと、足りませんか」
「思い切り、足りませんね」
コーヒーを一口飲む姫子。
「と、いうのは嘘です」
「園長さん?」
にっこり笑う姫子。泣いている園児が見たらすぐにも泣き止みそうな、やさしさと強さが
調和した笑顔をしている。
「アレキサンドライトのマスター、赤井さんが伝令に使った人ですから。先日はどこまで
本当に急ぎだったか存じませんけど、私と顔を会わせるように、ここへ来させられたの
ではありません?」
「そうじゃないかと、思います」
「それなら、拒む理由はありませんね。真子のためにもなることでしょうし。マスターが
私にいわせたがっていることの見当はつくんですよ」
「お願いします、園長さん」
「プライバシーに係わりますが」
「でしょうね」
真剣な顔になる姫子。SILVER EYEも、表情をひきしめる。
「真子のお母さま、朱鷺の森の奥さまはずっと入院されてます」
「ええ」
「ご主人が事故でなくなったショックが原因ということになっていますけど、本当は、
真子と珠子さんを身ごもった時から変調をきたしているんです。元から神経が細くて
危なげな感じだったそうですけど、血の道のせいかしら、発病されて。日常生活に
ほとんど支障がなかったので、ずっと通院されていたそうなのですが、ご主人のこと
がきっかけで、症状が増悪して入院されました。宝飾業界では、以前から皆さんご存
じだったそうですけど、対外的には事故のあとから、ということになっているそうです」
「そうですか」
「それで、真子自身のことなんですけど」
コーヒーカップをもてあそぶ姫子。やがて、置いて、
「彼女、妊娠したら、母親のニの舞にならないかって思ってて、恐がっているんです。
子供好きなのは確かなんですけど、今のところ母親になる勇気がないんですよ」
黙って聞いているSILVER EYE。
「マスター、女性が説明した方が、まだいいと思われたんでしょう」
ふうっとため息をつく姫子。
「真子たち、物心ついたころから、お母さまに気を遣いながら育ったみたいです。まし
て、真子は真面目に受け止める方だから。それと、しつけの面とか、子育てとかで、
お母さま、やっぱり、お具合の関係からか、極端な面もあったらしくて。同じことを自分
が子供にしそうで恐いっていうのも、あるようですよ。真子としてはニ重に恐いんです」
「身近なモデルがそうだったから・・・」
「ええ。緑屋さんに話すべきことなのに、どういうわけなんでしょうね。でも、いいでしょ
う。こうして足を運んでくださいましたから」
「ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして。真子をよろしくお願いします。私は変なことをいってますね。
聞き捨ててくださって構いません」
辞去するSILVER EYE。
ひとりになった応接室で、姫子はもう一杯コーヒーを入れる。
「それなのに、まだ藍さんと燈子さんが産まれるんだもの。朱鷺の森さんが勝手だった
のか、奥さんがどんな状態でもいいというほど愛していたのか、他人が端から見ると、
わからないわね」


3 SILVER EYEのアトリエ(同じく第10話 10のあと)
イリュージョンから帰ってきたSILVER EYEが、なんとなく画集をめくっている。
「1月の誕生石はガーネット、別名ざくろ石。ざくろには伝説があるんだ。たしか、子供を
さらっては食べていた残酷な女神がいたそうで。お釈迦さまがその女神の子供を隠して、
子供を失った親の悲しみをわからせてから、子供の代わりにざくろを食べろと与えたと
いう。・・・シャーリーテンプルに使うグレナデン・シロップはざくろだけど、真子さん、母親
に食べられた自分を取り戻すために飲んでいる? ・・・穿ちすぎだね。それともう一つ、双
子のプルーデンシア、珠子さんがウォッカベースのカクテルが大丈夫なのに真子さんが
あまり飲めないっていう話。飲めないっていう自己暗示をかけてない? しつけの関係で
羽目をはずせない、はずしちゃいけない、飲んだら一般に要注意、いっそ飲まなければ
いい、飲めない・・・。まあ、この二つは考えすぎだろうね」


4 アレキサンドライト店内 (第11話 1のあと)

真子がおつかいに出ていった後、SILVER EYEがやってきた。
「こんにちは。紅茶、ください」
「はい。SILVER EYEさん、時間ある? あとでわたしのお話、聞いてくれませんか」
「構いませんよ」

