7 翌朝・7時台
東京駅発・大阪行き新幹線の中。グリーン車両で真子が隣合わせた旅客
と話し込んでいる。
「誰かのサンタクロースになれるって、素敵なことですよね」
さっぱりした表情でうなづいている隣席の客。トルコ石のアクセントのついた
ループタイをしている。
名古屋駅に到着。真子は相手に別れを告げてホームへ降りた。
「真子ちゃん、ご苦労さま。首尾はどうだった?」
違う出口から降りた赤井が声をかける。
「大丈夫だと思います」
「真子ちゃんがそういうなら、オーケーだね」
新幹線ホームの立ち食いスタンドできしめんを食べる赤井と真子。
「定休日だけど、これから、真子ちゃん、どうする?」
「家のクリスマスツリーを飾るつもりです」
「緑屋さんだったら、3日くらい気づかないままとか」
「あり得る人です」
くすくす笑う真子。
ふと、ホームを見て、目を細くする赤井。
「わたしはこのまま帰るけど、真子ちゃん、半日名古屋見物でもしたら?
東山動植物公園なんて、いいらしいよ」
「え?」
「ああっ、用事を思い出した。ごめん、速攻で帰るよ。お客さまへの報告
は、わたしからしておくから。じゃあ、明日ね」
「赤井さん、あのー・・・」
問答無用で立ち食いスタンドから出ていく赤井。
「どうしちゃったのかしら、赤井さん」
ゆっくりきしめんのつゆを飲む真子。全部は飲み干せない。
「ごちそうさまでした」
スタンドを出ると、ホームにSILVER EYEが立っていた。
「おはようございます」
「おはようございます、SILVER EYEさん。やっぱり、いつもみたいに?」
うなづくSILVER EYE。
「成功したようで、よかったですね」
「そんな、いいのに」
「好きで見守ってますので。・・・それで、隠れていたつもりが、マスター
に見つかったようです。一緒にいるのがあの人だと、このごろ、僕も油
断するらしくて。気をつけますけど」
「それで急いで帰っちゃったんですか? 赤井さん」
「と、思います。悪いことしたな」
肩をすくめるSILVER EYE。
「それで、クリスマスツリーの飾りつけの邪魔はしたくないんですけど、
見つかってしまったことだし、明治村見物はどうですか? 天気もよさそ
うですよ」
「ツリーは晩でもいいです」
にっこりと、真子。
「SILVER EYEさん、東山動植物公園とはしごして、いいですか」
「もちろん。クリスマスプレゼントのリクエスト保留中だから、日帰り旅
行プレゼントでどうですか」
「はい」
観光バスターミナルへ向かって歩きだす二人。


