8 翌朝 アレキサンドライト店内
開店前、赤井とSILVER EYEが話している。紅茶を飲みつつ、いつもの席に
座っているSILVER EYE。黒沢用のガーリックトーストを焼いている赤井。
「藍ちゃんの仕事のフォローねえ。自分がばててる時に、真子ちゃん、そん
なことまで心配してるの?」
「妹だから、気になるんじゃありませんか」
「それはあるでしょうけどね・・・。気苦労が多いな、真子ちゃん」
「でも、一人で背負ってないで、誰かに頼むようになってますし、いい傾向
ですよ」
「たしかに。藍ちゃん、明日やるはずです。今日は別口の用事があって、
こっちはお休みしてます。それで・・・本人には内緒ですよね」
「そうです」
「元から一人でやってた子ですし。まあ、わたしからもよろしくお願いします
ね」
黒沢がドアを開けて入ってくる。
「おっはよーございます。開店時刻でしょー。マスター、いつもの、お願い」
「おはようございます、黒沢さん。少々お待ちください」
「おはようございます、黒沢さん」
「おおっ、SILVER EYEさん、おはよっ。ごぶさただねっ」
まっすぐに進み、立ったままでSILVER EYEに迫る黒沢。
「真子ちゃんはどうしてるの、元気?」
「どうして僕に聞くんですか」
「しらばっくれなくていーから。もう10日経つじゃない。さすがに心配になって
きたっ。家にいるってゆーけど、別に、びょーきじゃないよね」
黒沢の表情をじっと見るSILVER EYE。本気で心配しているのを見てとり、
正直に答える。
「疲れがたまってるので、保養ですよ。もう2、3日で出てこれるんじゃないか
な」
「あ・・・そっ。ちょっと安心」
すとっ、と自分の席に座る黒沢。
「どーしてそれをSILVER EYEさんが知ってるのかは追及しないであげるから。
ここんとこ、アレキサンドライトにごぶさただったけどさーっ」
「僕はアトリエで仕事してましたよ。このところ、押していて。真子さ・・・ん、と
は絵を媒体にして会ってますので」
「SILVER EYEさんがそーゆーこというと、冗談に聞こえないから、恐い〜っ」
「本当のことですから」
「ひいいっ。ついでに、聞こう。この10日くらい、「オーロラたちの饗宴」がひま
そーにしてるよーに見えるんだけどっ」
「黒沢さん、その感覚、自信持っていいですよ」
「かえって恐ろしーんだけど・・・」
「お待たせしました」
赤井がガーリックトーストとサラダ、一杯目のコーヒーを運んでくる。
「あんがと。あ・・・藍ちゃんは今日、お休みだったっけ」
「そうです。ちなみに、明日もです」
「藍ちゃんに「はい」っていわれるのになれてきたのに。つまんないにゃ」
「黒沢さんの秘書になるんでしょ。そっちの仕事でいうようになりますよ」
「そりゃそーだけどさぁ。ウエイトレス口調と秘書口調は違うんじゃない?」
「ごちそうさまでした」
席を立つSILVER EYE。
「早いね、SILVER EYEさん」
「だから、仕事が押してるんですよ」
「ありがとうございました」
レジを打つ赤井に、SILVER EYEがそっという。
「黒沢さんは明日、尾行しないみたいですね」
「藍ちゃんにおまかせの心境のようです」


9 とある病院
藍と燈子が正門から出てくる。
「くたびれたーっ。藍お姉ちゃん、なんか、栄養のあるもの食べようよ」
「ストレス太りはしたくないわね」
「気分が落ち込むより、いいっ」
「おいしいものを少し、食べようか」
「賛成っ。で、どうしてタクシー呼ばなかったの。バス停まで、ずいぶん
あるのに」
「気分転換に歩きたかったから。私だってくたびれてるのよ。体を動か
したほうがよさそうな感じよ」
「はーいっ」
「お見舞いといっても治療の一環だから、こっちも、それ相応の気力は
必要なのよ」
「そうだね」
「またそのうち、誘うから。よろしくね、燈子」
「できればもう勘弁して欲しい」
「だめっ。真子姉さん一人にずっとさせてたんだから。もう限界だってば」
「そりゃそうだけどぉ・・・私にも高校生ながら生活があるよぉ・・・」
「私たちの生活が犠牲になっちゃいけないけどね、ま、バランスとりながら、
行きましょう」
空のタクシーが藍たちを追い越そうとする。手を上げて止める藍。
「燈子、ここまで歩いたら、あとは乗っていきましょ。・・・駅前までお願いします」