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「ねえ、SILVER EYEさん、アレキサンドライトにいる時の真子ちゃん、どんな感じですか」
「どんなって?」
「喜怒哀楽という点で」
「喜と楽が主で、怒と哀はあまり見ませんね」
「でしょ?」
「それで、どうしました」
「それって地なのかなと、わたしとしては気がかりなんですよ。はっきりいって、心配です。
ブースターの暴走を恐れるあまりに感情を無理に抑えるか消してないかって思うんですよ。
まあ、結婚した後と、黒沢さん、金城さんが常連さんになってから、以前より自然に笑って
るように見えますどね。それでも、いつか、反動が来そうで、わたしとしては恐いです」


5 バレンタインデー二日後 グラデーション (同じく第11話 10のあと)

昼間のアレキサンドライト店内。
「そういう黒沢さんは、いかがでしたかな、バレンタインデー」
「お仕事半分、デート半分かにゃ」
「ほう?」
「編集さんに渡す前の原稿、藍ちゃんにグラデーションで読んでもらって、ビシバシ
いってもらったのがおととい。いわれたところを直して、読み直してもらったのが夕
べだよん。下手な編集さんより、ずっと的確なこといってくれるんだもんね」
「秘書状態ですか」
「読者さん。ちなみに、チョコ、もらってません。いいけど、さっ」

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黒沢がグラデーションに行くと、先に藍がきていた。ベリーニのグラスをかたむけ
ている。
「やっほう、こんばんは、藍ちゃん」
「こんばんは、黒沢さん。原稿、どうなったの?」
「ん〜、今日、編集さんに渡したよん。すっごくいいっていわれた。あんがとねっ、
藍ちゃん」
「どういたしまして。生原稿なんて、早々見られるものじゃないし。楽しかったわ」
「お礼におごらせてもらえない?」
「それは、今日のところはお断り」
「あ、そう」
注文に迷う黒沢。
「えーと、今日はどーしよう」
店主はすでにカクテル作りにとりかかっている。
「マスター、おいら、まだ頼んでないけど」
「藍さんから承ってます」
「へ?」
「おごるわ。いいから、黙って待っててよ」
「はーい」
クレーム・ド・カカオ四分の三に生クリーム四分の一を順にリキュール・グラスに混ざり
合わないように注ぎ、マラスキーノ・チェリーを刺したカクテル・ピンをグラスに渡して飾
る。リキュールの比重を利用して作る、プース・カフェの1種。
「どうぞ」
「はい。あんがと」
ちらっと藍の様子をうかがう黒沢。黒沢を横目で見ている藍。
「あの〜、藍ちゃん、これ」
「質問は、マスターにどうぞ」
「マスター、これは何ていうんでしょーか」
「エンジェル・ティップです。日本でだけはエンジェル・キッスといいますが。エンジェル・
キッスには、ほかの処方があるのにね」
「はあ」
「二日遅れのバレンタインデーですよね、藍さん」
「おおっと、藍ちゃんっ」
「はっきりいっておきますけどね、義理よ、義理っ。それと、この間のひとりごとのお礼っ」
黒沢の言葉をさえぎるようにいう藍。
「はあ。二日遅れで甘い義理カクテル。義理堅いのね、藍ちゃん」
「この二日、原稿でそれどころじゃなかったから遅れたのよ。カクテルは甘くても仕事は
甘くないものでしょっ」
「ごもっともです」
「ビールでなくてごめんなさい。嫌だったら、飲まなくていいから」
「喜んで飲ませていただきます」
知らん顔でグラスをふいている店主。
「このお二人、お互いにどこまで自覚しているんだろう」


