1 アレキサンドライト店内
黒沢がガーリックトーストを食べている。
「真子ちゃーん、コーヒーもう一杯、ちょーだい。アップルパイも1つねっ」
「はい」
真子が2杯目のコーヒーとアップルパイを運ぶ。
「あんがと。立春過ぎたし、バレンタインデーも近いけど、真子ちゃん、どーす
るの?」
「普段、あまり主人に尽くしていませんので、チョコレートケーキとチーズケー
キを焼きます」
「チョコレートケーキはわかるけど、どーしてチーズケーキが出てくるのっ」
「主人が好きなんです」
「ふえーい、ごちそーさまっ。話題、変えよう。2月の誕生石って、アメジストだよ
ね。紫水晶」
「そうです」
「真子ちゃんが婚約指輪にもらったやつ」
「黒沢さん、記憶力いいですね」
「いつかネタにならないかって、頭ん中には雑多なこと詰め込んでるからさあ。
なんか、アメジストにまつわる話、ない?」
「持っているとお酒に酔わないといわれています」
「ふうん。真子ちゃん、ひょっとして、お酒は苦手?」
「あまり飲めませんね」
「藍ちゃんはいける方なのにね。姉妹でも違うのかあ」
「双子の妹もそれなりに飲めますから、遺伝だけではないみたいですね」
「個々の体質? 性格?」
「さあ」
のんびりと笑う真子。
「このごろ、時々、グラデーションで藍ちゃんとご対面しててね」
「あの子、失礼なこといってませんか」
「おいらの原稿に対して、歯に衣着せぬご意見をくださってて、ありがたい
です」
「すみません」
「うんにゃ、指摘がいちいちごもっともでさっ。それも、前向きにいってくれ
るから、助かるの。ほんとに、ありがたいよ」
「よかった」
「てなわけで、コーヒーもう1杯、ちょーだい」
「はい」
3杯目のコーヒーを飲み終えた黒沢は出ていった。時計を見ながら目を細
くしている赤井。
「真子ちゃん、おつかいにいってくれる? 午後はお店閉めるから、そのまま
帰っていいよ」
「はい」
真子が出ていった後、SILVER EYEがやってきた。
「こんにちは。紅茶、ください」
「はい。SILVER EYEさん、時間ある? あとでわたしのお話、聞いてくれませ
んか」
「構いませんよ」


2 幼稚園 園長室
姫子が再び赤ん坊を抱いている。コーヒー豆を届けに来た真子が、そのまま
腰を落ちつけている。
「マスターには、急がなくていいって、いっておいたのに」
「几帳面な人だから」
「だわね」
「で、今日のその子は?」
「また、別な人の子」
「1歳くらい?」
「1歳3か月。ちょっと小柄なの。女の子よ。ベビーシッターになった気分だわ」
「満更じゃないんでしょ、姫子」
「たしかにね」
「抱かせてっ」
「そういう真子だって・・・はいっ」
真子が姫子から赤ん坊を受け取る。
慣れた様子で赤ん坊を抱いている真子。
「ねえ、真子」
「ん? 何」
「ごめんね、この間の伝令さん」
「伝令って?」
「マスターの伝言持って来た人」
「ああ・・・SILVER EYEさん」
「あなたの恐がってることの中身、話した。何か、妙なことになってるみたいだ
けど」
「うん」
「脇から余計なことして、ごめん」
「いいの。私がぐずぐずしてたから」
「そう? 」
ドアが開き、事務員が入ってきた。
「真子、ごめんね。その子返して」
事務員に抱かれる赤ん坊。そのまま会釈して出ていく。
「さて、と」
真子を振り返る。
「バレンタインデーが近いけど、チョコを贈る相手がいないんだわ。真子、い
い人がいたら、紹介してね」
「ええ」
「この間の伝令さんは、私には駄目なのね」
「うん・・・」
ウインクして、
「相談があれば、いってよね。大丈夫そうだけど」


