5 同時刻 某宝石店 通用口
赤井と真子が出てくる。
「夜間営業の仕事がなくて、今月ヒマな分、動けるね」
「藍のカムフラージュ役につきあっていただいて、すみません」
「何をいまさら。相棒でしょ。藍ちゃんだって、お友だちですよ。珠子ちゃん
たちが降りてるから、わたしたちでカバーしないとね」
「なんだか、黒沢さんが、また藍に接近していて」
「犯人探しは小説の中だけにしてほしいもんだねえ。真子ちゃん、40種類
のガーネット、揃えるのに挑戦する?」
「余裕があるなら、やってみましょうか」
「緑屋さんの方は大丈夫?」
「大丈夫は大丈夫ですね。このごろ、疲れて眠れないっていって、睡眠薬
飲んで寝てますから。夜中、起きないんですよ」
「それ、違う意味で大丈夫とはいわないんじゃないの?」
「ええ」
「素人療法は注意しないと」
「医者の処方は出てますから。私がフォローできることって、少ないんですよ
ね」
やや寂しげな真子。
6 翌朝 アレキサンドライト店内
黒沢が新聞を読みながらガーリックトーストを食べている。
「真子ちゃーん、コーヒーおかわり、ちょーだい。アップルパイも1つねっ」
「はい」
2杯目のコーヒーとアップルパイを運ぶ真子。
「あんがとっ」
新聞の「ガーネット盗難」記事にチラと目をやってからいう。
「真子ちゃん。ゆうべ、何してた?」
「普通に家事とか読書とかしてました」
「だよねー。ご主人は? 出張でいなかったとか」
「家にいました」
「だよねー」
「ちなみに、ゆうべ読んでたの、黒沢さんの新刊ですよ」
「わおっ。ありがとっ。どうだった?」
「面白かったですよ。主人公の特殊能力が謎解きに生きるんですね。結末も
さわやかで、読後感がよかったです」
「そお? あんがと」
「また、がんばるぞーっ」といいながら黒沢は出ていった。
「ゆうべ、ちょうど藍と黒沢さん、一緒だったそうです」
「あと1、2回、黒沢さんがグラデーションにいった晩を狙ってお仕事しようか」
「はい」
「そういえば、この間の急な至上命令、報告を聞いてなかったね」
「すみません。忘れてました」
「いいですよ。わたしも忘れてたし。リフレッシュしてウエイトレスのお仕事に
身が入ってくれればいいよ。あと、経費出ないけど、ごめんね」
「はい・・・ありがとうございました」
「幼稚園の方、姫子ちゃん、元気だった?」
「はい。ご両親もお元気だそうです。姫子に早々に仕事を譲って、楽隠居とか」
「あの年で園長だから、偉いよね」
「それにしても、赤井さん、あのタイミングでなくても・・・SILVER EYEさんが来て、
姫子が目を丸くしてましたよ」
「いいんです、あれで」
7 同日 昼前
西川幼稚園から出てくるSILVER EYE。
8 日中
宝石店の並ぶ、とある町を歩く藍。角を曲がり、数歩先で止まり、体の向きを
変える。あとから角を曲がってきた者がぶつかりそうになる。
「おわっ !」
「少しは尾行が上達したじゃないの、SF本格推理作家」
「ユーモアのひとことも入れてねっ。探偵学校にいったほうがいいのかなあ」
「変に現実的なものしか書けなくなったら、取り柄が減るわよ」
「ほめられてるのか、けなされてるのか」
「好きなように解釈しなさい。で、何のご用?」
「藍ちゃんは、ただいま現在、どこの何ていう宝石に関心があるのかなーと」
「今、出たお店の一番奥にあったネックレス」
「ああ、イタリアのデザイナーがつくった9000万円の。朱鷺の森コレクションじ
ゃあないけど、さっ。重そうで、つけるのに体力がいりそうなやつ」
「おしゃれするには体力もいるのよ。か弱いお姫さまなんて、おとぎ話」
「はいよっ。王族なんて、スタミナやバイタリティーがなきゃ、やってらんない
よねっ」
「意見が合ったところで、さようなら」
「待ってよーっ、藍ちゃん」
「変な人につけられてるって、交番に駆け込もうかしら」
「おいらはあやしー人じゃありませんっ !」
「ケーキセットおごってくれたら、交番に行くの、やめるけど」
「ケーキセットでもレディースセットでもおごるからさあ」
手近な店に入る藍と黒沢。結局アップルパイとコーヒーのセットがふたつ注文
される。先に運ばれてくるコーヒー。
「アレキサンドライトのコーヒーの方がおいしいや」
「マスターが聞いたら喜ぶわ」
アップルパイが運ばれてくる。えいやっ、とパクつく黒沢。
「アップルパイも、いつもの方がうまい」
「ひいき目ってやつでしょ」
「うんにゃ、ひいき抜きで、アレキサンドライトの方がうまいのっ !」
「ありがとう」
「へ?」
「真子姉さんのアップルパイ、朱鷺の森の叔母さんに教わったものだから。亡く
なった叔父の奥さんね。燈子も含めて、私たち4人とも、同じ味で作れるわよ」
「へーえ」
「それで、今日は何の用?」
「前にいってた、リステリクテッド・エリアの話。グラデーションで話題にしちゃ、
やっぱりいけないと思って、さっ」
「お酒は楽しくないとね。で、場所を変えてどうするのよ」
「なーんか、ひっかかってるみたいだからさっ。藍ちゃん、おせっかいながら、問
