9 深夜 新規開店の宝石店
金庫前の赤井と真子。
「とりたてて、特別な代物じゃないね」
「警報装置は?」
「解除済み」
「なんだか、上手く行き過ぎているような気がするんですけど・・・」
「真子ちゃん、考えすぎだよ」
金庫を開けてあれこれ頂戴する赤井。
「真子ちゃん、何かオーダー、あるかな」
「何となく、早く帰りたいです」
「神経質になってるの? ホープダイヤの呪いはただの伝説ですよ。ハリー・ウィンス
トンのブランドは、いまだに健在じゃない。でも、そういうのなら、とっとと引き上げま
しょう」
「せかしちゃって、すみません」
通用口に向かう二人。外に出てドアをしめた時、ライトが当てられた。
「動くな !」
待ち構えている警備員が3人。
「どうして・・・警報は切ったのに・・・」
「・・・待ち伏せ」
リーダー格とおぼしき警備員が答える。
「店内には警報が鳴らないタイプでね。出てくるのを待っていた。警察もまもなく到着
する」
捕獲のために、その他二人の警備員が近づいてくる。
「真子ちゃん、逃げて !」
いきなり、手前の警備員を殴りつける赤井。
「赤井さん !」
「行って ! 家庭を持ってる人が、つかまっちゃ駄目だよ !」
「・・はいっ ! 後で・・・助けますから・・・」
「早く ! 」
リーダー格の警備員の脇をすり抜け、脱兎のごとく走り出す真子。駆けながら呟く。
「やっぱり、ホープダイヤが?」


10 同時刻 北海道
翔がホテルのロビーで電話をかけている。脇に立っている珠子。
「出ない・・・ということは二人で旅行か?」
「姉さんは夜間営業とか・・・」
「それもあり得るな。結局、状況不明か」


11 宝石店 通用口付近
警官に手錠をかけられる赤井。泥のついた顔。すり傷、かすり傷、打撲傷を
体のあちこちに負っている。脇に立つ警備員たちも同様である。
「逃げた相棒の話、その他、署でゆっくり聞かせてもらおうか。余罪もあるか?」
「・・・・・・」
「ま、名前を聞くのが先だな? お初の顔で、まあ、楽しみだ」
「・・・・・・」
何も話すまいという表情の赤井。


12 早朝 アレキサンドライト店内
明かりをつけ、ウエイトレスの服装で、真子がぼうっと客席に座っている。黒沢の
定位置。SILVER EYEが相席する場合は、いつもその向かいに座ることになる。
「赤井さん・・・」
宝石店から直行して着替え、椅子に座ったまま。忘れられた人形か待ちぼうけの
うさぎの様子。
前触れなく、店内の空間がゆらりと揺れ、入口近くに人影が現れた。その気配に、
ぼんやりと目を向ける真子。
「SILVER EYEさん !?」
「おはようございます。滅多にしませんけど、こういう芸当もできます」
テレポートのSILVER EYE。早朝にも関わらず、きっちりと緋色のブレザーを着て
いる。
「店内の様子がおかしいと報告が来たから・・・用事を済ませてからで、遅くなりま
した」
歩み寄りながら真子の服装を見る。
「確かに、動転していますね、真子さん」
「SILVER・・・ EYE・・・さん・・・」
ふらりと立ち上がる真子。一、二歩、進んで立ちすくむ。真子を安心させるように
微笑みかけるSILVER EYE。真子は小走りに寄っていって、胸にかじりついた。
「SILVER EYEさん ! ・・・SILVER・・・ EYE・・・さん」
「はい・・・。どうしたんですか。いつもの真子さんらしくない」
真子の背中をぽん、ぽんとたたく。
「非常事態なのは、わかります。でも、落ちついてくださいね」
真子はSILVER EYEの体に頭をもたせかけ、ブレザーの襟をしっかりつかみながら、
「赤井さんが、帰って来ないんです」


