1 アレキサンドライト店内
黒沢がガーリックトーストを食べている。
「真子ちゃーん、コーヒーもう一杯、ちょーだい。それから、クッキー、一皿ねっ」
「はい」
「私にもクッキーください、真子さん」
黒沢と背中合わせに座っている金城がいう。
「はい」
注文の品を運ぶ真子。
「もーじきクリスマスだねえ。真子ちゃん、ご主人とクリスマスデートの計画は
立ててる?」
「まだ、何とも」
「あっちこっち混むよお。食事の予約なんて、早い方がいいよん」
「ありがとうございます」
「ご主人の都合がつかなかったら、私がどこにでもご案内しましょう」
「金城さんは、出てこなくていーのっ !」
「私の頭と体と時間は全世界の女性のためにありますので」
「だからって真子ちゃんにコナかけなくて、いいのっ」
「身近なかたの幸せのお手伝いから始めるのが基本でしょう」
「金城さんの幸せのためのよーな気がする」
「双方が幸せでないと、意味がありません」
「はいはいっ、それは確かだねっ」
新しい客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
二重唱になる赤井と真子。真子がオーダーをとりにいく。
首をひねって金城に話しかける黒沢。
「だーけどさあ、金城さんなんて、それこそ、この時期、忙しいんじゃないのー。
毛皮売らなくっちゃあ」
「心配ご無用。そちらもしっかりやっております」
「デートもダブルブッキングに注意しないと。綱渡りの連続だったりして」
「一度に一人に集中しますので、それはありません」
「意外な気もするけど、感心だねっ。クリスマスは、焦らない?」
「いいえ、全く。16の時に口説き始めて、女が切れたことはありません」
「うへっ。トータル何人?」
「147人」
「どういうペースなんだぁぁぁ」
「一人平均3か月くらいですが、2日なんていう娘もいましたからね」
「遊ぶなぁぁぁ」
「いつでも本気です」
「どーして、別れるのっ」
「だんだん相手の嫌なところが見えてくるので」
「金城さん、ロマンチストで理想が高いんじゃないの?」
「私が人格者なので、つりあいを求めるのです。バランスをとるのは自然の理」
「前言撤回」
黒沢、金城が出ていき、客が一人になった。
「あのー、すみません」
「はい、なんでしょう」
寄っていく真子。
「この店、夜はメニューが変わるんですか? 店名がアレキサンドライトだけど」
「いいえ、同じです。早めに締めますし」
「おかしいな。横浜のカメラマンに聞いてきたのに」
赤井の目が、きゅっと細くなる。
「そういうことでしたら、ご相談にのります」


2 夜のアレキサンドライト
外には閉店の札がさがっている。赤井と真子の打ち合わせは終わった。
「12月にふさわしく、トルコ石の依頼がきたねえ、真子ちゃん」
「誕生石ですね」
自慢のコーヒーを入れている赤井。自宅で焼いたアップルパイを切っている
真子。
「トルコではまったく産出されていないのに、トルコ石。昔、トルコ経由で運ば
れたからかね」
「空青色(そらあおいろ)、いわゆるトルコ色なんですよね」
「真子ちゃんにやってもらった方がよさそうな仕事だね」
「ええ。久しぶりにその方法でいきましょう」
「ところで、 ここでパイにナイフ入れちゃっていいの? 緑屋さんは?」
「いいんです、今日は友だちと飲んで帰るっていってましたから」
「それなら、ごちそうになりますよ」
「どうぞ、お召し上がりください」
コーヒーカップを選び、注ぐ赤井。皿にパイを盛りつける真子。
「うまいっ。アップルパイ、メニューに入れない?」
「嬉しいけど、ほんとにおいしいですか」
「ほんと。今度、お店でクリスマスパーティーやろうよ。それで、お客さんの反
応を見てから本決めっていうのは?」
「やりましょう、パーティーは」
うきうきと「ホワイト・クリスマス」と口ずさむ真子。


3 グラデーション
藍がカウンターで頬杖をつき、眠りかけている。
「今月は、休むかもね・・・。許しの季節っていわなかった? 12月。誰を許して
あげるんだか。許して欲しいのかも・・・」


