4 某ホテル 英国大使館主催パーティー1夜目
盛装した男女がそこかしこで談笑している。七夕にかこつけた、各界の在日英国人
の交流交歓会。日本人も政治、経済、芸術その他方面の名士が招かれ、全体の
半分くらいを占める。
「壮観ですな。客は二百人・・・いや、三百人をくだらないのでは?」
カマーバンドと蝶ネクタイを豹柄にしたタキシードの金城が声をあげる。
「三日でのべ千人という話ですから、そうでしょうね」
肩と鎖骨が見える白いイブニングドレスの真子が答える。首にプリンセスの白い
真珠のネックレス、手首に揃いのブレスレット。イアリングも同じ光沢のものをし
ている。
「どうしてここのパーティーに呼ばれたのです?」
「主人の実家の関係です」
「緑屋さん、でしたね」
「はい」
「ええと・・・もしかして、翡翠(ひすい)に始まる宝石店の?」
「そうです。主人は家業に関わっていませんけど」
「で、パーティーはパスと逃げられた」
「こういうものが苦手な人なんです」
苦笑している真子。
「それで私が得をしました。いやぁ、ドレスアップした真子さんを拝めるとは。普段から
ブラッシュアップしていますね。鎖骨に水を注いだら、しっかりたまりそうだ。二の腕も
美しいし。姿勢よし、笑顔よし、立ち居振る舞いよし。パーティーの華ですよ」
「ありがとう。金城さんの舌もコンディションがよさそうですね」
「美しい人と一緒にいると、なめらかに動くんです」
「明日はくたびれて、一日声も出ないとか」
「そうしたら二枚目の舌を使いますから大丈夫。六枚ありますので、いつでもどれか
は可動です」
「まあ、すごい」
「飲みものをとってきましょう」
真子から離れる金城。
「失礼、朱鷺の森さんの縁者の方でしょうか」
40代半ばの男性が声をかけてきた。
「はい。長女です。今は緑屋ですけど」
「ああ、そういえば、去年でしたっけ。おくればせながら、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ところで、お母さまの具合は?」
「変わらず・・・ですね。刺激の少ない環境で暮らしています」
静かに微笑んで答える真子。
「お大事に」
「ありがとうございます」
男は去っていった。
「ごめんなさい、朱鷺の森の方かしら」
50代の女性が傍らに来た。
「はい、長女です」
さっきと同じ会話が繰り返され、女性は去っていった。真子は微笑みを維持して
見送る。女性の姿が見えなくなると、普通の表情になって、ほっとため息をつく。
「知っている人にはわかるくらい、似ているわけね」
「お待ちどうさま」
金城がノンアルコールのグラスを持ってくる。自分用はクラレット・パンチ。
「なんだか、もてていたようですね、真子さん」
「私でなく、親の知り合いだった方です」
「緑屋さんの?」
「ええ、まあ」
ルビーのペンダントをした女性が一人でいるのに目を向ける。
「ごめんなさい、金城さん。ご挨拶したい方がいるので、ちょっと行ってまいります」
「どうぞ。私も、あちこち歩いてみます」
赤井がウエイター姿で料理の補充をしている。金城の進路に気をつけ、さりげなく
遭遇しないように歩く。真子は、ターゲットに近づいて行った。


5 イリュージョン
真子を帰りの車に乗せた金城が、別の車でツインタワービルに来た。イリュージョン
で軽く飲む算段である。
「いずれ、おりをみて誘うつもりが先に誘われるとは。しかも、ブラック・タイ着用だな
んて。予想外でしたが楽しい夜でした。・・・おや?」
窓際の席に、真子そっくりの女性が一人で座っている。近づく金城。
「真子さん、どうやって先回りしたんですか?」
「は?」
きょとんとする女性。運ばれてくるキッス・オブ・ファイヤー。
「失礼、人違いでした。私の知り合いはキッス・オブ・ファイヤーは飲まないでしょう」
「バーでのんびりソフトドリンクでも飲んでる人だとか。さもなければ、ベリーニ」
「ソフトドリンクです。あなたは千里眼ですか?」
「人違いの心あたりが一人、二人いるから」
いたずらっぽく笑う珠子。左手薬指のコンクパールをチェックする金城。
「人の婚約者でも、まあ、いいでしょう・・・。運命の女神は粋なものだ、こんな美人が
この世に二人もいて、両方と出会えるなんて !」
「ひょっとして三人いるかもね」
「それなら、ますます嬉しい」
「どなたかと待ち合わせ? そうでなければ、どうぞ。人違いも縁のうちでしょ」
「人生の機微をわかっていらっしゃる」
珠子のテーブルに座る金城。ニコラシカを頼む。
「ニコラシカって、あの帽子みたいなの?」
「そうです」
「面白い飲み方するのよね、あれ」
「そうですね。妙なカクテルですよ」
「通の人向けね」
「そういっていただけるとありがたい」
「ニコラシカのタキシードさんね。私のそっくりさん、「真子」を知ってる・・・」
何か考えている風の珠子。
「私は金城と申しますが、ミス・キッス・オブ・ファイヤー?」
「珠子よ。朱鷺の森 珠子。鳥の朱鷺に、平仮名のの、木が3つの森。真珠の珠の子」
「珠子さんね。珠のように美しい。名は体を表すの好例ですね」
「ねえ、金城さん、人違いのご縁で、ちょっと助けてもらえないかしら」
「美女のお手伝いでしたら、全力を尽くします」
「今夜はブラック・タイ、タキシードを来てるけど、明日の晩、いわゆるホワイト・タイ、
イブニング・コート、別名燕尾服、着てみない?」


