1 アレキサンドライト店内
黒沢がラズベリージャムを塗ったトーストを食べている。飲み物はミルク。
「真子ちゃーん、チョコマフィンひとつ、追加でちょーだい」
「はい」
いわれた物を運ぶ真子。とまどい顔である。
「あんがと。おいらの顔に、なんかついてる?」
「いいえ、なにも」
「注文したものに驚いてんでしょ?」
「はい。ごめんなさい」
「いいよん。驚くだろーと思ってたから。今日、おいらの誕生日でさ、甘い物で
セルフお祝いなのさっ」
「わあ。おめでとうございます」
「あんがと。で、10月の誕生石って、何?」
「オパールかピンクトルマリンですね。黒沢さんなら、オパールの方がいいの
では。遊色効果っていうのがあるんです。石を動かしたり見る方向を変えると、
含まれているものによりますが、白、黄、赤、緑などの色がきらめくんですよ。
色が踊って、意志を持って遊んでいるみたいです。地色が4種類ありますが、
黒沢さんだから黒がお似合いかしら。黒といっても実際には灰色から黒、青
や緑も含まれます。黒は地色が濃いほど価値があります。それと、赤やオレ
ンジの色が浮かぶ物があまりないので、そういうブラックオパールは高価です」
「レクチャーあんがとっ。もっとも、自分で宝石買うわけじゃないから、いいけど
さっ。仕事の参考になればと思って」
「お役にたてれば嬉しいです」
「真子ちゃん、おいらのお仕事、知らないよね」
「知ってますよ、覆面作家でSF本格推理の来井 円先生」
「ユーモアのひとことも、入れてねっ。いつ、気づいたの」
「「スペーストラベラー」誌のエッセイが始まってすぐです。わかりますってば。
最近引っ越しただの、毎朝食事する軽食店には宝石の名前がついているだ
の、朝はガーリックトーストにコーヒーだの、ウエイトレスに新刊をプレゼントし
ただの、って書かれてるんですもの」
「話題にしないから、読んでないのかと思ってた」
「ここにいらっしゃってるときはプライベートでしょ。覆面で通されてるし。黒沢さ
んから話してくださるまで、知らん顔していようって方針だったんです。ねっ、マ
スター」
コーヒーを自分で飲んでいた赤井、
「そういうわけでした、来井先生」
「ポーカーフェイスにやられましたあ。気い遣ってくれてて、あんがとねっ。いやぁ、
毎朝ここで過ごしてて、このごろ半分家みたいな感じがしてさ。そのくせ、正体不
明のまんまなのが、なんか、寂しくなってきちゃって。はっきりさせてよかった。こ
れからも黒沢でよろしくねっ。本名だからさあ」
「はい」
やがて会計。レジで「オーロラたちの饗宴」を見ながら、黒沢、
「あれからSILVER EYEさんと行き違いが続いてるんだよね。なんか、悪いや」
「気にされてないみたいですけど」
「そう? そんなら、いいんだけど」
「締め切りが近いんだよーん」といいながら、黒沢は出ていった。
「SILVER EYEさんは、忙しいの? このごろ、ご無沙汰だけど」
目を細くして、赤井。
「そうみたいですね。秋はなにかと芸術関係のイベントがありますから。大使館関係
もあるかもしれません」


2 路上
さっさと歩いている黒沢。
「最初から考え直してみればさあ、盗まれたはずの「オーロラたちの饗宴」が、盗難
届けも出されずにアレキサンドライトにあること自体、おかしいんだよね。おいらの
手に負えないような気がする。で、今度は真子ちゃんの妹があやしーって? なんで
おいらはこういう類の信号をキャッチしちゃうんでしょーか」


3 夜 グラデーション
カウンターに座り、藍がスプリッツアーのゴブレットを持っている。氷を入れたゴブ
レットにワインを注ぎ、ソーダ水を満たして軽くステアする。好みで添える飾りのス
ライス・ライムは、藍にはいらない。
「マスター、10月の誕生石はオパールとピンクトルマリンって知ってた?」
「おや、そうでしたか」
知っていても、そう答えるとは限らない店主。藍もそのあたりは心得ている。
「オパールの遊色効果は好きよ。でも、そうだからといって、誕生石の通りに動くっ
て決める必要はないもの。私は、好きなようにやるわ」
静かに聞いている店主。