13 主客逆転
茶色いうさぎと白いうさぎのコジーをかぶせたティーポットがテーブルの上にのっ
ている。ティーカップも2つ。真子を座らせ、プライベートだからと、SILVER EYEが
紅茶を入れた。紅茶を蒸らす間に、彼は必要最低限のことを真子から聞き出し
ていた。それ以上は真子に話をさせず、黙ってお茶タイムにした。
「SILVER EYEさん、紅茶屋さんになれるかも」
1杯目の紅茶の水色と香り、2杯目の味で落ち着きを取り戻した真子がいう。
「もう、大丈夫のようですね」
ほっとした顔のSILVER EYE。
「それにしても、ウエイトレスの恰好でいたから、驚いた。その姿で夜間の仕事に
行ったわけではないでしょう」
「前からの打ち合わせなんです。仕事中、万が一、どちらかがつかまったら、もう
一方は普段通りの行動をする。赤井さんだったら、アレキサンドライトの開店準備
をする、私だったら出勤して支度する。共犯なのは明かさない、って。実際にどこま
で黙っていられるかは、別として。私、本当は、こんな風に直行したらいけなかっ
たんです。早すぎて、異常なんですよ」
「おかしい恰好は、ウエイトレスの服装をしている、というだけじゃないんですけどね」
「え?」
「いえ、こっちのこと。真子さん 、直行して正解ですよ。それで「オーロラたちの饗
宴」から報告が来ましたから」
「助けていただけます?」
遠慮がちに尋ねる真子。
「ええ、もちろん」
「どうやって?」
「関係者一同の記憶を消して、事件そのものの記録も消しましょう。警備員、警察
官、被害者の宝石店経営者ならびに従業員、そしてマスター。警報の記録や警察
の出動記録もね」
「そんなこと、できるんですか。疑うわけじゃないんですけど」
「できますよ。いつもはしないだけです。できるからって、あまり好き勝手に動くのは
考えものかと思って」
「あの、赤井さんの記憶まで消すのって、行き過ぎみたいなんですけど」
「マスターに、借りができたと気にさせたくないんですよ。僕はいいですけど、きっと
尾を引く人だから」
「そうかもしれませんね。私の記憶は、消します?」
「消して欲しいですか」
「いいえ」
「では、そのままにします。今から動いて、そうですね、昼前には完了しますから」
「よろしくお願いします、SILVER EYEさん」
深々と頭を下げる真子。
「どういたしまして。それで、マスターには急に風邪をひいたと思い込んでもらいま
すから、今日はアレキサンドライトは臨時休業にしたらどうですか。真子さんもくた
びれてるようですし」
「いえ。紅茶で、随分元気になってます。今日、普通に動けそうなくらい」
「そう? 紅茶にかけた魔法がきいたかな」
嬉しそうなSILVER EYE。ポットに残ったティーカップ半分ほどの紅茶を最後の一滴
まで注ぐ。
「夕べは役に立てなかったけど今日で取り戻せそうです。よかった」
「そのことなんですけど」
思い切ったようにいいだす真子。
「SILVER EYEさん。もしかして、夕べでなくて、その前のおとといの晩、いました?」
「いました」
品のいい笑みを浮かべるSILVER EYE。
「ターンがきれいでしたよ」
「やっぱり、いたんだ。いてくれた・・・わけですか」
2杯目を飲み干したティーカップの底を見つめながら、真子がいう。
「ええ。余計なお世話ながら 」
「いつも、心配してくださってるんですね。お礼しないと」
「いりませんよ」
「いえ、やっぱり何かさせていただきます。今度の件もありますし」
目を上げてSILVER EYEを見る。
「赤井さんじゃありませんけど、気に病みます。私にできること、何かいってください」
「・・・あまり返してほしくない借りですけど、真子さん」
困った顔のSILVER EYE。
「だからこそ、返します」
にらめっこに近い、真子の視線。SILVER EYEが目を「オーロラたちの饗宴」に向け
る。首を傾げるSILVER EYE。そのまま、ゆっくりという。
「そうですね。じゃあ、これを機会に、ひとつお願いしましょうか」
「何でしょう」
「簡単なことですけどね」
SILVER EYEがティーカップを持ち上げた。


14 アレキサンドライトの開店時刻
店の入口に包みを持った黒沢が立っている。「臨時休業」の貼り紙が出ている。
「おーい、臨時休業なんて、聞いてないよーっ。だから、臨時か。うっ、うっ、うっ、
旅行お土産持ってきたのにーっ。暑い時こそ、沖縄ーっ、てわけでサーターアン
ダーギーだよん。半分仕事だったけど、さっ。このごろ東京でも売ってるけど・・・。
はあ、今日の朝ごはん、どこで食べよう」


15 正午近く 横浜
山下公園の中を、真子が急ぎ足で歩いている。髪をおろしてカチューシャでお
さえている。白いブラウスは、襟元で大きなリボンを結ぶ。スカートは緑を含ん
だ水色のフレアー。白いローヒールのバンプスを履き、左手中指に小粒のア
レキサンドライトの指輪をして、その手にハンドバックを持つ。顔を流れる汗を
ハンカチで軽くおさえる。日の光の元で、真子のスカートのような色をしている
アレキサンドライト。