4 翌日 昼間の銀座
4丁目の交差点で真子とSILVER EYEがばったり出会った。
チェスターフィールド・コートを着ているSILVER EYE。真子は白いラビットの
ハーフコート。
「どうしてうさぎなんです、真子さん」
ふき出しているSILVER EYE。
「新調しようと思って金城さんに相談したら、勧められて・・・」
「あの人も、やっぱりちゃんと仕事をしているんですね。趣味に走って勧めた
のかな・・・。いえ、似合ってますよ」
「うさぎですけど、気に入ってるから、いいんです」
真子もくすくす笑っている。
「それで、今日は夜間営業の下見ですか」
「いいえ。純粋に、銀ブラ。SILVER EYEさんは?」
「同じく、目の保養です。その辺でお茶でもいかがですか」
「ええ。喜んで」
連れ立ってクリスマス・イルミネーションに満ちた通りを歩きだす。
「アレキサンドライトでクリスマスパーティーを開くんですけど・・・」
「真子さんのアップルパイのお披露目でしょ。行きますよ」
「「オーロラたちの饗宴」・・・あれの報告が先に入ってるんですね。何だか、
がっかり」
「それが使命ですから。勘弁してやってください」
「どこに目と耳があるんですか。それに、SILVER EYEさんに報告する方法」
「企業秘密ですよ」
楽しげなSILVER EYE。
「そういえば、クリスマスプレゼント、何か欲しい物ありませんか。場所は銀座
だし、宝石か何か」
「この間のレッドスターで充分ですけど」
「あれは意味が違います、何か、ほかには」
「いりませんってば」
「遠慮なしに、どうぞ」
「それじゃ、うんと高価な物をいって、あきらめていただくとか」
「聞くだけ聞いて見ましょう」
「ハリー・ウィンストンのハイ・ジュエリー」
「確かに、高価ですね」
鷹揚(おうよう)にうなづくSILVER EYE。
「王侯貴族が身につけたような、超高級宝石ですか。注文で?」
「そうです。きれいでしょ。台をほとんど見せずに宝石を止めるワイヤーセッテ
ィング。もう、あらゆる角度で石が輝くんですもの。素敵です」
「ウィンストニアン・スタイルでしたっけ。木の枝が、葉ごと、魔法でそのまま宝
石にされたようなフォルムのものもありましたね」
「銀座のお店は完全予約制でしょう。ぶらっと見に入るわけにも行きませんし。
ウィンドーのディスプレイだけは見てきました」
「今から予約入れてデザイン決めて制作して・・・クリスマスには、間にあわな
いな」
「本気で考えないでくださいっ」
「思い切り、本気ですよ」
「SILVER EYEさん・・・やめてください」
「だったら、無理なく実現する範囲で何かリクエストしてください」
「考える時間、ください」
「時間切れに注意してくださいね。でも似合うと思いますよ、ハイ・ジュエリー」
「ハイ・ジュエリーだと、私には身につける機会が、あまりないでしょう。日常に
生かしてこその宝石なんですけどね」
「機会はそのうち、できますから。・・・あ、この店、どうですか」
二人は喫茶店を見つけて入っていった。