10 夕方 真子の家
仕事帰りの翔が立ち寄っている。居間でコーヒーを出している真子。
「もう、新生活は落ちついた?」
「おかげさまでね。仕事も、周りのフォローに助けられてる」
「ご謙遜でしょ、翔君」
「かもな。古株連中に、負けやしないさ。創業者一族の威光だけで仕事をして
いるとは、いわせない」
自信ありげに笑う翔。
「畑違いの武者修行が役に立ったのかしら。 でも、昔から翔君、強かったから」
「そうでないと、珠子を守れなかったからな」
「ナイト修行は長いのよね」
「俺と珠子のことはとりあえず置いて、だな」
コーヒーカップを置く。
「藍から連絡がきた。お母さんの見舞いの誘いだった。珠子を迂回して、俺
あてだぞ」
「翔君に先に相談するのは、正解だと思うわ」
「俺もそう思う。今回は見送らせてもらった。急だったし、俺一人でいっても直
接役に立つことはないからな。結婚前に珠子と挨拶には行ったが、それっき
りだ」
「ええ」
「珠子が行かないことには、進まないだろ」
「行けるかどうかの見極めを翔君に頼んだわけでしょ」
「そうなんだ。これから少しあわただしくなるが、それでも合い間に、なんとか
行けると思う。俺もついて行くから、心配しなくていい」
「ありがと。珠子が行けるって、すごいと思うわ」
「こっちも、事態の変化があってな。珠子も強くなりそうだ。詳しくは、いずれ
本人が電話すると思うが」
「待ってるって、伝えてね」
「ああ。孤軍奮闘の真子に倒れられちゃ、たまらないしな。ところで、緑屋さん
はお前の休みのことを知ってるのか?」
「いってないの」
「夫婦は様々というけどな・・・」
ため息をつく翔。
「その上、アビルージュの移り香がしてるって、どういうわけだ?」
「あの・・・スペキュレーション(スペードのエース)は使ってるから、翔君」


11 翌日 アレキサンドライト店内
開店と同時にやってきた黒沢がいつもの席に陣どり、朝食とコーヒー3杯を
胃におさめたあとも、VAIOに打ち込みをして、一向に席を立とうとしない。
今日のおすすめランチの仕込みチェックをしながら、赤井が尋ねる。
「黒沢さん、追い出すつもりはないけど、どうしたんです?」
「お仕事してるんです、おいら」
「それは、わかりますが。ここでされるのって初めてでしょ」
「藍ちゃんが来ないかなって、思ってさっ」
「彼女、今日はお休みですよ」
「休みの日にバイト先に食事にきちゃいけないって法はないでしょ。グラデ
ーションが開くにはまだ早いし」
「それは、そうですけど」
「ちょーっとだけ心配だから、無事な顔を見たいのっ。おいらがつきまとっ
たらお邪魔だろうしね。行き先聞いてないし。待ちの構えなのっ」
「はあ。お気の済むまで、お待ちください」
「ごめんね、マスター。ランチはちゃんと頼むから」


12 同時刻 街角
コーンフラワーブルーのジャケットを着た藍が、ショーウィンドーをのぞくふ
りをして周囲をうかがっている。
「黒沢さん、今日はいないの? そんな、急に尾行が上手くなったとは思えな
いけど」
首を傾げながら歩きだす。
「なんとなく寂しいって思うのは、気のせいよね」
半ブロック遅れてSILVER EYEがあとをつける。
「追いかけているのが僕ですみませんね、藍さん」
藍に続いて5階建ての某宝飾店に入っていく。


13 宝石店内
藍が3階のフロアーを歩いている。のんびりとしたふりで誕生石のディスプレ
イコーナーにいる。
「なんだか、嫌な気がするわ・・・」
一方、1階のセールを見ているSILVER EYE。さりげなく警備員の配置などを
見る。
「どうも、あやしいな。スプリンクラー? 防犯カメラ? 警報装置? それともシャ
ッターか。藍さんを止めたほうがよくないかな」
SILVER EYEが考えていると、藍が1階に降りてきた。SILVER EYEは、自分
に気づいた藍にそっと合図した。相次いで店を出る。
店を出て数十メートル歩き、立ち止まる。ウェディングドレスのディスプレーを
している店頭で、カップルで見とれているふり。
「画家さんじゃない。お久しぶりね。アレキサンドライトのクリスマスパーティー
以来?」
「そうですね。お久しぶりです」
「どうしてあの店に来てたの」
「出まかせで切り抜けられるとは思えませんね。上のお姉さん、真子さんに
頼まれました」
「なぜ」
「最後の仕事をしくじらないように見守って、もしものことが起こったら、フォロ
ーを、ということです」
「そんなだから、アレキサンドライトを休むことになるのよ、真子姉さんてば」
しかめっつらの藍。それでも、どこか嬉しそうな表情をしている。
「心配を応援と認識して、見事いただいてみせましょう。でも、なんとなく、おか
しいのよね。それで、一回、出てきたの」
「藍さんも、そう思いますか」
「どこがどうっていえないけど、黒沢さん式にいう、「あやしーっ」のよ。まさに、
データと経験に基づく論理的思考の結果、計算式表示を略して頭に答えとし
て出て来るもの、だわね」
「勘、ですか」
「盗用で悪いけど、まさしく、その気分よ」
「聞いたら喜ぶんじゃありませんか。それで、どうしますか。あやしいから撤退
ですか」
「ここで退きたくないわ。転職するから、決着をつけたいの」
「お手伝いしましょうか」
レストランで椅子をひくような口調のSILVER EYE。
「遠慮しないわ、手伝って」
ドアを開けてもらうようにいう藍。
「一回きりのコンビですね」
「面白そうじゃない」


