1 アレキサンドライト店内
第17話から1年後・・・。

休業日の昼前。店内には赤井と要の二人だけがいる。客席でキャメルをふかしている
要。左手薬指に指輪をしている。
「親父、コーヒーでも入れようか」
カウンターでぼんやりしていた赤井は、
「いや、いいよ」
「昼めしでも作ろうか?」
「いや、まだいい」
「そうかあ」
煙草を消して立ち上がる要。
「いい天気だよなあ。行楽日和ってやつだぜ」
「舞子ちゃんとGREY EYEさんはでかけたんだっけ」
「そうだよ」
「どこだったっけ」
「とにかく、どこかの公園だったぜ。GREY EYEが好きだから。舞子も嫌いじゃないしよ」
「仲がいいね」
「仲良しこよしだぜ。あれなら千年行くんじゃねえの」
「オーロラたちの饗宴」を見ながらつぶやく赤井。
「あの二人も、いずれ前ぶれなくいなくなってしまうのかな」
「そんなわけはねえだろ。誰も反対してるわけでなし、マスコミに狙われてるわけでもなし。
そりゃあ、ずっといたら年をとらなくて不思議だって話にゃなるだろうけどよ。そうしたら、
引っ越しでもするかぁ? あとはGREY EYEがいつ帰る気なのかってのもあるが。でも、俺
たちにはいうんじゃねえの?」
「ああ・・・そうだな」
店の入口に飾ってある、十五夜用のすすきを見る要。
「どうして月にうさぎがいるってことになってるんだっけ」
「インドの説話集・ジャータカからでしょう。施しの日に、僧侶へあげる食べ物がなかった
うさぎが、自分の身を焚き火で焼いて食べてもらおうとするんですよ。それを知っていた
僧侶の火は、冷たくてうさぎの体を焼きはしませんでしたがね。で、僧侶はうさぎの行いを
世界中に知らせるために一つの山を押しつぶし、その山から出た汁で月の表面にうさぎ
の姿を描いたんです。それで、月の中にうさぎがいるっていう話になったんですよ」
「ふーん。それとバニーガールの間に関係はないよな」
「どう考えても、ないでしょうね」
ふき出す赤井。要はそれを見てひとりごとで、
「やっと笑いやがった、親父」
「オーロラたちの饗宴」を見て、赤井に気づかれないよう、こっそり話しかける。
「一年以上音沙汰がないから、このごろがっくりしててよ。なんとかしてもらえねえかな、
SILVER EYEさん」
赤井が立ち上がる。
「すまない、要。午後は出かけるよ」
「いいぜ。俺アいるから」
「もし出かけるなら、戸締りだけしておいてくれ」
「へーい。それで、どこへ」
「あっちこっちだ」
「あいよっ。晩めしは栗おこわにするぜ。皮は俺が剥いてやらあ」
店内の電話が鳴った。近くにいた赤井がとる。
「毎度ありがとうございます。アレキサンドライトです・・・ああ、はい・・・要、お前にだ」


2 同時刻 とある公園
付設されたミニ動物園に舞子とGREY EYEがいる。係員の指導に従ってうさぎを抱いて
いる舞子。赤いツーピースに白いうさぎが映える。舞子はルビーのイアリングをしている。
GREY EYEは脇でにこにこと舞子を見ていた。