3 アレキサンドライト店内
早々と閉店している店内。話が済み、SILVER EYEが帰りじたくをしている。
緋色のカーディガンの上にチェスターフィールドコートを羽織る。
「園長さんの件に続いて、ありがとうございました」
「いえいえ。その辺、頭に入れておいてね」
うなづくSILVER EYE。
「知ってて、何かできるってものでもないけど、知ってるだけでも、違うかと思い
ましてね、真子ちゃんをよろしく」
「彼女自身で、いずれ何とかすると思いますよ。何しろ、「オーロラたちの饗宴」
を盗んだ人ですから」
品よく微笑むSILVER EYE。


4 とある宝石店
藍が通りからショーウィンドウをのぞいている。アメジストの指輪、ペンダン
トがディスプレイされている。
「やっぱし、誕生石に合わせてウィンドウを飾るんだねえ」
隣で、のんびりとした黒沢の声。
「当たり前でしょ」
「2月はアメジスト。持ってるとお酒に酔わないといわれている石」
「よく調べたじゃない。原稿はもう上げたの?・・・」
「ユーモア !」
「・・・SF本格推理作家」
「勝った・・・。ユーモアを頭につけたぞー。藍ちゃんのいうタイミングが、わか
ってきたよん」
「負けた・・・みたいだけど、何の意味があるのよ」
「気持ちの問題です」
「阿呆らしい。それで、今日はどうしてアポとって人の買い物にくっついて
くるのよ」
「アメジストのレクチャー、お願い。実地見学つきで」
「一人でいけば?」
「度胸が足んなくって、さっ」
「ダウトっ !」
「おいら、7並べの方が好きです」
「二人でやったら、不毛だわ」
店内をひやかして回る。
「次のお店、いくわよ」
「はーいっ。何件いくのよ、藍ちゃん」
「時間にもよるけど、7、8軒回りたいわね」
「で、一つに決めて、そこに戻って買うとかぁ」
「買わない可能性の方が高いわ」
「きびしーっ・・・」
「買うつもりでいいものをたくさん見て、実際に買っていかないと、宝石を見る
目って、できないのよね。でも、今日は多分、見るだけ」
「はあ・・・」
「何か質問は?」
「話が変わりますが、アメジストは何を象徴するんでしょーか」
「誠実」
「あ・・・そうなの」


5 隣駅前の喫茶店 アスコット
SILVER EYEと真子が四角いテーブルを直角にはさんでアフタヌーンティーを
つまんでいる。三段重ねのサンドイッチスタンドに一口サイズのケーキやスコ
ーン、タルト、サンドイッチ、クッキーなどがたっぷり盛られている。紅茶を飲み
つつ、ゆっくり食べている。
満足気な顔のSILVER EYE。
「改札口の待ち伏せが、成功しました。幼稚園帰りですね」
「私が来なかったら、どうするつもりだったんですか」
「午後が空いてるなら、来るんじゃないかって、勝算があったので」
「答えになってませんよ、SILVER EYEさん」
「終わりよければすべてよし、です」
澄ましているSILVER EYE。
「だって、この間、おいしかったし・・・」
「イリュージョンは燈子さんがこのごろお気に入りで金城さんをひっぱり出して
いるし?」
「SILVER EYEさん・・・」
心もち赤くなっている真子。
「基本的に、変わらないんだ」
くすくす笑うSILVER EYE。と、真顔になって、
「相談も聞けて、よかったです。アレキサンドライトじゃ、切り出しにくいでしょうし」
「ええ」
「一週間くらい、ください。アレキサンドライトに持っていきます」
「よろしくお願いします」
「それまで、大丈夫ですか」
やや心配そうなSILVER EYE。
「大丈夫・・・と思います。ずっとそうだったんですから」
「そろそろ限界なんでしょう? だから、こんな相談になるんだ」
「それは、そうですけど・・・」
「無理しすぎないで。しばらく休んでもいいんじゃありませんか。昼の方でも、夜
の方でも」
「前は、時々そうしてました。でも、この1年くらいは休みなしでいけたんですよ」
「そうなんだ」
「黒沢さんとか金城さんのおかげかもしれません」
小声で、
「SILVER EYEさんのおかげも・・・」
「結婚したのも、でしょ」
さらりとSILVER EYE。
「・・・ごめんなさい」
聞こえないふりのSILVER EYE。
「なるべく急いで、きっちり作りますから。本当は、こういう使い方をするんです
よ。知らないのにオーダーするなんて不思議だな」


