1 アレキサンドライト店内
黒沢が、険しい顔をしてガーリックトーストを食べている。
「真子ちゃん・・・コーヒーもう一杯、くれるかな」
「はい」
真子が2杯目のコーヒーを運ぶ。
「ありがとう・・・」
「黒沢さん、どうかされたんですか?」
心配顔の真子。
黒沢は真子から視線をはずし、振りしぼる感じで、「あやしーっ」とひとこという。
コーヒーカップを口元に持っていくが、手を止め、ソーサーに戻す。
「もう、いい。やっぱり、黙ってらんないっ、いうっ !」
真子をきっとにらみつける。にっこり視線を受け止める真子。
「何か不作法がありましたでしょうか」
「あやしーっ」
今度は叫ぶようにいう。
「何がでしょう」
「真子ちゃんとSILVER EYEさん」
断言する黒沢。
「どうも、ここ1か月くらい、おかしいよ。前とほとんど態度が変わってないけど、
極々微妙に、違う。なれなれしげっていうか、親しげっていうか、とにかく、変。
これ以上の言い回しは、したくないっ。視線が絡んでるよっ」
「黒沢さん、想像力が豊か過ぎるのではないでしょうか」
「職業上のそれと、観察力は、別なの。 おいらの目をごまかせると思っちゃい
けないよ」
「でも、そんなこと、おっしゃられても・・・」
「アレキサンドライト臨時休業の翌朝から、おかしいっ。あれ以来、ずっとイアリ
ングしてるね。銀細工だったよね。どーいう符合?」
「どうって・・・」
静かにコーヒーを入れている赤井。ドアを開けてSILVER EYEが入ってきた。
勢いの止まらない黒沢。
「しらばっくれたきゃ、そうしてなよっ。でも、いうだけ、いっとく。不倫はやめとき
なさい。おいらは、反対です。客の立場でいうことじゃないけどさっ。真子ちゃん
もSILVER EYEさんも好きだから、いうのっ」
真子が何かいおうとしたところにSILVER EYEが割り込んだ。
「おはようございます」
「おは・・・いらっしゃいませ」
「SILVER EYEさん、いらっしゃい」
3杯目のコーヒーを注ぎながら赤井。
「あやしーのの、もう片割れが来た」
黒沢のきつい視線を平気で見返すSILVER EYE。自然に視線をはずし、
「お姉さま、紅茶、お願いします。のどがかわいてるんです。早めにお願いします」
「はい」
カウンターに入る真子。
「避難させたってわけ? へーえ」
SILVER EYEを睨め上げる黒沢。
「のどがかわいてますので」
黒沢の斜め前に立ち止まり、おっとり見下ろすSILVER EYE。
「SILVER EYEさん、品のよさそうな顔して、やってることはどろぼー猫じゃん。がっ
かりだよ」
「黒沢さん、これ、知ってます?」
脇に抱えていた美術誌を開いて差し出す。
「何さ」
「僕の新作です。写真が載ってます」
「い?・・・これって、真子ちゃん?」
木陰のテーブル。襟だけ白い紫のワンピースに銀のイアリング、髪をおろし
た若い女性が籐椅子に腰かけている。手は自然に膝の上で重ねている。タ
イトルは「シャレード」。
「モデルううう ?!」
「ええ。お姉さまにお願いしたんですけど」
「いつの間にーっ」
「8月からこつこつと。ちょうど、アレキサンドライトが臨時休業した頃ですね」
「うそーっ。どーして、人物画なの」
「遊びと冒険を兼ねて、挑戦してみたんですけど。夏休みの過ごし方で、話
しませんでしたか」
「だからって、いきなり、彩色画で真子ちゃんを描くなんて」
「いっそ人物画っていうヒントをくれたのは黒沢さんでしたよ」
「微妙ななれなれしさの原因って、これだったってのーっ !?」
「さあ。僕には、何とも」
「おいらは・・・自分の観察力と判断力の方を信じるっ」
必死に態勢をたてなおす黒沢。
「どうして、真子ちゃんが香水してたのさっ」
「ああ。モデルに慣れてなくて、固くなってましたので、リラックスしてもら
おうと、僕がおすすめしました」
「だけど、なんで、SILVER EYEさん、香水なんて持ってるの」
「教養の一部、それにインスピレーションの助けにならないかと、結構持
っています。女性用もね」
「イアリングは?」
「こちらで用意しました。結局、お礼がわりに差し上げました。ちなみに、
服も」
「どーして、今まで黙ってたの」
「企業秘密です。口止めしてたんですよ」
「SILVER EYEさん・・・。あとから思いついた、心理的アリバイじゃないの」
「どう考えようと、黒沢さんのご自由ですけどね。はっきりした根拠もなし
に女性を責めたてるのはどうかと思いますよ」
「うーっ」
唸り声と共に立ち上がる黒沢。
「お騒がせしました、お勘定お願い。真子ちゃん、ごめんね、馬鹿なこと
いって。マスター、出入り禁止にしないでね。頼んます」
「今後も、どんどんお越しください、黒沢さん」
赤井がレジに立つ。「さいならっ」と足早に出ていく黒沢。
「真子ちゃん、裏口が開いてないか、心配になってきた。見てきてくれる?」
「はい」
真子が出ていく。
黒沢のオーダーが出なかった3杯目のコーヒーを自分で飲む赤井。
「うーん、いい味。SILVER EYEさん、ごめん。紅茶、もう少し待ってね」
「のどが普通になりましたから、急がなくていいです」
「黒沢さんにマウストラップしかけませんよね、SILVER EYEさん」
「しかける理由はありませんよ。道義的に、黒沢さんのいってることは正し
い」
「・・・そうですか。わたしは真子ちゃんも黒沢さんも守りたいという欲張りな
人間でして」
「マスターの立場なら、そうでしょうね」


