6 数日後 アレキサンドライト店内
黒沢がガーリックトーストを食べている。3杯目のコーヒーもサービス済みで、
新聞も読まずに黙々と食事をしている。
「ごちそーさまでしたっ」
レジに立つ真子。
「今日はお急ぎですね」
「うん。いそがしーの」
「昨日お話ししましたように、もうじき藍が来ますけど」
「残念だけど、パス。藍ちゃんによろしくいっといてねっ」
そそくさと出ていく黒沢。
「どうしたんだろうね」
「私の実家、朱鷺の森のことも、話題にされませんね」
「今度は黒沢さんが気を遣ってる番かな」
ドアを開けて藍が入ってきた。
「来たわ・・・。真子姉さん、マスター」
「いらっしゃい、藍」
「藍ちゃん、待ってたよ。桃のジュースでいい?」
「それでいいわ。あら、SF本格推理作家は?」
「一足違いでお帰りになったわ。ユーモアのひとことも入れてあげてね」
「本人の存在自体がユーモアになるSF本格推理作家ね。そういう意味でなら、
呼んであげるけど」
「それだと黒沢さんが嫌がるだろうね」


7 ブルーサファイア VS ブラックオパール
2時間後、藍がアレキサンドライトを出た。コンビニでチョコバーを2本買い、近所の
公園に入っていく。ベンチに腰かけ、少しして、後ろを振り返っていう。
「おひとついかが、SF本格推理作家」
「ユーモアのひとことも入れてねっ。わかってたの、藍ちゃん」
植え込みの影から出て、藍の隣に座る黒沢。チョコバーを1本渡す藍。
「アレキサンドライトを出た時から、気づいてたわ。小説のための実験につきあわ
されるのは、ごめんよ」
「うんにゃ。現実に真面目にやってたんですけど、おいら」
「悪いけど、とっても、下手」
「あ、そう」
「ジュースおごるねー」と自販機に向かう黒沢。藍の希望を聞いて、ブラックコー
ヒーと桃のジュースを買う。藍に渡して、自分も缶を開ける。
「真面目に女の子を尾行して、何の用?」
「ナンパじゃないよん。宿題ができたから、先生に提出しようと思って、さっ」
「アレキサンドライトでやれば済んだんじゃない?」
「真子ちゃんが伏せてたからさっ。ま、わざわざいいたい話じゃないよね」
「気が回るじゃない。でも、答えがわかったら、報告の必要ないんじゃない? 大体、
黒沢さんが興味持ったから、ヒント出したのよ」
「たーしーかーに。でも、データ集めて、考えたことなんかもあるから、話してみたく
なってさ」
「油売ってて、締め切りはいいの?」
「もう、編集さんに渡してあるのっ」
「で、話って何よ」
「・・・朱鷺の森ってさ、つぶれちゃったけど、真珠販売の老舗だったんだね。いわ
ゆる宝石もやってたんだ。それで、真子ちゃんも藍ちゃんも詳しい」
「詳しいといっても、一般的なレベルだと思うけど。好きは好きよ」
「おとーさんが亡くなった時、コレクションの宝石、結構手放したんだって?」
「祖父の時もね。生活費の極々一部に化けたわ。だいたい、単品で八桁いかない
ものは、資産価値、ないと思う。だから、極々一部的値段になったの。多少は、
価値のあるものも混ざっていたけどね。宝石なんて、好きで持ってないと意味な
いわ。残したのは、母と私たち子供、各自の誕生石をひとつずつ。それと、各自
に真珠のものを一揃い。ネックレスとかイアリングとか」
「子供の宝石はアレキサンドライト2つとブルーサファイアと、あとは何?」
「アレキサンドライトと真珠とブルーサファイアとシトリン。6、6、9、11月。6月の双子
の姉たちは好みが分かれてるのよ。どっちもありだから」
「藍ちゃんと話してもレクチャーになる・・・」
「こういう話をしたかったわけ?」
「ちがーう。このごろ、っていうか、ここ数年、宝石泥棒があちこちを荒らしてる
んだってね」
「治安が悪くなってるわね」
「被害に遭った物の中に、朱鷺の森さんのコレクションだったものも、混ざって
るってね」
「それはあり得るんじゃない?」
「しょーじきにいって、おいら、藍ちゃんを疑ってます」
「どうしてよ」
「なんとなく、勘」
「それが本格推理作家のいうセリフ?」
「勘はデータと経験に基づく論理的思考の結果、計算式表示を略して頭に答え
として出て来るものです・・・よん。ユーモアとSFも入れてねっ」
「無理に道化の口調にならなくても、いいけど」
「おかーさんは具合悪いんでしょ、除外。子供が4人いて、真子ちゃんは既婚
者でブルーサファイア事件の時は、いちおうアリバイ有りだしね。すぐ下の妹
さん、珠子さんだっけ、結婚して、披露宴準備で忙しいっていうんで、この人も
いちおう、除外。末っ子さんは高校生って聞いて、除外。独りで、自由に動け
て、9月の事件で現場にいたっていう藍ちゃんが残るのは道理でしょ」
「根拠薄弱だから、本格をとって推理作家」
「動機はわかんない。おとーさんなつかしさ? ファザコンなの?」
「推理になってないけど、話を創作するから、作家」
「本当に泥棒さんだったら、やめなよ、藍ちゃん。理由は知らないけど、悪い
ことはしちゃ駄目だよ」
「何考えてんだか。えーと、肩書がないわ」
「ただの三十男で構わないよん。おいら、こーいうの、見過ごせないタチなも
んだから」
「ごくろうさま。希少価値はあるかもね」
「ブラックオパール並み?」
「ブルーサファイアには、負けるわよ」
「勝ち負けじゃないんですけど」
「聞くだけ聞いとくわ。おせっかい、ありがと」
「否定しないわけ? おいらの考え」
「否定しても、しなくても、疑ってるんでしょ? だから、放っとく」
「なんだか、卑怯」
「戦法といってよね」
立ち上がる藍。
「ジュースごちそうさま。まあまあ面白いひまつぶしだったわよ。今度はまともな原稿
読ませてね、SF本格推理作家」
「ユーモアのひとことも入れてねっ」
「入れないのは、情けよ」
去っていく藍。
「いい線いってる推理だと思うよん。だけど、ユーモアを入れないのが、どうして情
けなんでしょ」
ベンチにひとりで、でんっ、と座り直す。
「現実はミステリみたいにいかない。そんな、すぐに犯人は恐れいったりしないねっ」