5 同夜 イリュージョン
クリスマスメドレーがラウンジの中を駆けている。
金城がとまどい気味に座っている。
「どうして私が子守をすることになるんでしょうな。真子さんに頼まれたから
ではありますが・・・」
「二十歳未満は恋愛の対象外だから、エスコートをまかせても安心って、考
えたんだと思いまーす」
金城の向かいに、黄色のツーピースを着た燈子が座り、ころころ笑っている。
テーブル上のキャンドルと同じ色。
「金城さん、紳士ですもんねっ」
「紳士の定義も人によって違いはあると思われますが。燈子さん」
「金城さんの場合、美人を口説くのが紳士の礼儀」
「誰がそんなこと、吹き込んだんですか」
「黒沢さん」
「あの、SF本格推理作家氏ですか」
「一番初めにユーモアのひとことを入れないと嘆きますよーっ」
「長すぎますよ」
「「寿限無」よりはだいぶ短いけど」
「あれは落語ですから」
「「たらちね」もいい加減長いですよねーっ」
「おや、燈子さん、「たらちね」もご存じでしたか」
「いえないけど、話は知ってます。答えだけいえばいいのに、長い返事で」
「最初に肝心なことをいえ、と叫びたくなるのは「厩火事」ですね」
「厩といえば、金城さん、「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」ですか?」
「何のことでしょう」
「真子お姉ちゃんが将で私が馬とか。お姉ちゃんの頼みで連れてきてくれ
たけど、そっちに狙いがあるとか」
「そこまで策士ではありません」
苦笑する金城。
「口説く時にはストレート。変に計算して行動しても、女性は喜びませんよ」
「ごめんなさいっ」
ぺこっと頭をさげる燈子。
「いえいえ。いつでも本気で女性に惚れるのですが、世間はそうは見てくれ
ません」
「サイクル3か月で本気に見る人は、あんまりいないと思いますう」
「そんなことまで吹き込んでいるんですか、黒沢さんはっ」
「面白そうに教えてくれました。あと、「金城さんの毒牙にかかんないよーに
気をつけてねっ !」って」
黒沢の口調を真似ていってから、ころころ笑う燈子。
「だから女子高生に興味はないといっているのに・・・。箸が転んでもおかし
いお年頃ですか。今時、そういう女の子が実在するとは思いませんでした」
「金城さん、マスコミを鵜呑みにしたら、駄目ですよーっ。女子高生への偏
見報道が多すぎるんですからっ」
「気をつけましょう」
虹野がニコラシカとシンデレラを運んでくる。オレンジ・ジュース、レモン・ジ
ュース、パイナップルジュースを三分の一ずつ。シェークしてカクテル・グラ
スに注ぐソフトドリンク。
「12時の鐘が鳴る前に、きちんと叔母さんの家に送り届けましょう」
「はーい」
「ええと・・・。では、燈子さんがいずれ素敵なレディに成長することを祈念し
て乾杯しましょう」
「照れちゃう・・・ありがとうございます」
「では、乾杯」
「乾杯」
砂糖をこぼさないよう、気をつけてグラスを持ち上げる金城。燈子のグラス
と軽く合わせる。
「それ、作りかけで持ってきたわけじゃないですよね」
ニコラシカをまじまじと見て燈子がいう。
「そうともいえるかもしれませんね。口の中でカクテルにしますから」
砂糖を乗せたスライスレモンを口に含み、ブランデーを流し込む金城。
「なんだかわからないけど、すごーい」
パチパチ、と手をたたく燈子。
「どうもありがとう。のどを焼くんですよ」
「お水で冷ましますか」
「いえいえ。舌の成長には、この刺激がいいのです」
「え?」


6 翌日 アレキサンドライト店内
黒沢がガーリックトーストを食べている。背中合わせの金城は大盛りA定食。
「真子ちゃーん、コーヒーおかわり、ちょーだい」
「はい」
2杯目のコーヒーと共に黒沢と金城にクッキーを出す真子。
「おいら、頼んでないよぉ」
「私もです」
「金城さんに、燈子のエスコートのお礼です。黒沢さんも、ご一緒にどうぞ」
「ご相伴にあずかったのね、おいら。金城さん、あんがとねっ」
「かわいらしいレディぶりでしたよ、燈子さんは」
「またよろしくお願いします」
「ふーみゅ。そーいうところに行ってみたがるお年頃なのね」
「今度は、オフタイムでラビットをお召しの真子さんと行きたいものですね」
にこにこ笑っている真子。
「クリスマスパーティーには喜んで参加させていただきます」といいながら
金城が出ていった。
「ねえ、真子ちゃん、ご主人はクリスマスパーティー、来るの?」
そろりそろり・・・という口調で黒沢が尋ねる。
「話してはいますけど、まだ、どうなるかは、何とも」
「引きずってでも、連れてきて欲しいぃぃ。真子ちゃんのご主人って、ほん
とにいるのかにゃ。お会いしたことないから、そんなこと考えちゃうよん」
「いますよ」
くすりと笑う真子。
「妻の職場にちょこちょこ来る夫なんて、いませんってば」
「そりゃそうだけど、さっ。そんで・・・ふーふでクリスマスデートの計画は?」
「白紙です」
「秋に旅行に行く予定だったよね」
「なし崩しに、中止です」
「真子ちゃん、もっと押さなくっちゃあ。仕事がいそがしそーとか、つかれ
てるだろーとか、遠慮しちゃ、駄目だってばあ、おねだりしなよお」
「でも、いいにくいですね」
困り顔で笑っている。
「甘えられたら、きっとご主人も喜ぶよん」
がぶりとコーヒーを飲み干す黒沢。
「つーわけで、コーヒーもう1杯、ちょーだい」
「はい」


第9話(前半)終わり

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