2 裏口
真子がゴミ置き場の掃除をしている。
「赤井さん、裏口が閉まっているのは、百も承知で・・・」
せっせとホウキで掃く。
「黒沢さんの眼力って、恐い。さすがだけど・・・」
手を止めて空を仰ぐ。
「暑い日もあるけど、風はもう、秋のものね」
「アレキサンドライトさん !」
「はい?」
ホープダイヤの依頼者が裏の道を近づいてくる。
「あ、お久しぶりです、お客さま。どうされました」
「いやあ、あなたが無事か、心配で。よかった。馬鹿なことを頼んでしま
ったから、気になって・・・」
「私、この通り元気ですよ」
にっこりと笑う。
「ええ、ええ。呪いのダイヤなんて、ありませんよね。よかった」
破顔する依頼者。
「そうですよ。自信持ってください」
「そうだね・・・えっ?」
「いえ、こっちのことです」
「なんだか、前よりきれいになりましたね」
「そうですか? ありがとうございます」
片手をそっと銀細工のイアリングにあてる真子。


3 路上
黒沢がずんずん歩いている。
「退いておくよ。いうだけはいったから、さっ」


4 夜 グラデーション
翔と珠子がカウンターに並んで座っている。
「9月はブルーサファイアだろ。どこを狙うんだ」
「・・・・・・」
「おい、珠子?」
珠子はカウンターの上の世界一周とキッス・オブ・ファイヤーを見ている。
次いで白いジャケットにピンクのワイシャツの翔を見る。
「翔には、いろいろ合わせてもらってるのよね」
「それがどうかしたか」
「ごめんね。ありがと」
「いまさら。俺が好きでやってるんだ」
「・・・やめるわ、ピンクパール」
「何?」
「泥棒稼業、やめる。もう、おしまい」
「どうしてだ」
「ん〜。コンクパールもらって、憑き物が落ちたかな」
左手でグラスを持ち、軽く上げる。手首をひねり、翔に指輪を見せる。
「ちゃんと金を払って買った甲斐があったようだな」
「それとね、7月に金城さんにエスコートしてもらったでょ。優しかったし、とっ
ても気の回る人だったけど、やっぱり、私、翔がいいって思って。あらためて
ね。翔でないと嫌」
「ふうん」
「北海道で、姉さんに電話かけたでしょ。何だか、妬けちゃって」
「珠子の考えすぎ」
「落ち着きたいな、って」
上目使いで翔を見る。
「結婚するか・・・。泥棒と両立は可能だと思うが」
「半分以上、翔にやってもらってるもん。もう、いい。これ以上無理しない」
「その方が、いいかもな」
「うん」
「うちの両親に挨拶しにいくか」
「柴崎のおじさま、おばさまに?」
「すじだろ?」
「うん・・・」
「帰りますか、翔さん、珠子ちゃん」
彫像のようだった店主が声をかける。
「ああ。部屋を引き払うよ。長いこと、お世話さま」
「でも、またお店には来れるわよね」
「思い出したら、いらしてください。ひとまずのお別れにビジューでもおごら