8 電話にて
真子と藍が電話で話している。
「つまり、黒沢さんはアレキサンドライトを早めに出て、藍が来て、出ていくのを待って
いたのね」
「そういうこと」
「で、藍に正面から切り込んだ」
「面白い人だわね」
「また、だわ。黒沢さん」
「なーに? 真子姉さんにもやったの?」
「別口のことでね」
「ふうん。その件のこと、聞いて欲しいの?」
「いいえ」
「じゃあ、切る。またね」
「ええ、またね、藍」


9 再びブルーサファイア VS ブラックオパール
数日後。とある会館のバンケットルーム。数十人の客が談笑している。出版パーティ
ーである。藍が青いバニーガールの恰好で酒を運んでいる。
「パーティー主催者のセンスを疑うんだけど・・・ま、いいでしょ」
盆に乗せたグラスがなくなる。脇に抱える藍。と、そこへ「やっほう、こんちゃ」という声。
「黒沢さん !?」
ブラックスーツを着た黒沢が立っている。なれていないのか、どことなく緊張気味。
「どうやってもぐり込んだの、SF本格推理作家」
「ユーモアのひとことも入れてねっ。ミステリ作家のお祝いだったんで、何とかツテで来
ちゃったよん」
「何しに?」
「藍ちゃんが変なことするなら、止めようと。真子ちゃんに、今晩ここで仕事って聞いて
たから」
「コンパニオンの仕事は、元々してるの。止めないで」
「おいらがいってるのは、違う仕事です」
「仕事の邪魔はしないでね」
「どーいう意味でいってるんでしょーか」
「素直な気持ちで聞きなさいよね」
「話は違うんだけど、何か、甘い香りがしない? バニラかなぁ」
鼻をひくつかせる黒沢。くすりと笑う藍。
「私の香水だわ」
「お菓子作って、バニラエッセンスを香水代わりにするとか? 冗談だけど」
「まさか。シャリマーっていうの」
「ふうん。ちなみに、どこの?」
「ゲラン」
「あ・・・そ」
「特に用事がないなら、私、仕事中なんだけど」
「影のようにお供して歩こっかな」
「変なことしないでよね」
と、そこへ非常ベルの音。併せて会場に白煙が満ちる。あちこちで「どうした」
の声。「ごめん、藍ちゃん」といいつつ、黒沢が藍の手首をつかむ。
「何するのよっ」
「ここで放すと、変な仕事しそうだから、つかまえとく」
「周りに誤解されるわよ。バニーガールの手をつかんでたって」
「しゃれのわかる人たちだから、だいじょーぶ」
「何がしゃれなんだか」
「さあさあっ、藍ちゃん。係さんの指示のとーり、避難しよーね」
「逃げないから、放してくれない? 痛いんだけど」
「うーん。いいでしょ。逃げたら、ますます「あやしー」くなるだけだもんね」
ブラックスーツの上着を藍に貸す黒沢。ほかの客に混ざり、一緒に避難する。