題点を口に出してみると、整頓できて、もつれた糸がほどけてくることがあるよん」
「誰が何にひっかかってるっていうのよ」
「真子ちゃんに悪いとか何とか、いってたじゃない」
「余計なお世話よっ・・・ていうことも可能ね。でも、せっかくだから、ひとりごとでも
いってみようかな」
「ひとりごとね、りょーかいだよん」
「真子姉さんが、あの人のお守り役だったわ。下の私たちに影響がこないように
あの人の注意を自分一人に向けさせてくれてた。と、いうか、そうする以外、しょう
がなかったかな。珠子姉さんは向き合っただけでパニック起こすし、私はさっさと逃
げてたから。燈子は生まれてなかった。生まれてからは、接触なかったしね。真子
姉さん、普通に振る舞ってるけど、相当スポイルされてると思う。結婚してからも、
まだ私たち、まかせっきりにしてるわ」
「おいらもひとりごと。親離れ、子離れの話しかな」
「黒沢さんもご存じかもしれない、ほかの要素も絡むのよ」
「はいな、その件はいわずにおきましょう」
「ありがと。いまさらだけど、真子姉さんの負担、軽くさせたいのよね。今度、燈子を
誘ってみようかな」
「ご健闘を祈らせていただきます」
「ひとりごとの効用、あったかもね。ありがと。ところで、グラデーションだけどね、こ
ういう話抜きなら歓迎よ。いつでも、どうぞ」
「あんがとね。ビールのカクテルがおいしいから、純粋に通うことになりそうだよん」
「生原稿を持ってきなさい」
9 ラッシュアワーの電車内
赤井と真子が乗っている。人の流れに乗り、乗降の多い駅で相次いで降りる。
ホームで赤井が懐から財布を出し、真子がハサミで根付のひもを切る。
「よし。取得物預かり所にいってくるね」
「身元を明かさないといけないのでは」
「名乗るほどの者ではありませんといって切り抜けるよ、真子ちゃん。中身は手を
つけないし、大丈夫。反対側のホームで待ってて」
「はい」
真子のてのひらに残る、赤いガーネットの根付。軽く撫ぜて話しかける。
「ともあれ、おかえりなさい」
10 イリュージョン
SILVER EYEと真子が、真ん中よりもやや外側の席に座っている。テーブルの上
にアドニスとシャーリーテンプル。
「マスターに意外な特技がありましたね」
「箱師・・・電車内のスリですね。夜間営業で必要な時以外は、やりませんよ」
「アレキサンドライトがつぶれたら、あれで生活できるんじゃないかな」
「さあ。マンションの収入もありますから」
「そういえば、あのビルの持ち主でしたっけ」
「そうなんですよ」
くすりと笑う真子。気を取り直すSILVER EYE。
「シャーリーテンプル・・・ホーセズ・ネックのソフトドリンク版。赤い色を出すのは
グレナデン・シロップ。ざくろですね。赤が代表のガーネットは、ざくろ石というくら
いだ」
「ええ」
「シャーリーテンプルは一世を風靡した名子役の名前でしたね」
「ええ」
「ホーセズ・ネックだと馬の首に見立てるレモンの皮を、彼女のトレードマークの
巻き毛に見る」
「そうですね」
「子役・・・子供・・・赤ん坊」
真子を見ながら、ゆっくりという。
「あの幼稚園に遊びにいくのは、友だちの園長さんに会うのと、園児を見るのと
両方が目当て?」
「そうなんです」
にっこりと、真子。
「子供、好きなんだ」
「ええ」
「自分では・・・まだ欲しくない?」
「それは・・・」
真子の表情がこわばる。
「すみません、わかっていて聞きました。今日、園長さんに会いに行ってきたんで
す」
「姫子に?」
「マスターが、僕とあの人が会うタイミングで伝言を頼んだのは、会ってみろという
サインと取りましたので」
「・・・みたいですね」
「彼女も、その辺を了解して教えてくれました。真子さんに、無断で話してごめんと
もいっていましたよ」
「いえ・・・。本当は、私がいわないといけないことなのに」
「いいにくい・・でしょ?」
「それはそうですけど・・・」
「僕こそ、マスターのヒントに飛びついて、無理にあばいたようで、すみません」
強く首を振る真子。
「SILVER EYEさんの立場だったら、重要なことでしょう」
「今の僕は、ただの画家ですから」
「国に帰ったら、大違いです」
「帰るのは、まだまだずっと先のはずです」
「・・・ごめんなさい」
「事故ですよ。マスターも、このところ気を遣ってくれているけど」
「・・・・・・」
「流れにまかせていますから、いいです。かえって好転するかもしれない」
「それなら、いいんですけど」
会話が途切れる。視線をはずし、ひとりごとめいて真子がいう。
「ごめんなさい。母親になるのが、恐いんです。二重の意味で母の二の舞を演
じそうで、考えられないんです」
「だんだんと、気持ちが変わっていくかもしれませんよ」
静かに、確信を持ったSILVER EYEの声。
「焦ることはありませんよ。時間はあるんですから」
第10話 (後半)終わり
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