6 同夜 グラデーション
宝石店のはしごを終えた藍と黒沢が乾杯している。藍はベリーニ、黒沢は
ビア・スプリッツァー。白ワイン五分の三、ビール五分のニ。氷を入れたゴ
ブレットに冷やした白ワインを注ぎ、冷やしたビールを満たして、軽くステア
する。
「今日は一日、おつかれさーん。藍ちゃん、ありがとーございました」
「黒沢さんも、おつかれさま」
「いえいえ、女の子のお買い物にかけるパワーがわかって、よかったよん。
自分のとは違うペースで歩くってのも、いい体験だし」
「何か、作品の役に立つといいけどね」
「いつか使って見せます」
「ところで、今日はつっこまないの」
「何を」
「宝石泥棒があった時のアリバイを確認して、「でも、あやしーっ」、ていうの」
「んー、やめる」
「へえ、そう」
「やめなさいって頭ごなしにいったって効き目ないもんね」
「一般的にいって、正しいわね」
「こーなったら、純粋にお友だちになってしまいましょう」
「それで?」
「ふつーの生活、ふつーの友だちづきあいの世界に浸って、、そのうち、
あやしーお仕事が阿呆らしくなって、やめるかもしんない。と、ゆーか、そ
ーゆうこと狙いでお友だちになるのも、なし」
「ふうん」
「何やってたって、藍ちゃんは藍ちゃんだし、おいらのきびしーありがたい
読者さんには違いない」
「そう?」
「おいら、探偵でも刑事でもないし」
「ユーモアSF本格推理作家ですものね」
「ユーモアのひとこと・・・あれ? 藍ちゃん、今、何ていったの」
「ユーモアSF本格推理作家」
「ありがとう・・・フルでいってくれて」
「どういたしまして。今まで、失礼してました」
ベリーニをおかわりする藍。
「戦法のある程度の効果は認めるけどね・・・」
「もう何でもいってね、おいら、気にしないから。あーあ、宣言したら気が楽んなっ
て、眠くなってきたにゃ」
「アレキサンドライト、ピンクパール、ブルーサファイア」
「ん? 前にどっかで聞いたような」
「心の中、何かが足りなくて仕事するなら、それが埋まれば止まるかもね。ワン
ダウン」
「はあ」
「目的のものが揃えば、これもストップするわよね。ツーダウン」
「ほえ」
「でもねえ、営業方針があってやってたら、それが変わらない限り、多分、終わ
らないわよね。なにしろ、やってる個人の事情じゃなくて、仕事だから」
「むむむん?」
「世代交代だってありうると思うくらいよ。でも、黒沢さんには、わからない世界か
もね。必ず解けるのが前提の謎を作っている人だから。理屈で割り切るタイプっ
ていうの?」
「あん?」
「気にしなくていいの、黒沢さんは」
「いいといわれれば、いいけど・・・さ・・・」
ことっ、とカウンターに突っ伏す黒沢。あっという間に眠っている。
「ワインが回りましたか」
透明人間のようだった店主がいう。
「どうしても、運動不足になりがちな仕事してるものね。くたびれたのも、あるんで
しょ」
「今のワンダウン、ツーダウン、起きた時には忘れているんじゃないかな」
「多分ね。でも、いいじゃない。この人が察知している、私の分だけは、もうじき終
わるんだから。珠子姉さんも終わってる。真子姉さんたちのは、別口だもの、黒沢
さんの嗅覚には、ひっかからないわ」
黒沢の口調を真似て、やさしく、
「私のこと心配してくれて、ありがと、ねっ。でも、もう、心配いらないのよ」


第11話(前) 終わり

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