10 翌日 アレキサンドライト店内
黒沢がいつものようにガーリックトーストを食べている。向かいには久方ぶ
りにSILVER EYEが座り、紅茶を飲んでいる。
「真子ちゃーん、コーヒーもう一杯、ちょーだい」
「はい」
真子が自然にコーヒーを運び、自然にカウンターに戻る。
「あのさあ、SILVER EYEさん」
「なんですか、黒沢さん」
何事もなかったようにSILVER EYE。
「なんか、変わったね、SILVER EYEさん」
「どんな風に」
「無理して若い雰囲気出さなくなった気がする。それと、自信出てきたみたい。
前にそれがなかったわけじゃないけど、さっ。原因は何か、追及しないけど」
「ユーモアSF本格推理作家の観察結果ですか。なんとでもご自由に、どうぞ」
「ユーモアのひとことをちゃんと入れてくれて、あんがとねっ。観察はもはや本能
だよん」
「仕事柄ですね」
「SILVER EYEさんくらいじゃないの、フルで肩書いってくれんのはぁ」といいなが
ら黒沢は出ていった。
赤井と真子に話しかけるSILVER EYE。
「それで、ブルーサファイアさんでしたか、真ん中の妹さんは、黒沢さんの疑念
から逃れたんですか」
「ひとまず、大丈夫のようです。藍ちゃんと黒沢さんが一緒にいる時に、わたし
たちがお仕事しましたので」
「藍がチームを組んで動くのは珍しいんですけどね」
「黒沢さん、単独犯しか考えなかったんですか」
「らしいですよ。結婚してるからって真子ちゃんや、双子の珠子ちゃん・・・って
いいますが・・・は除外してしまうし。意外と頭が固い」
「お仕事でものすごく変わった発想をする反動かもしれませんね」
「とにかく、よかったですね」


11 同夜 イリュージョン
SILVER EYEが入口を見通せる席に座っている。虹野に案内されてくる真子。
「こんばんは」
「こんばんは。このごろ、ずっとSILVER EYEさんの方が早い・・・」
「スティールハンティングから待ち伏せに切り換えました。この席で、いいですか」
「ええ」
アドニスと同じテーブルに置かれるプッシーフット。「子猫のようにこっそり歩く人」
という意味のソフトドリンク。オレンジジュース 45ミリリッットル、レモンジュース15
ミリリットル、グレナデン・シロップティースプーン1杯に卵黄1個分をシェイクし、シャ
ンパングラスに注ぐ。
弦楽演奏が休憩に入ったところで、さりげなくSILVER EYEがいう。
「いつも柱の影に座っていたのは、少しでもブースターの暴走を防ぐため?」
目を見張る真子。
「力のことはマスターから聞きました。あの人の判断で、ここまでなら、という範
囲で」
「・・・・・・」
「僕の推測、合ってますか」
うなづく真子。
「気休めでしかないんですけど。つい、端に行きますね」
「話して、同調して、どれかの感情を増幅するというけれど、逆に真子さんが相
手の感情に巻き込まれる可能性もあるんじゃありませんか。その気がないもの
を増幅するとか、真子さん自身がパニックしてしまうとか。相手と話していなくて
も ?」
「ええ。コンディションが悪い時は、うっかりすると、そうなります。人込みがつら
い時ってありますよ。体調と精神的なものと、どっちも気をつけていないと・・・」
「アレキサンドライトは、大抵常連さんばかり。気心の知れてる人が多いですか」
「私にとっては、避難所に近いんです。それでも、人と会える場所ですから」
「ブースターの暴走があり得ることでも、独りでいるのは寂しい・・・のかな」
「・・・・・・」
「まだ、いろいろありそうですね」
真子は黙ってプッシーフットのグラスを持ち上げる。ピンクがかった赤いカクテル
の色が瞳に写しとられる。その目を見ながらSILVER EYE、
「うさぎは放っておくと寂しくて死んでしまうって、いわれてますね。おとなしい性質
から、そんな俗説が出てきた。苦しい時でも、何か起こっても、騒いでそれを伝える
ことをしないから」
「私、うさぎじゃありませんけど」
「猫でもないはずでしたけど。いいですよ、何でも。真子さんのペースに合わせて
おつきあいしますから」


第7話(後半)終わり


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