14 アレキサンドライト店内
午後3時過ぎ。黒沢が黙々とVAIOに文章を打っていく。
「もう、ペース上がっちゃって、上がっちゃって、大変。一週間遊んでても支障
ないくらい、はかどっちゃったよん」
「黒沢さん、ひと休みしてコーヒーでもいかがですか。お代はいりませんから」
「うんにゃ、いらない。ごめんね、マスター。せっかくの申し出を」
「いえいえ」
「藍ちゃん、遅くない? それとも、アレキサンドライトには寄らないのかにゃ」
と、ため息をつく黒沢。
ドアを開けて藍が入ってきた。
「マスター、ホットココアくれる? ちょっと疲れたわ」
「はいよ、藍ちゃん」
「おかえりー、藍ちゃん。おかえりって、変かにゃ」
「ただいま、黒沢さん」
自然に、黒沢の向かいに座る藍。
「どっか行ってたの、お疲れさま」
「ウィンドーショッピング。つい、調子に乗って歩きすぎたわ」
「その情熱たるや、すごいね」
「どうぞ」
赤井がココアを出す。
「ありがと」
「藍ちゃーん、ひといき入れたら、映画でも観に行かない?」
「ものによるわね」
「なぜか今ごろ上映してる「ユージュアル・サスペクツ(常連の容疑者たち)」な
んて、どう? 皮肉じゃないよっ」
「一回観たし、テレビでも観たわ。でも、あれは好き。行きましょ」
「やったあ」
やがて席を立つ二人。会計時、黒沢の注意がそれている間に、藍が赤井に、
「向こう一週間、画家さんの紅茶代、私が出すから」


15 絵の中の迷宮
すっかり表情の明るくなった真子に、SILVER EYEがことの次第を話している。
「つまり、藍を待ち構えていたわけですか」
「ええ。いわゆる、白昼の発煙筒使いに対して、身構えていたんですね」
「あの子、あの手段が好きですから・・・もう、過去形ですけど」
「スモークが出たら、問答無用でターゲットのあるフロアのシャッターを降ろす
計画でした。お客と泥棒を一緒に閉じ込めて、あとは中にいる人間をチェック
していくという・・・」
「乱暴な話ですね。本当の火事だったら、どうするつもりだったんでしょう」
眉をひそめる真子。
「そんな警備計画を許すところだったら、ターゲットだけでなくて、根こそぎ持っ
ていきたい気分です。どんなディスプレーをして、どういう売り方をしているのか
しら」
「藍さんも同じ意見でした。それで、そのフロア、根こそぎいただいてきました」
「あら、やりましたね」
SILVER EYEがにこりと笑う。
「それくらい、いえるようになったなら、大丈夫そうですね」
「あの、それで、どうやって逃げ出したんですか」
「シャッターがしまった段階で、その場にいた全員にマウストラップをかけまし
た。絵に入れるのでなく、その場で、目隠しだけしまして。動かなければ、別に
怪我もしませんしね。仕事が済んでから、シャッターには触れずに隣のビルに
テレポートしました」
「反則技ばかりですね」
ふき出す真子。
「スポーツの試合をしているわけじゃありませんからね。使える手段を使って、
目当てのものを手に入れて、無事に逃げたものの勝ちです」
澄ましているSILVER EYE。
「もう少しエレガントにやりたかったんですけど、あの場合、ほかに方法もあり
ませんでしたから」
「お疲れさまでした」
にっこりと笑う真子。恐れ入って礼をいうのでなく、気を許した話し方。
真面目な顔で真子を見るSILVER EYE。
「ルールを厳守しないといけないことの場合は、守ります。それと、お礼は藍
さんと相談して、もうまとまってますから、気にしないでください」


第12話(2) 終わり

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