16 同時刻 赤井の私室
ベッドで深く眠っている赤井。


17 同夜 北海道
ホテルのロビー。呼び出し音の鳴り続ける受話器を戻す翔。脇で見守って
いる珠子。
「アレキサンドライトチームが2晩続けて仕事するのは考えにくいんだが・・・」
「マスターの家にかけてみるとか」
「そこまでいくと、やり過ぎな気がする」
「今でも充分、やり過ぎだと思うけど。ねっ、翔、やっぱり、緑屋さんと旅行よ」
「それならいいがな」
「ラウンジバーに行ってみる? 翔、気にしすぎだってば」
珠子がエレベーターのボタンを押しに行く。あとからついて行く翔。
「俺はなんとなく、旅行ではないほうに期待するがな・・・矛盾だな」


18 翌朝 アレキサンドライト店内
開店時刻のアレキサンドライト。私服の真子が、ぼうっと客席に座っている。
昨日座っていたのと同じ席。
「夢でも・・・見ていたみたい」
黒の混ざった紫色のシンプルなワンピース。襟だけ白い。パンプスも紫色。髪を
おろしたままで、銀細工のイアリングをしている。アレキサンドライトは、ワンピー
スと同じ色に光っている。
ドアを開けて、黒沢が入ってきた。
「おっはよーございまーす。昨日、食べそこねたから、ガーリックトースト、ダブル
ね。余ったら、持って帰っちゃうよん。へ? ・・・真子ちゃん?」
「おはようございます、黒沢さん」
あわてて立ち上がる真子。
「私服の真子ちゃん、初めて見たーっ。何か、朝から得した気分。どーしたの?」
入った勢いで近づいてくる。
「来るのが遅れたんです」
「髪、おろして、かわいーっ。気分を独身に戻して、ご主人とデートしてたの? そ
れでもって朝帰り、なんちゃって。あれ、イヤリング、めずらしーっ。何それ」
「銀細工です」
「指輪はアレキサンドライトだよねっ。マリッジリングは? なし?」
「指を休ませようと」
「香水か何か、つけてるねっ。粉っぽいかにゃ。くん・・・。花みたいな・・・。甘い。
優美っていうか・・・。 香りに色はないけど、おいら、青か紫か黄緑を連想するね。
何ていうの?」
「オードトワレですけど、ジュルビアン・・・」
「売ってる会社は? フランス語だね、意味は?」
「ウォルト社で・・・」
真子が口ごもっているところへ、赤井がカウンターに姿を見せた。
「やあやあ、おはようございます。急な風邪で迷惑かけて、すみませんでした」
「マスター、風邪だったの、大丈夫? いつものやつ、お願い。トーストはダブルね」
「はいっ。ありがたいのは常連さん。真子ちゃん、遅刻は珍しい。わたしもだけど」
「すみません。すぐ着替えます」
「おなか、すいたよー」
香水のことを忘れたような黒沢。
カウンター内ですれ違う、赤井と真子。
「真子ちゃん、ホープダイヤの呪い、風邪程度で済んだね」
ウインクして、こっそりと赤井。
「そうですね」
かすかに顔をこわばらせて、真子。
「なぜか、体のあちこちが痛いんだ。知らないうちに打ったみたいだよ。ところで・・・」
赤井が目を細くして真子の全身を見る。
「遅刻、指輪はまだしも、そこに香水まで加わると、妙だね、真子ちゃん。イアリング
も珍しい。髪、店内じゃ絶対おろさないのに。いつもと違い過ぎる。何か、あったの?」
「・・・・・・」
赤井をじっと見返す真子。「オーロラたちの饗宴」を振り返る赤井。
「もしかして、原因は、あのへん?」
「・・・・・・」
うつむく真子。
「黒沢さんに、いつもの出したら、そこでオーダーストップしようか。わたしはもう一日、
大事をとって休むよ。真子ちゃんも、夏休みにして、頭を休めてみたら? 相談があっ
たら、話してね。相棒なんだから」
「はい・・・。すみません」


19 同夜 イリュージョン
入ってくる客を見張っていられる席に、SILVER EYEが腰かけている。
「昨日の今日だから、たぶん、来ないだろうね。明日中には緑屋さんが帰って
くるんだったか」
顔見知りの虹野が注文をとりにくる。
「ソウル・キッス」
「は?」
職業用の顔が消え、びっくり顔になる虹野。
「どうしたの、ワインベースっていうことでは、いつもと同じだよ」
「失礼いたしました。なんだか、いいことがおありになったようですね。そんな
お顔をされています」
「ゆうべ、バイオリンを弾いてね」
「バイオリンですか」
「そう。繊細で情熱的でね。思っていた以上に歌ってくれた」
「そうですか。それはようございましたね」
虹野が一礼して去っていく。SILVER EYEはひとりごと。
「むしろ、そのあとが重要だったんだけれど・・・」
いとしげな表情で真子の指定席を見つめる。
「今日はゆっくり、おやすみなさい・・・」


第5話(後半)終わり

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