8 同夜 グラデーション
カウンターで藍がベリーニのゴブレットをほとんど空にした時、ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは。やっほう、藍ちゃん、元気?」
「黒沢さん。こんばんは」
口元で苦笑いしている藍。構わずに手をふりふり近づく黒沢。
「隣、いーい?」
「どうぞ。真子姉さんがこの店教えたって、いってたわ」
「藍ちゃんの好きなお店を聞いたのさっ。ナンパじゃないよん」
ひょいっ、と藍の隣に座る黒沢。
「人の行きつけの店にまでやってきて、何たくらんでいるわけよ、SF本格推
理作家」
「ユーモアのひとことも入れてねっ。困った、何、注文しよう」
「素直にマスターに相談してみれば?」
「どういうものがお好みでしょうか」
静かに、温かく尋ねる店主。
「おいらは「とりあえずビール党」で、カクテルと馴染みが薄いんですけど、何
か、こーいう人間向きのものって、ありますか」
「ブラック・ベルベットはいかがでしょうか。スタウト・・・黒ビールの一種ですね
・・・とシャンパンを半分ずつ注ぐカクテルです」
「じゃあ、それ、お願い」
あらかじめ冷やした大型タンブラーによく冷やしたスタウトとシャンパンを左右
から同時に、ゆっくりと注ぐ。
「へええ。泡立ちがいいやあ」
「ビールとシャンパンの泡の相乗効果よね。見た目によく入れるのも腕よ」
「どうぞ」
「いただきまぁす・・・のどごしがいいっ」
「ブラック・ベルベット・・・黒いビロードでしょ。出来上がりの色彩と、ビロード
みたいなのどごしから来たネーミングなわけよ」
「なるほど。おいしいや。うーみゅ、今夜ここに来てよかった」
「おそれいります」
「ビールとジンジャーエールを半々に混ぜるとシャンディー・ガフ。真子姉さん
に飲ませたいけど、二、三口で眠っちゃいそうね」
「うっ・・・ここに来た目的を思い出したよん」
「はいはい、そんなことだろうと思ってたわ。お酒の席では、話題に気をつけ
てね。嫌な方向に行ったら、帰るわよ」
「気をつけますです」
「私が真子姉さんにツーツーで様子を話すって思わないの?」
「話の中身によるでしょ」
「まあね。おせっかいだわね、SF本格推理作家」
「ユーモアのひとことも入れてねっ。性分です。客の分際、とっくに越えてます」
「データは結構集めたんでしょう、仕事の要領で」
「そうだよん。だから、普通のデータにないデータが気になるの。友人として」
「どういうことが?」
「真子ちゃんとご主人の仲とかあ。・・・いきなりレッドカードだったりして」
「短刀直入もいいんじゃない? いちおう、うまくいってるみたいよ」
「そうなの? 」
「緑屋さん、淡々とした人なのよ。静かというか、やさしいというか。だから、実家
の宝石店経営にも参加しないで、普通のサラリーマンしてるわ。真子姉さんとし
ては、気が休まる人みたい」
「うまくいってりゃ、いいけど、さっ。ふーふのことは、外からじゃわかんないか
らねえ」
「まあね」
ベリーニを飲み干す藍。2杯目を何にしようか思案顔。
「話変わって、藍ちゃん、仕事の調子はどう?」
「今月はお休み」
「コンパニオン、書き入れ時なんじゃない?」
「不況なのよ」
にんまり笑う藍。「カクテル、決めた」の顔。
「マスター、アルディラ、お願い。カシュー・ナッツもちょうだいね」
「はい」
「何だ何だ、好奇心」
ホワイトラム六分の三、フランジェリコ六分の二、ブルー・キュラソー六分の一、
レモン・ジュースをティー・スプーン1杯、シェークしてカクテルグラスに注ぐ。
ブルー・キュラソーのあざやかなターコイズ・ブルーがトルコ石を連想させる。
「黒沢さん、12月の誕生石がトルコ石って、知ってた?」
「そーいえば、真子ちゃんに聞くの忘れた」
「そう? こんな色の石よ」
「で、アルディラって、どーいう意味?」
「イタリア語で、「すべてを越えて」の意味よ。映画音楽の主題歌にもあるわ。
「恋愛専科」だったかしらね。カクテルは澄みきった青い空をイメージしてい
て、希望に満ちた旅立ちを表現したとか・・・」
「ふーん」
「だけどね、話を真子姉さんに戻すけど・・・」
藍がカシュー・ナッツを手に軽くため息をつく。
「え?」
「心が休まる人と結婚っていうのは、いいけどね、ほかにやりようがあったんじゃ
なかったかって思うわ。私たちが真子姉さんに負担をかけた分、余計にくたびれ
てるんだから。悪いことしてるわ」
「藍ちゃん、話が見えないけど」
「ん・・・ごめんなさいね、ここから先はリステリクテッド・エリア、立ち入り禁止領域ね」
「そーいわれれば、ひき下がります」
苦笑する藍。
「ごめんなさいね。来た甲斐がなくなってるわね」
「カクテルがおいしーから、いいのっ」
「理由はともかく、真子姉さん、疲れてないかなって、気になるのよ。感情をあんまり
出さないから。笑ってばっかりでね。人に甘えるのも、下手だし」
「甘え下手らしいのは、おいらも知ってるよ」
「真子姉さん、母のお腹の中でその辺の技術、珠子姉さんにあげてきちゃったみた
い。珠子姉さんが甘え上手なのよね。一見、馬鹿みたいだけど、あれで頭はいいの
よ。翔さんのサポートもできるわ」
「おいらは、珠子さんには会ったことないから。珠子さんのだんなさんも知らないし」
「クリマスパーティーで会えるわよ。来るんでしょ」
「参加させていただく予定だよん」