4 翌朝 アレキサンドライト店内
黒沢がガーリックトーストを食べている。
「真子ちゃーん、コーヒーおかわり、ちょーだい」
「はーあーいっ」
ウエイトレスがコーヒーを運んでくる。首を傾げる黒沢。
「あんがと。・・・真子ちゃん、どっかおかしくない?」
黙って脇に立っているウエイトレス。
「黒沢さん、正解です」
カウンターの影にしゃがんでいた真子が立ち上がる。
「真子ちゃんが二人っ !? あっ、双子の妹さん?」
「三女だわよ」
「藍といいます。青は藍より出て・・・の藍です。ひとつ下。最初、妹がカウンタ
ーの影にいたんです。一回目のサービスは私が」
「よかったぁ。最初から妹さんだったら、ショックだったよん。初めましてっ、藍
ちゃん。おいら、黒沢です」
「初めまして、あなたに呼び出されたみたいね。今、わざと真子姉さんと違う口調
でやったんだけど」
ふん、という顔の藍。
「お客さまをからかうのはやめなさいっていったんですけど、二人ともきかなくて。
すみません」
いいながら顔は笑っている赤井。
「いーよいーよ、家みたいなもんだしい。いもーとにからかわれたと思うからっ」
「おそれいります」
「兄がSF本格推理作家ねえ。脱稿前に、全部真相当ててやろうかしら。私の
解決の方が面白いかもよ」
けろりという藍。
「ユーモアのひとことも、入れてねっ」
あらためてコーヒーをがぶりと飲む黒沢。
「真子ちゃんに宝石のことレクチャーしてもらってるけど、藍ちゃんも好きな方?」
「好きね。家のこともあるし」
「へ? 家?」
「・・・真子姉さん、話してないんだ」
「ええ」
「なになに、何なのっ?」
目顔で相談する姉妹。
「じゃあ、黒沢さん、ヒントあげるから、自分で調べて。作家ならデータ集めは
慣れてるでしょ」
「集めることは多いよん。でも、きびしー、藍ちゃん」
「姉さんが話してないから。私のフルネームは朱鷺の森 藍。ヒントはこれだけ」
「名字がヒントだっていいたいらしいね。時間を守るの ? 時の守 ?」
「ニッポニア・ニッポンの朱鷺にひらがなののに、木が3本の森」
「りょーかい。・・・しかし、調べるとデータが出てくるって、どーいう家なのさっ。も
う一つ、聞かせて。9月にブルーサファイアの販促展で、発煙筒その他を使った
派手めの盗難事件があったけど、その場にいた?」
「いたわ。それが何か?」
「おいらも、いあわせてね。真子ちゃんそっくりな人みかけて、びっくりしちゃってさ。
それでお会いしたくなったわけだよん」
「あ、そう」
「ついでだあっ。真子ちゃんの双子の片割れさんって、元気? 何してんの?」
「なんで話がそこに飛ぶのよ」
「珠子。珠算の珠の字、真珠の珠の子です。この間、結婚しました。披露宴は
もう少し先です。忙しくしていますよ」
「それじゃあ、あやしーリストから除外かなあ」
「はい?」
「なんでもなーい。ごめんっ。締め切り近いの。藍ちゃん、また会おうねっ」
「発表前の生原稿持参したらね、SF本格推理作家さん」
「ユーモアのひとことも入れてねっ」
「藍ちゃんにもらった宿題もあるしーっ」といいながら、黒沢は出ていった。
残された赤井、真子、藍。
「結局、あの人、何なわけ」
「9月の事件で私たちを疑い始めた人」
「民間人よね。放っとけば?」
「せっかくの常連さん、いまやお友だち感覚なんですよ。疑いをなくしてもらって、
楽しくいきたものです」
「マスターも甘い人よね」
「堪忍してよ、ブルーサファイア」
「とにかく、気をつけるわ」
「手伝うことがあれば、するから、藍」
「ご無沙汰してたけど、これを機に連絡は密にする? 珠子姉さん、降りちゃったし」
「そうね」