6某ホテル 英国大使館主催パーティー2夜目
前夜と同様、盛装した男女がそこかしこで談笑している。
「違いはブラック・タイとホワイト・タイくらいなものですか」
現在のすべてのフォーマルの中でもっともドレッシーでフォーマルな礼装を着た金城
がつぶやく。今夜は豹柄のアクセントもなく、基本に忠実にしている。
「まさか2晩続きでここに来るとは思いませんでした」
「え、夕べも来ていたの? 誰と?」
淡いピンクのイブニングドレスを着た珠子が茶々を入れる。同様の色の真珠のネックレ
スとイアリングをしている。ネックレスの長さはオペラ。
「いえいえ、あなたに及ぶほどの美女ではありません。それにしても、おきれいですよ。
首筋がきめ細かいし足首もきゅっとしまっていらっしゃる。ふくらはぎの流線型のカーブ
も素晴らしい」
「そんなに見ないでよ」
「見られる事を意識して磨くから輝くのでしょうが」
「それはそうだけどね」
遠慮がちに50代の男性が近づいてくる。
「お話し中に失礼。お嬢さん、朱鷺の森の家の方ですか」
「そうです」
やや眉をひそめて珠子。
「お母さまの具合は?」
「まあまあ、ですね。急に回復とは、いきませんから」
「お大事に」
「ありがとうございます」
去っていく男性。口を一文字に結んでいる珠子。金城が首を傾げる。
「朱鷺の森ね。夕べから聞いた覚えがあってのどに小骨がささったようでしたが・・・。
そうだ、珠子さん。昔あった、真珠販売の、あの、朱鷺の森?」
「そうよ」
「たしか、十数年前、若社長が、弟の専務と事故にあって死・・・」
「社長だったのが父よ。ごめんなさい、話題、変えて !」
「すみません、女性を傷つけては紳士失格です。飲み物をとってきましょう」
移動する金城。
「真子さんと珠子さんか。真珠から名前をとった姉妹と思っていいのだろうな。真子
さんの旧姓は聞いてなかったが、そっくりだから双子かもしれない。・・・朱鷺の森か。
古い話で、私も若かったからよく覚えていない。たしか、あの事故のあとに、つぶれた
はずだったが。・・・残された子供は何人いたんだったか・・・」


7 相似形の二人
少し離れたところから、翔が様子を見守っていた。慣れた様子で燕尾服を着こなして
いる。派手すぎず、嫌味なく、招かれた側の装い。
「さっそく誰かに見つけられたか。朱鷺の森はまだまだ忘れられてないか。やっぱり、
留守番させておくべきだったかな。パーティー用の顔が下手な奴だし。あーあ、二人
目が声をかけた。顔がひきつりかかってるぞ、珠子。・・・早く片づけて帰った方がい
いな」
70代のかくしゃくとした老人が翔を見つけて、近づいていった。
「翔君ではないか、柴崎の家の」
「はい・・・。あ、福山老。お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「様々な世界の人と会っていると、年をとるのを忘れるものだ。翔君、大学を出てここ
数年、どこへ消えていた? 噂では武者修行だそうだが」
「婚約者の事業を手伝っています」
「ほう。もう、嫁も決まっているか」
「幼なじみですよ」
「いずれにしても、好き合っていれば、いい。まだ、家に戻らないのか」
「もうじき、だと思います」
「早く帰って帝国の一端を背負うのだな。いずれ、柴崎財閥、五色(ごしき)グルー
プの総帥になるのだから」
「はい」
「結婚披露宴には呼んでくれ。たぶん、朱鷺の森の忘れ形見だろう」
「ご明察です」
まっすぐな背中を見せて、老人は去っていった。汗をぬぐう翔。
「やっぱり、早く仕事して、帰るぞ」
金城が戻って来たのを確認する翔。
「これで、いちおうは安心か・・・」
視線を感じて振り返る。いつの間にか後ろにSILVER EYEが立っていた。普段着
のようにリラックスして燕尾服を身につけ、上品に微笑んでいる。やや控えめに
まとめ、ホスト側とわかる服装。
「こんばんは、ようこそパーティーへ。そして、初めまして、フィリアス」
「フィリアス?」
口もとで笑う翔。
「前に、どこかで会ったかな。昔使っていたコロンで呼ばれるとはね」
「いえ、初めてです。お名前も知らないくらいで、フィリアスとお呼びしました。失礼」
「じゃあ、何を基準に俺を見つけた? ・・・アビルージュ」
SILVER EYEのつけているコロン、アビルージュ(赤い上着、乗馬服の意)を名前代
わりに呼ぶ。ゲランの作品である。
「あちらの、ジェミネス・プルーデンシアを見ている表情で」
「あいつも香水をしていないけど。どっちも、もう作られてない作品だ」
「ジェミネス・ノーティシアの顔を知っていますので。2足す2は4です」
「あっち経由ね。わかった。・・・真子が家族の話を人にするのは珍しい」
「そうみたいですね」
「それで、何か用か? お前のいうプルーデンシアも呼ぶか?」
「いえ。ここから見るだけでいいです。双子でも、性格はずいぶん違うようですね」
「ああ。一卵性なのにな」
「それに、むしろナイトに会ってみたかったんです」
にこりと翔を見る。
「なんだか・・・値踏みされているような気がするな」
「気のせいですよ」
翔は珠子を振り返りつつ、
「あいつに妙な真似はするなよ」
「ええ。プルーデンシアは、おまかせします」
「珠子はまかせるって、おい。俺は真子に異性を感じた事はないが・・・考えすぎか」
「お互い、よかったですね」
「あいつは、結婚してるが」
「知っています」
「そうか・・・。ところで、お前、何者だ」
「画家です。「オーロラたちの饗宴」の作者といって、わかりますか? 」
ゆっくりうなづく翔。
「なるほどね。・・・好きにしろよ。俺は緑屋さんでなく、真子の側だから」
「おそれいります。では、ごゆっくりおくつろぎください」
「ホスト役、ご苦労さん」
後ろ裾のテールを翻るように揺らしながら、SILVER EYEが去っていった。
「やれやれ・・・とんでもないことになりかかってないか? 真子のところ。緑屋さんは
何をぽやぽやしているんだか。知らんぞ。・・・しかし、あの絵の作者か。ひと波瀾
あっても、結果として真子にはその方がいいかもしれない」
金城がなにかと珠子をフォローしている。
「俺も早いところ仕事を済ませるか。それにしても、年齢のわからない奴だったな」