9 アレキサンドライト店内 クリスマス・イブの晩
店内にクリスマスツリーが飾られている。黒沢、金城を初めとする店の常連客十
名ほどと珠子、藍、燈子がいる。寄せられたテーブルの上にサンドイッチ、オード
ブル、などなど、いかにもパーティー向きの料理が並んでいる。だいぶ減っており、
食事は後半の雰囲気。ソムリエナイフでワインの封を開け、うけている金城。コー
ヒーをせっせと入れている赤井。アップルパイを切り分けている真子。
「マスターっ、そろそろ明かり消していーい? ホームプラネタリウム、投影するよん」
「あと、少し待ってください、黒沢さん」
「はいよっ。で、おいらが操作するから、誰か学芸員役、やってくんない?」
「はーいっ。高校では天文部員でーすっ」
燈子が手をあげる。
「助かるっ。燈子ちゃん、頼むねっ」
隅の席で軽く打ち合わせる黒沢と燈子。
「ところで、さっ。燈子ちゃんは宝石、好き?」
「きれいだとは思うけど、まだ、それほどでもないですぅ。星の方がきれいだなって
思うくらい」
「あ、そう? 何となく、ほっ」
「宝石なら、アンティークの方に興味あります」
「また不安になってきた・・・」
「姉たちとは違うから、心配しなくても・・・」
「へっ? 聞こえないんだけど」
「あとのはひとりごとっ。十大宝石とかもいいけど、アンティークも魅力的ですよっ」
カウンター付近で真子にいう藍。
「真子姉さん、今日くらいは、メイドスタイルやめたら?」
「下はいつもと違うのよ」
パイを切り終えて、エプロンを脱ぐ真子。濃紺のベルベットのワンピース。
「アクセサリーは?」
「忘れたの」
「まったく、もう。あまりしない人だから。イヤリングだけはしてるのね。銀細工?」
「ええ」
珠子が割って入る。
「ねえねえ、翔がさっきから、いないんだけど・・・」
「そういえば、そうね」
「画家もいないわね」
はて、と首を傾げる3人。
ドアが開き、翔が入ってきた。かすかにメンズ用コロンの香りをさせている。
ファンからの要望に応え、生産が復活したフィリアスである。(注1)
「翔ったらあ、外にいたの?」
「人いきれがしてるからな」
「ドア、開けますか」
いつものギャルソンスタイルで愛想よく、赤井。
「いや・・・そろそろプラネタリウムだろうから。そのあとで開ければ?」
「それもそうですね」
「真子姉さん、少し休んでよ」
真子を座らせ、空になった皿の回収にいく藍。
「私も」
珠子も続く。翔が真子にいう。
「外の空気、吸いに行ったらどうだ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
出ていく真子。
翔が赤井に、
「ところで、緑屋さんは?」
「真子ちゃんいわく、仕事でばてばてのため、家で休養しているそうです」
「呑気な人だね。もう、知らんぞ」
「翔さんは、元から放任でしょ」
「確かに。それに、来たところで、もう遅いな」
「何かご存じですか、翔さん」
「ノーコメントにさせてもらう」

(注1)・・・フィリアスの生産復活は作者のフィクション


10 店の外
真子が外に出ると、SILVER EYEが立っていた。かすかに香るアビル
ージュ。
「ここにいらしたんですか」
「写真を撮っていたので逃げ出しました」
「私も、避けたほうがよかったですか?」
「今くらいなら、まだいいでしょう。気をつけるなら、これから先ですね。
でも、女性だから、あまり神経質にならなくていいと思いますよ」
うなづく真子。
「翔君と話していたんじゃありませんか。いったい何を?」
「先々のことを、少し」
気負いなくいうSILVER EYE。
「ごく一部、事情を話したら、信じてくれましたよ。経営に携わる人は、
頭がやわらかいのかな」
「話の中身でなくて、SILVER EYEさん自身を信じたのでは」
「ありがたいな」
さらに話を聞こうとする真子に、SILVER EYEがいう。
「雪が降ってきましたよ」
「あ・・・本当」
粉雪が、贈り物のように天から舞い降りてくる。真子のワンピースの上にも
乗り、街灯に照らされて反射し、ハイ・ジュエリーのように光を放つ。
「きれいですよ。ハリー・ウィンストンにも負けません」
「この雪、SILVER EYEさんが降らせたんじゃありません?」
「天候までは左右できませんよ」
「そうですか?」
目を細めて真子を見るSILVER EYE。
「これは、写真を撮っておいた方がいいかもしれないな・・・」


第9話(後半)終わり

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