1 アレキサンドライト店内
黒沢がガーリックトーストを食べている。
「真子ちゃーん、コーヒーもう一杯、ちょーだい」
「はい」
2杯目のコーヒーを運ぶ真子。
「毎朝サービスしてくれて、あんがとねっ。ところで、11月の誕生石って何だっ
け?」
「毎朝ありがとうございます。いくつかありますけど、シトリンですね」
「前に、誰かさんに聞いたような気が・・・」
「透き通った黄色です。飴みたいですよ。ダイヤ、サファイアなどと比べて、
ずっと大粒のものがよく売られていますね」
「ふーん」
ピンと来ない様子。
「宝石が違うけどお、スタールビー、スターサファイアって、どーゆー石? 最近、
どっかで読んだけど。普通のルビー、サファイアと違うの?」
「光の特殊効果があるんです。いわゆるスター効果。ルビー、サファイアなどの
コランダム宝石がこの代表なんです。ルチルっていう結晶が石の中で育ってい
って、カットの仕方・・・山高のカボッション、つるりと球みたいなんですが・・・に
よって、六条の光を放つ星が浮き出すんですよ」
「ほえー。で、星みたいってことは、白というか銀というか・・・って色?」
「まあ、そういう色ですね。石の地色の関係で、はっきり見えるスターも、うっすら
見えるだけのスターもあります。扱うお店の方針によって、石の色を重視するか、
スター効果を重視するか、違いますね。あと・・・ついでにいってしまうと、赤いス
ターの浮かぶルビーを1つだけ、知ってます」
「ふーん。お星さまの浮かぶ宝石ねえ・・・」
「光芒が、目に飛び込んできますよ」
ドアが開き、新しい客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
赤井と真子の二重唱。客は豹柄のコートを着ていた。
「マスター、ご無沙汰しました。真子さん、あなたにお会いしたくて、またやって
きました」
「げげっ。金城さん」
「げげっとは何ですか。この善良な市民をつかまえて」
黒沢と背中合わせに座る金城。首を回して会話する二人。
「「げげっ」ていーたくもなるよっ、また、真子ちゃんにコナかけるかもしれないと
思ってさーっ」
「美しい人を目の前にして、黙ってはいられません。A定食大盛りでお願い
します」
「はい」
経済誌を取り出す金城。冠婚葬祭関係のページを開く。
「妹さんは、おめでとうございました。立派な披露宴だったようですね」
「ありがとうございます」
「真子ちゃん、例の結婚したいもーとさんのこと? 藍ちゃんじゃあ、ないよね」
「珠子さんのほかにも、妹さんがいらっしゃるんですか」
「ええ、黒沢さん、双子の妹ですよ。金城さん、私、4人姉妹の一番上なんです」
「どーして、けーざい誌に記事が載るのさっ」
「で、独身ですか? 3人目と4人目。何歳でしょう」
「お二人に一度に質問されても、答えきれないんですけど」
「ごめんっ。とりあえず、コーヒーもう一杯、ちょーだい。おいらは、金城さんの
けーざい誌を読ませてもらうっ」
「はい」
「いいでしょう、情報交換といきましょう、黒沢さん」
記事を読む黒沢。写真も載っている。
「あうー、真子ちゃんと同じ顔。さっすが双子。藍ちゃんもそっくりだけど、さっ。
幼なじみと結婚ね、おめでとさんっ。玉の輿なんだねっ」
「朱鷺の森だって以前はそれなりのものでしたよ、黒沢さん」
「いちおー知ってるよん」
「珠子さんは、かわいい人でしたよ。カクテルのキッス・オブ・ファイヤーが好
きで。現在のご主人がパーティーのエスコートをできなかったのは謎ですが」