3 午後 横浜・山下公園
赤井が、水の守護神像近くの芝生に寝ころんでいる。開いた雑誌を顔に乗せ、昼寝の
態勢。青いジャンパーを着込んでいる。横浜港に面した道路で大道芸人がパントマイム
を演じている。芸人に贈られる観衆の拍手も、赤井の関心をひかない。大道芸人が去り、
人だかりが崩れた。しばらくののち、赤井の体の上に人影が落ちた。若い男女の声が
赤井を呼んだ。
「マスター」
「赤井さん?」
動かない赤井。「とうとう、幻聴か」とそのまま、くぐもった声でいう。
「マスター、幻聴じゃありませんよ」
「赤井さん、赤井さんっ」
そろそろと雑誌をずらす赤井。わずかな隙間から見上げる。SILVER EYEと真子の
姿が赤井の目に映る。
「今度は幻覚かな」
「しっかりしてくださいよ、マスター」
「赤井さん、私です」
ぎゅっと目をつぶる赤井。
「アレキサンドライトに現れるならともかく、こんなところに来るものか」
「出かけられた後だったので、アレキサンドライトから意識を追跡してきたんですけ
どね」
「今度は見失わなかったんです、この人」
「チェイス?」
がばっとはね起きる赤井。雑誌が芝生の上に落ちる。赤井の様子をうかかがって
いた二人をまじまじと見る。
「本っ当に本物? SILVER EYEさん、真子ちゃん」
「ええ」
「本物ですよ」
SILVER EYEが手を差し伸べて赤井を立たせる。
緋色のブレザーにロイヤルレジメンタルのネクタイのSILVER EYE。昔ながらの品の
いい微笑みを浮かべている。白いワンピース姿で瞳を輝かせ、赤井を見ている真子。
腕には、おくるみに包まれた生後2か月くらいの赤ん坊が抱かれていた。眠っている。
SILVER EYEたちは20代の若夫婦のように見えた。
「お久しぶりです、マスター。ようやく来ました」
「一年前、赤井さんがお店で泣いてたの、知ってたんですけど・・・「オーロラたちの饗
宴」がよくやってくれてるから・・・でも、来れなくて。ごめんなさい」
「いや・・・いや・・・いや・・・。こうして会えれば、いいよ。元気だった?」
うなづく二人。赤井はこの一年で白い物が混ざり始めた自分の髪に触れながら、
「あらためて見ると、本当に君たち年をとらないな。わたしだけが先にいってしまった
ようだ」
「僕たちもゆっくり年をとってるんですけどね」
「止まって見えるよ。それで、その子は?」
「それはまあ、いわずと知れた」
にこりとするSILVER EYE。
「赤井さんったら、わかってて・・・」
真子が赤くなる。赤井は目を細める。
「子供ができたんだね。おめでとう。男の子? 女の子?」
「男です」
「お腹の中にいる時間って、人間と同じなんですよね。この子のこともあって、体にもし
ものことがあったらっていわれて、それで、来れなくって」
「そういうことで後回しにされてたんだったら、大喜びですよ。名前は?」
「父親と同じにしたんですよ、赤井さん」
「シア・・・か」
「GREY EYEがいるから、僕の本名も知られてましたっけ」
「いずれ、この子も伴侶を探しに、こっちに来るの?」
「ええ、きっとね。どんな風に探すつもりかな」
赤井がにやりと笑う。
「この子も「オーロラたちの饗宴」みたいなものを描いたりして。ね、SILVER EYEさん、
真子ちゃん」
「また盗難はごめんです」
「行き違いとか回り道はして欲しくないですよ」
「その時はアレキサンドライトに寄るようにいってくださいよ。それまでお店があると
いいけど」
亜麻色(あまいろ)の髪をした若い娘が、そっと近づいてきて、真子から赤ん坊を受け
取る。三人に一礼して、向こうのベンチへ行く。
「いいの?」
「いいんです。赤井さんに会わせたあとは、あの子は彼女たちにまかせて・・・」
「彼女・・・たち?」
「このあたりに、目立たないように何人かお供がいるんですよ。護衛でね」
「王子さまご夫妻だものね」
「いや、僕らは自分の身は守れますから。子供の方を守ってるんですよ」
「道理だね。で、これから?」
「赤井さん、せっかくだから、三人で横浜見物しませんか。積る話もありますし」
「そうだね。わたしのほうにもおめでたい話がありますよ。聞きたいこともあるし」
「ホープダイヤの翌晩ですか。あの晩は、僕がいなかったものだから、少し話がこ
じれて」
「それで、SILVER EYEさん、わたしは縁結びになる失敗でもしたんですか」
「まあ、似たようなものですね。それがなくても、いつかは何とかするつもりでした
けど。とりあえず、マスターのお陰かな」
「そういう話はお茶でも飲みながら、ね、赤井さん、SILVER EYEさん」
「真子ちゃん、まだSILVER EYEさんて呼んでるの?」
「そう呼ぶのが長かったものですから」
「僕の方も相変わらず、真子さんって呼んでますけどね」
「やれやれのお二人ですね。それこそ先は長いから、いずれ変わるんでしょ」
真子をまん中に、三人で歩きだす。海を右手に見て、公園を縦断する方向に進む。
潮風が三人の体を等しく撫ぜていく。
「マスター、どうして横浜に来たんですか」
「いやあ、なんとなく」
「私は横浜好きだから、追って来れて嬉しかったですけどね」
「そうだ、あの夏休み、真子ちゃんが横浜に行くとか行きたいとかいってたから、そ
れが頭にあったんだ」
「マスター、黒沢さん並みの記憶力じゃないですか」
「いやあ、あの夏は記憶が鮮明なところとあやふやな部分が入り混じっていて」
「すみませんでしたね。きちっと話しますから。整合させますよ」
「赤井さん、ルノアールまで、足を伸ばしません?」
目立たないように同じように移動を始めた者がニ、三人。赤ん坊を抱いた亜麻色の
髪の娘はそっと見送っている。彼女の回りにも、護衛が数人。
赤井、SILVER EYE、真子の三人は、見た目に親子ほどの年の違いがあるにもに係
わらず、親しい友人たちが連れ添う雰囲気で歩いていった。


第18話 終わり


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