5 数時間後 アレキサンドライト店内
「こんにちは」とSILVER EYEが入ってくる。定位置に座り、さりげなく店内を見回す。
「真・・・お姉さまは?」
「真子ちゃんは午後から早退です」
眉をひそめるSILVER EYE。
「どこか、具合が悪くなりました?」
「いたって元気です」
「そうですか」
ほっとした表情になる。
「SILVER EYEさん、ほかにお客さんがいないときは、真子ちゃんのこと、無理した
呼び方しなくていいですよ」
「マスター・・・」
「これ以上、いいっこなしにしましょう」
注文を聞く前に紅茶を入れようとする赤井。SILVER EYEが止める。
「真子さんがちょうどいないんで、マスターに伺いたいことがあるんですけど」
「話すとは保証できませんが、何でしょう。準備中の札、下げますか」
「それほど時間はかかりません」
カウンター内でうなづく赤井。「罪ほろぼしかな・・・」とひとりごと。
「では、手短にどうぞ」
「単刀直入に聞きます。真子さんの力、何ですか。アレキサンドライトチームの
仕事の仕方は二通りですよね。いわゆる泥棒型と真子さんがターゲットに接触
する方法。僕も2、3回見てますけど、どうしてああなるのか、わからないんです。
催眠術には見えませんが」
目を細くする赤井。
「SILVER EYEさんには、いっても、いいか・・・」
「頼みます」
「真子ちゃんのは、ブースターですよ。増幅ね。ターゲットのある感情をつかまえて、
それをターゲット自身の中で膨らませます。大抵、訳ありの依頼ですから、ターゲ
ット自身にも屈折した気持ちがあることが多いんです。罪悪感なり、お品を本当は
手放したい気持ちなり。それらをちょっとでも意識の表面に出させたら、増幅をか
けます。あとは、流れにまかせていれば、何とかなるんですよ」
「もう少し具体的にいってくれませんか」
「結婚詐欺師にも一片の良心はあります。被害者に悪かったと一瞬思えば、罪悪
感発生、増幅させます。結果、一番最近の戦利品を手放してしまい・・・それがこ
ちらの欲しいものでしたが・・・その足で警察に自首するおまけがついたこともあり
ました。身につけているルビーを、本当はある人に返したいけど、意地があって返
せない。パーティーで知り合いだと話したら、渡して欲しいとターゲットから託された
り。そういうものです」
「・・・ある感情を意識の表面に出させるって、どうやって」
「話しているうちに、出るほうに持って行きます。相手と直接話して感情を出させな
いと増幅できませんがね。話術が絡みます。話し上手は聞き上手」
「たしかに・・・イリュージョンの真子さんは聞き上手ですね。もちろん、聞くだけでは
ありませんけど」
「本心から楽しいんじゃありませんかね、イリュージョンでは」
「ターゲットに狙う感情がなかったら、出せませんよね」
「お手上げです。手段を普通の泥棒さん式に変えます。というか、どっちの手段が
いいかは、依頼を聞いて先に考えますので。タイムリミットその他もありますが」
「なんで、そんなことを始めるようになったんですか。だいたい、どうやって身に
つけたんだか」
「真子ちゃんの生まれつきのものです。わたしと真子ちゃんの利害が一致しまし
てね。わたしはわたしの経営方針で夜間営業もしたい。普通の泥棒さんの方法
では限界がある。真子ちゃんは方針を理解してくれて、ガス抜き兼ねて、やって
ます」
「ガス抜き?」
「コントロールできるのは確かなんですが、全然やらないとパワーが溜まって爆発、
暴走しかねないらしい。お仕事っていう大義名分がありますので、安心して力を使
ってます。ある程度、人の心をいじるでしょ? 本人も良心がとがめるんですよ」
「・・・・・・」
「意気投合して盛り上がる、なんていうのは、誰しもあるけど、そのパワーが極端に
あるらしい。こんなもんです、真子ちゃんの力は」
「・・・・・・」
SILVER EYEの目がうっすらと銀色を帯びてくる。
「・・・・・・増幅させて、そのあと、どういう行動に出るかの方向性も、多少操作でき
るんじゃありませんか。流れにまかせていれば何とかなる、ではなくて」
「・・・・・・」
「否定しないと、肯定にとりますよ、マスター」
「方向操作は半ば無意識でコントロール不能です。責めないでやってください」
「マウストラップを使う者としては、人のことは責められませんが」
「あれは感覚遮断するだけでしょうが。意識の方向はいじらない」
「まあね・・・話を戻します。まだいろいろと伏せてることありませんか、それも、やっ
かいなことを」
「・・・・・・」
「あるんですね」
「・・・・・・」
「話題に出たマウストラップに入りますか?」
銀色の度合いが増す。立ち上がるSILVER EYE。後退る赤井。背中が食器棚に
ぶつかる。
「マウストラップは絵を媒体にするんでしょ? ここには、ありませんよね。「オーロ
ラたちの饗宴」はマウストラップ用ではないし」
「普通は接近して直接かけるんです。絵を使うのは遠隔用バリエーションと僕の
趣味です」
「ブースターのことだけでも相当な企業秘密ですから。これ以上いえません。まし
て、真子ちゃん絡みで本人に無断では・・・」
「感覚をいくつか、お預かりします」
銀色に光るSILVER EYEの目。周囲の空気がうなりはじめる。赤井が叫んだ。
「しゃべりませんからね !」
空気のうなりが消える。SILVER EYEの目が普通に戻る。
「・・・ですよね」
莞爾(かんじ)とするSILVER EYE。
「SILVER EYE・・・さん・・・」
「これで話したら本当に入っていただこうと思ってましたけど、やっぱり相棒ですね。
そんな、何もかも一度に聞き出そうとは思ってませんよ。無理強いしませんし」
「ひどい、ひどすぎる、SILVER EYEさん」
「僕も真剣なものですから」
澄ましていうSILVER EYE。
「わたしだって、これでマウストラップかける人だったら、お邪魔虫に化けてましたよ」
「かけませんよ」
どっと汗をかく赤井。
「真子さん、あまり自分のことは話してくれませんから。すみませんね」
「いいえ、どういたしまして。焦らずいけばどうです? 若いんだから。時間あるでしょ?」
「確かにあります」
ふき出すSILVER EYE。
ドアを開けて、客が入ってきた。業務用の顔に切り換える赤井。
「いらっしゃいませ ! 」


第7話(前半)終わり

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