「ほえ? 珠子さんと会ってるの?」
「ええ、しっかり。こうして花嫁姿を見ると、惜しかったと思いますね」
「いつの間に。さすがだねっ。惜しかったって、でもめげないでしょ」
「確かに。まあ、人妻も好きですから、いいですよ」
「やっぱり、あやしーっ」
「で、「あい」さんとは?」
「草かんむりに監督の監の藍ちゃんだよん。とっても元気なコ。気が強いとい
おーか」
「独りですか? どっちでも構いませんけど」
「聞いてはいないけどぉ・・・」
真子が3杯目のコーヒーを出しながら、
「藍は独りのはずです。当分、そういうことに関心はないでしょうね」
「みたいな感じだったねっ」
「では、4人目は?」
「高校生ですが・・・」
いいかけたところでドアが開き、セーラー服姿の女子高生が入ってきた。
「こんにちはあ」
「あら・・・。噂をしたら、来ました」
「へ?」
「ほう。真子さんとよく似ている」
膝が隠れる丈のスカート。肩までの髪は染めず、脱色もせず、ただ、全体に
ウェーブがかかっている。鞄は教科書、辞書とルーズリーフでそれなりにふく
らんでいる。真子が紹介する。
「末っ子の燈子(とうこ)です。燈火(ともしび)の子。一年です」
「はじめまして」
はきはきと頭をさげる。
「お店の常連の金城さんと黒沢さん」
「はじめまして、燈子さん」
「よろしくねっ、燈子ちゃん」
「オレンジジュースでいいのかな?」
最後のは赤井。なりゆきで、ちょこんと黒沢の前に座る燈子。
「燈子、アレキサンドライトに来るなんて珍しいけど、どうしたの」
「真子お姉ちゃんに相談」
「何?」
「今度の文化祭、クラスで喫茶店やるんだけど、ウエイトレスにあたっちゃって」
「接客訓練とか?」
「それよりも、お裁縫助けて。バニーガールの恰好でやるの」
コーヒーにむせる黒沢。
「どーしてまた、うさぎさんが出てくるのっ」
にやりとする金城。
「いいではありませんか。バニースーツの似合わない女性はいませんよ」
「女子高生を毒牙にかける気かあっ」
「未成年に興味はありません」
「あっそ。燈子ちゃん、二十歳になったら、この金城さんに気をつけるんだよ。
何しろ、「歩く口説き文句」だから」
「私は詩人だ。ウォーキング・ポエマーと呼べ」
「知るかあっ」
真子は平然と、
「パーティーグッズのお店にないの?」
「黒と赤はあったよ。私が着たいのは黄色」
「プリゆめゲーマーが喜びそーな・・・おいらは何をいってるんでしょーか」
「春のバカンスにいいでしょうな。・・・私の舌も勝手に回っていますね」
「11月のシトリンね。誕生日も近いし。お祝いに何とか作りましょうか」
「プレゼントは別にしてよ、お姉ちゃん」
「私が手配しましょうか、うさぎさんのスーツ。プロにツテがあります」
「金城さん、すみません」
「ありがとうございますっ、金城のおじさんっ !」
「おじ・・・さん・・・」
絶句する金城。
「やーいやーい・・・ってからかっちゃさすがに悪いか、金城さん」
「いえ、これくらいの子から見ればおじさんでしょう。私は女子高生に関心は
ありませんからいいです」
「申し訳ありません」
「ごめんなさぁい」
「いえいえ」
「燈子ちゃん、ジュース代の分、手伝ってーっ」
カウンターから赤井がいう。皿を出す燈子。新しく入ってきた客のオーダーを
とりに行く真子。黒沢が金城にそっと、
「あのさっ、この「きょーふのおじさん呼ばわり」があるから未成年は守備範
囲外なの?」
「そういうわけではありません。子供は避けるんですよ」