8 数日後 アレキサンドライト店内
黒沢が新聞を読みながらガーリックトーストを食べている。
「イギリス大使館主催のパーティーで連続盗難だってさ。3日間あったうち、2日目に
ルビーのブレスレットで、3日目はクロークが荒されたって」
「そうですか」と、2杯目のコーヒーを出しながら真子があいづちをうつ。
「ちょっと、けーさつにコネがあるんだけど、ここ数年、3グループくらいの宝石泥棒
さんが跋扈(ばっこ)しているらしいね。手口や狙う物は重なったり違ったりだって」
「そうですか」
「けーさつって、どろぼーさんに陳腐なネーミングするんだよね。なんとか何号とか」
「アレキサンドライト、ピンクパール、ブルーサファイア」
「何、それ」
「3グループというので、宝石の名前を3つ」
「にゃるほど。おいらは、えんぴつ、万年筆、ワープロ」
「それは?」
「筆記具だよん。ワープロの替わりにパソコンでもいいや」


9 イリュージョン
いつもの席の真子。テーブルの上には限りなくジンジャーエールに近いホーセズ・
ネックが置いてある。タンブラーの中にはたっぷりのジンジャーエールと氷。1セン
チ幅のらせん状に剥かれたレモンの皮がグラスの縁にかかっている。このレモン
の皮を馬の首に見立てている。本来はブランデーが30ミリリットルなり45ミリリット
ルなり入れられるはずが、頼んで香りつけ程度にしてある。グレナデン・シロップを
入れればそのままシャーリーテンプルに化けられるほどである。弦楽合奏の休憩
に入っても、真子はただグラスを見つめているだけ。
「今日は歌わないんですか。カナリアみたいに忘れちゃったのかな」
後ろからそっとSILVER EYEの声。
「アレキサンドライトとイリュージョンを忘れていたのはSILVER EYEさんのほうじゃ
ありませんか」
泣き笑いの顔の真子。
「それはごめんなさい。忘れていたわけじゃないんですよ」
すっと座るSILVER EYE。
「英国大使館主催パーティーの外部スタッフに入っていて、準備や本番や後片付
けでご無沙汰しました」
はっとなる真子。
「イギリスからの逆輸入画家・・・」
「ええ。その関係で手伝わされました」
「初日に赤井さんとパーティーで仕事したんです。ごめんなさい」
「仕事でしょ、しかたありませんよ。アレキサンドライトチームの場合、ターゲットに
被害者意識がなくて真子さんに渡すこともあるし。・・・ドレス、似合ってましたよ」
「見たんですか」
「こっそりと。エスコートしたのは新常連さん?」
「SILVER EYEさんにお願いしようと思っていたら、会えなくて、金城さんに・・・」
「どっちみち、僕はできませんでしたから。そうそう、2日目にジェミネス・プルー
デンシアの姿を見ましたよ。フィリアスと話もできました」
「二人もきっと、仕事していたんでしょう。で、彼と話したんですか、何を?」
「お互いの利害が一致して、よかったという話を」
「え?」
「真子さんの方が、プルーデンシアより素敵ですよ。フィリアスの意見は逆」
「はあ・・・」
「赤くなってますよ」
「・・・ホーセズ・ネックに酔いました」


第4話(後半)終わり

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