6 グラデーション(第16話 7 の数日後)
真子とSILVER EYEがいなくなり、GREY EYEがアレキサンドライトに初めて姿を現した
数日後。

朝からの嵐が収まらず、開店したものの客が来ることをさほど期待していない60代の
店主。今日は新種カクテルの考案で終わるかと考えていたところに、ドアが開いた。
若い男女が入ってくる。水色ベースのマドラスチェックのシャツと白いズボンの男性。
女性は白いブラウスに水色のスカート。ペアルックになっている。恋人同士かなと当た
りをつける。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
「おじゃまします」
男性は初めての客。育ちのよさそうな、若いような、そのくせずいぶんと落ちついた
ような。そして女性は・・・店主はおや、という顔を一瞬する。
「なにか?」
にっこりの笑顔で女性が尋ねる。瞳がいきいきと輝いている。
「いいえ、何でもありません。失礼しました」
ほかに客のいないカウンターに並んで座る。
「外の嵐、すごいんじゃありませんか」
「ええ。雨足は強いし」
「風もすごいですよ」
そう答える割に、ここへ来るまでの道のりでくたびれた様子がない。あらためて見ると、
服がまったく濡れていない。傘立ての傘も同様できれいにたたんである。まるで、家の
玄関内から、地下一階のこのバーの玄関の外まで、一瞬で跳んできたように。
「ご注文は」
男性がいう。
「ワインベースがいいけれど、何か、ありませんか」
ふっと店主の頭に浮かんだのはアドニス。ドライ・シェリー三分の二、スイート・ベルモ
ット三分の一、オレンジ・ビターズ1ダッシュをステアしてカクテルグラスに注ぐ。好みで
オレンジ・ピールを絞りかける。ワイン同士の組み合わせが珍しく、食前酒の傑作とさ
れている優雅なカクテル。
「アドニスはいかがですか」
くすりと品よく笑う客。
「お願いします」
「それで、お連れのかたは」
「ごめんなさい、ソフトドリンクで」
「どうぞ、ご遠慮なく」
「シャーリーテンプルお願いします」
「かしこまりました」
手早く、そして注意を払ってつくり出す店主。聞くともなしに二人の会話が耳に入って
くる。
「一度ね、来てみたかったんです」
「もっと早く来ればよかったのに、真子さん」
「でも、藍たちに悪い気がして」
「気兼ねすること、ないのにな」
やはり、藍さんや珠子さんの縁者か。そっくりだ。でも、藍さんを呼び捨てにするって?
若く見えるけれど? たしか、今、真子と聞こえたし。いや、まさか。考えごとを頭から追
い出し、手元に意識を集中する。
「どうぞ」
「ありがとう」
地上の嵐に関係なく、グラスがかたむけられる。客の会話はガーデニングと絵画の話が
混ざり合っている。洋画の背景に描かれている花は大体実在している、など。どうやら男
性は絵を描くらしい。プロかな? SILVER EYE? シア? 女性が相手をそんな風に呼んでいる。
偉ぶらず自然に話す男性に好感を持つ店主。女性は楽しそうに聞いている。ときおり、質
問や感想、意見もいう。端で聞いていても、心地よい雰囲気。
2杯目の注文を受ける。
「どうされます?」
「今度は白で」
「辛口でよろしいですか」
「いいですよ。できれば、ジンと合わせて欲しいけど」
「ちょうどいいのがあります」
バー・ラジオのオリジナルを持ってくる。辛口の白ワイン三分の一、ドライ・ジン三分の二、
ライム・ジュース1ダッシュ。ステアしてグラスへ注ぐ。作っている間、「フィリアス」「翔」と
いう単語が聞こえてくる。
「どうぞ」
「ありがとう。それで、このカクテルの名前は?」
「プレリュード・トゥ・ア・キッス」
客二人の顔がほころぶ。つられて店主も笑う。女性に聞いてみる。
「2杯目、どうされます?」
「レモネードみたいなもので、赤い物、ありませんか。シャーリーテンプルでなくて」
「ソフトドリンクで?」
「はい」
カリフォルニア・レモネードのウイスキー抜きにしようと考える。ウイスキー30ミリリットル、
レモンジュース10ミリリットル、ライムジュース10ミリリットル、グレナデン・シロップ ティー
スプーン1杯をシェークしてグラスに注ぎ、氷を加え、冷やしたソーダで満たす。それを、
ウイスキー抜きにしてレモンジュースとライムジュースを同量ずつ増やす。「おいしい」と
喜ぶ女性客。こういう貸し切りもいいと思う店主。なんだか妙に楽しい気分だ。
「真子さん、無意識にブースターやってるでしょう。僕には影響がないけど、ほかに出て
いるじゃないですか」
「そうみたい。どうしましょう」
「楽しいから、いいでしょう」
そうそう、何だか知らないけど、楽しいことはいいこと。
「そろそろ国に」という会話の断片が聞こえてくる。親御さんに「結婚する」って紹介しに
いくのかな? おめでたいじゃありませんか。
二人のグラスの中身をチェックする。もうじきなくなりそうだ。3杯目の注文があるだろ
うか。それとも、お勘定? せっかく楽しいから、もう少しいてくれないかな。いっそのこと、
このまま時間が止まればいいのに。あるいは、店の中の空間だけ、ほかと切り離して、
ずっと注文を受け続けていられたら。
男性が店主に声をかける。
「マスター」
内心を顔に出さず、店主は応えた。
「はい、何でしょう」


第19話 終わり

第3部 終わり

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