せていただきましょうか」
宝石という意味のジンベースのカクテル。アンバー・ドリームともエメラルド
とも呼ばれる。ただし、オレンジ色をしている。
「武者修行も終わりだ。帰った先は、もっときついがな」
「サポートするね。あまり頼りにならないけど」
「いてくれれば、いい」


5 同時刻 アレキサンドライト店内
閉店後の店内に赤井と真子。夜間営業の相談中。
「9月はブルーサファイアだね。真子ちゃん、どうする」
「今はちょっと、この宝石に関わりたくありません」
目を細くする赤井。
「ブルーサファイアは贈られた人が不貞を働くと、色がピンクに変わってし
まうというね。だんなさんが奥さんを疑って贈る、なんていう話しもある」
「どこかのブルーサファイア好きにいったら、「それがどうしたの?」って答え
るでしょうけど」
「お客さんもいないし、ブルーサファイアはどっかのお嬢さんにがんばって
盗ってもらいますか。ところで、今夜は緑屋さんは?」
「残業です。もしかしたら、会社に泊まり込みかもしれません」


6 翌朝 アレキサンドライト店内
何もなかったような顔で、黒沢がガーリックトーストを食べている。
「真子ちゃーん、コーヒーおかわり、ちょうだい」
「はい」
いつもと同じように2杯目のコーヒーを運ぶ真子。
「あんがと」
新聞から目を離して、ほいっ、と真子にキャンデーの包みを渡す黒沢。
詫びのつもりらしい。目と口元で笑い、黙って受け取る真子。
「ブルーサファイアでレクチャーすることがあったら、おせーて」
「矢車草の花の色、コーンフラワー色が、最高とされていますね」


7 吉祥寺 某デパート
「矢車草の青・ ブルーサファイア展示即売会」が開かれている。大勢の
女性に混ざって、うろちょろと会場内を行き来する黒沢。
「取材〜っ。おいらがどろぼーだったら、どんな手段で盗もうか。夜中に
こっそり忍び込む、昼間、試しにつけてみるといって、そのまま持ってく
る、あるいはすり替える。えーと、そのほか、過激な手段もあるかな」
ケース内のピンクサファイアを珍しげに見る。
「最初からピンク色じゃ、リトマス試験紙にならないねっ」
突然、ドンッ ! という爆発音。吹き上がる白い煙。連続して起こる爆発音
と白煙。あちこちであがる悲鳴。「落ちついてください」という従業員の声。
「げっ。おいらの空想が現実になっちゃったじゃないの」
妙に落ちついている黒沢。視界のきく限り、周囲を見渡す。見慣れた顔を
会場内に見つける。
「真子ちゃん?」
店内のパニックや従業員の指示とはまったく関係ない動きをして、「彼女」
は白煙の中に消えていく。
「何してるんだよっ、真子ちゃん ?!」


第6話(前半)終わり

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