2 グラデーション
藍がベリーニのゴブレットを傾けている。
「緑屋の本店・・・真子姉さんのだんなさんの実家だけどね、そこに、短期間
だけ、赤いスターが浮かぶルビーが展示されるの。指輪ね。もちろん、いた
だきにいくわ」
黙ってきいている店主。


3 翌日 アレキサンドライト裏口
準備中の時間帯。裏口近辺の掃除をしながら、赤井が真子に、天気の話で
もするように切り出す。
「緑屋の本店に、赤いスターの浮かぶルビーの指輪が来るってね。元は「朱
鷺の森コレクション」だっけ?」
「そうです」
「お嫁さんの実家が元の持ち主だからって、くれたりしないよね」
「それは無理でしょ」
「藍ちゃんは・・・行くと思う?」
「思います」
「止めるの?」
「止めません。いってきく子じゃありません。それに・・・反対はしませんから」
「・・・燈子ちゃんは? 高校生になって半年以上だけど、真子ちゃんたちの仕事
のこと、知ってるの?」
「薄々ですね。私たち、燈子を引き込むつもりはありませんから」
「やらずにすめば、それに越したこと、ないものね」


4 SILVER EYEのアトリエ
10号の絵の仕上げをしているSILVER EYE。
「緑屋本店からの注文・・・真子さんのご主人の実家だね。こっそり、サービスを
つけておこうか。期間限定のマウストラップ。赤いスタールビーの盗難よけをね」


5 黒沢のマンション
仕事部屋で、各種資料に埋もれつつ、黒沢が宝石業界の裏話本を読んでいる。
その方面の本が7、8冊、黒沢の周囲に積んである。
「なんとなーく気になって、宝石商・緑屋の歴史を調べてみれば・・・真子ちゃんた
ちのおとーさんが亡くなった時、朱鷺の森がつぶれたけど、緑屋がつぶしたような
もんじゃない。同業者といえば聞こえはいいけど、ライバルにゃ違いないもんねっ」
ひーふーみーと指折り数えて、
「それが、真子ちゃんたちが10歳前後の頃でしょ? それでもって、さらに10年後、
おじいちゃんが亡くなった時もなんかあったような・・・こっちは噂で証拠はないけど。
これじゃ、仇(かたき)みたいなもんだよ。あのー、真子ちゃん、何を考えて緑屋さん
と結婚したわけ? 他人ごとながら、おいら、心配です。だけど、さすがに、こんなこと、
つっこんで聞けない・・・」


6 数日後・ 緑屋 本店
某所の3階立てのビル。応接室で店長と話しているSILVER EYE。茶色のスーツを
着こなしている。
「さっそく、店内に飾らせているところです」
「ありがとうございます。小切手は確かにいただきました」
「出口までお送りしましょう」
「お構いなく。適当に店内を回ってから帰りますので」
「ごゆっくり、ぞうぞ」


7 同時刻・ 1階フロア
藍が下見に来ている。円筒形のケースにディスプレイされている赤いスターの浮
かぶルビー。のぞき込む藍。
「久しぶりね、レッドスター・・・。私たち、あなたのこと、そう呼んでたわよね、覚え
てる?」
店員は藍に気を配らない。ただの客と同じに扱う。
「真子姉さんの顔は知られていない、と。緑屋さんが後を継いでないものね。やり
やすくていいわ。気持ちの問題じゃなくて、今、変装しなくていいってこと」
「レッドスター」のケースから離れ、適当に店内を見て歩く。SILVER EYEの絵の前
で歩を止める。
「この画風、アレキサンドライトのレジにあるのと、同じ? ・・・きゃあっ !」
絵に吸い込まれる藍。まったく気づかない店員、ほかの客。


8 応接室
店長が去り、部屋を出ようとしていたSILVER EYEが、はっとなる。目が一瞬、銀色
に光る。
「マウストラップ・・・かかった ! ・・・え? 真子さん? ・・・じゃない。ジェミネス・プルーデ
ンシア・・・でもない。燈子さんは高校生だから違う。ということは、ブルーサファイア、
藍さん?」


第8話(前半)終わり

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